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堺・中百舌鳥から始まる“地域×スタートアップ”革命

「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング Vol.3 スタートアップの挑戦にふれる一日 ~ともに描く、まちのこれから~」レポート

特集
堺市・中百舌鳥の社会課題解決型イノベーション

提供: 堺市

 2025年11月6日に大阪公立大学イノベーションアカデミー(大阪府堺市)で、堺市が主催する「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング Vol.3 スタートアップの挑戦にふれる一日 ~ともに描く、まちのこれから~」が開催された。学生・企業・行政・市民など60名以上が来場するとともにオンライン配信も行われ、地域を越えた幅広い参加が見られた。

 堺市が中百舌鳥エリアを「イノベーション創出拠点」と位置づけてから4年。地域から課題解決型スタートアップを生み出す取り組みとして、今年も「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング」が行われた。

 3回目となる今回は、株式会社CAMPFIRE創業者の家入一真氏を講師に迎えた基調講演をはじめに、介護・教育・農業といった暮らしに直結するテーマを扱うスタートアップによるプレゼンテーションやグループ対話、展示が行われた。会場には学生・企業・行政・市民など幅広い層の参加者が集まり、来場者同士のネットワーキングも通じて、「地域と未来のつながり」を探る一日となった。

中百舌鳥から地域発イノベーションの流れをつくる

 開会の挨拶として登壇した堺市副市長の本屋和宏氏は会場を見渡し、「スタートアップ、地域、学生の方々が、これだけ一堂に会してくださったことに心から感謝します」と述べた。

堺市 副市長 本屋 和宏氏

 本屋氏は、堺市が中百舌鳥エリアをイノベーションの中心とする意図や、行政・大学・金融機関・産業支援機関との連携による同市の取り組み、そして大阪・関西万博で実施したスタートアップの紹介や子ども向けプログラミング展示に触れながら、「ここ中百舌鳥から、子どもたちの未来や社会課題の解決につながる流れをつくっていきたい」と抱負を語った。

 続いて、堺市 産業振興局 産業戦略部 中百舌鳥イノベーション創出拠点担当課長の西浦伸雄氏が登壇し、堺市の施策を紹介した。

 同市ではイノベーションを「地域の課題が改善され、住民がより良い暮らしを実感できる状態」と定義し、行政だけでは実現できない取り組みを、大学、金融機関、商工会議所、インキュベーション施設「S-Cube(さかい新事業創造センター)」などと連携して支援していることを説明した。

堺市 産業振興局 産業戦略部 中百舌鳥イノベーション創出拠点担当課長 西浦 伸雄氏

 プロジェクトの事業化支援や地域実装など、スタートアップの成長段階ごとにサポートに取り組んでいるほか、「S-Cube」内のイノベーション交流拠点「cha-shitsu」では、多様な人々による交流を行っている。生まれた取り組みやビジネスによって、地域課題の解決や新たな価値の創出につながる事例が増えている。中には、堺市発のスタートアップやITや事業開発など多様なスキルを持つ大人たちが、次世代に新しい体験や学びの機会を提供し、挑戦を後押しする動きも広がっており、地域に好循環が生まれている。「これこそが堺ならではのイノベーションエコシステム」と西浦氏は語った。

CAMPFIRE創業者・家入一真氏が語った“社会課題に挑む起業”の原点

 基調講演には、CAMPFIREやBASEなど複数のサービスを立ち上げてきた起業家、株式会社CAMPFIREファウンダーの家入一真氏が登壇した。

株式会社CAMPFIREファウンダー 家入 一真氏

 家入氏の講演は、華々しい起業家像とは対照的に、幼少期の孤独と挫折から始まった。

不登校・引きこもりからインターネットで初めて“居場所”を見つけた
 家入氏は不登校・引きこもりの経験を持ち、「学校にも家庭にも居場所がなかった」と語った。しかし、ある日インターネットと出会い、匿名でつながれる世界が“初めての逃げ場”になったという。

「世界は狭いと思っていた。しかしインターネットの向こうには、自分を否定しない誰かがいた」。この体験が、後の事業のベースとなった。

20代での上場、そして「居場所づくり」への回帰
 株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業後、若くして上場を果たした家入氏は、その後もBASEやCAMPFIREなどを立ち上げ、数々の起業家支援にも携わってきた。しかし、単なる“成功の物語”では終わらない。

「テクノロジーの力で何が救えるのか。誰のために使うべきなのか──そこを考え直す時期があった」と家入氏。成功の陰で、世の中の分断や孤立が深まっている現実を痛感し、“居場所づくり”に回帰していく。

「リバ邸」、「さとのば大学」、「地域の教育プロジェクト」──家入氏が関わる活動の根には、「かつての自分のように孤立する若者をつくらない」という想いが流れている。

起業家に必要な「気づき」
 講演の後半、家入氏は学生や若手起業家に向けて、「自分が傷ついた経験は、誰かのために使える」と言葉を残した。

「自分が生きてきた中で得た『傷つき』を『気づき』へと変える」こと、「『優しさ」とは、自分の傷つきや弱さを、他者へのまなざしへと転換できる強さであり、その傷つきをベースに、仕組みや構造をアップデートするということ」と示し、来場者たちに力強いエールを送った。

スタートアップ3社によるプレゼンテーション

 ここからの司会は、中川悠氏(NPO法人チュラキューブ代表理事/GIVE&GIFT代表取締役/大阪国際工科専門職大学 情報工学科 准教授)が務めた。

NPO法人チュラキューブ 代表理事/株式会社GIVE&GIFT 代表取締役/大阪国際工科専門職大学 情報工学科 准教授 中川 悠氏

 中川氏は家入氏の講演を受けて、「社会課題を見つめ、そこから事業をつくるとはどういうことか」を参加者たちにもあらためて問いかけながら、3社それぞれのプレゼンへと流れをつないだ。また、家入氏は各プレゼンに対するコメンテーターを務めた。

Classmate株式会社
メタバースで“距離の壁”を越える学びのつながり

 Classmate株式会社 代表取締役の井坂浩章氏が取り組むのは、フィリピンの若者と日本の子どもたちをつなぐ“新しい学びの場”づくりだ。

Classmate株式会社 代表取締役 井坂 浩章氏

 フィリピンを選んだ理由は明確だという井坂氏。アジア各国を回った中で、英語力の高さと教育産業の伸び率は群を抜いていた。そこに日本の子どもたちの学びを掛け合わせることで、互いにポジティブな循環を生み出せると考えたという。

 仕組みとしては、メタバース空間に“教室”があり、日本とフィリピンの子どもたちが教室内を自分のアバターで自由に動く。自発的に他の学生に声をかける子もいれば、気後れしつつ周囲を観察する子もいる。

 この仕組みではオンラインで出会い、リアルで会って距離が縮まり、さらにまたオンラインに戻って深くつながるという独特の循環を生んでいるそうだ。「リアルとオンラインが溶け合う」という設計だ。

 日本の学校向けには英会話、国際交流、スタディーツアーをセットで提供し、5年をかけてようやく現在の形にたどり着いたという。フィリピンの学生にとってもメリットは大きい。海外との交流経験を無料で積み、証明書を発行することで進学時の実績として活用できる。こうした“双方のwin”が、導入校の増加につながっている。

 一方で、壁もある。「費用を確保できない」という学校の課題だ。それでも、子どもたちの家庭環境に関わらず機会を提供したい——そんな想いで、町長を含む自治体関係者が導入を後押しする例も出ているという。

 プレゼン後、家入氏は井坂氏の挑戦を、「学びの障害となる壁をテクノロジーで打ち破っている」と評価した。

合同会社ReeveSupport
「移動困難」を地域で解消、介護タクシー配車アプリが開く未来

 次に登壇したのは、看護師から起業家へ転じた、合同会社ReeveSupport 代表の三澤由佳氏。「高齢者が笑顔で暮らせるまちをつくりたい」というまっすぐな言葉でプレゼンを始めた。

合同会社ReeveSupport 代表 三澤 由佳氏

 三澤氏は保健師として働いていた頃に、中百舌鳥周辺でも「移動ができない」という高齢者の声を何度も聞いていたという。外出できないとフレイル(加齢により心身が衰えた状態)・うつ・孤立が進み、医療費の増大にも直結する。だが、支援する若い世代は減り続けている。

 この「構造のほころび」を、少しでも埋めようとして生まれたのが介護タクシーの配車アプリ「のれるんです」だ。介護タクシーは運転だけでなく、介助や付添、時にはトイレ介助や小さな雑用まで担う。しかし、個人事業主が多く、認知度の低さや営業の難しさから廃業率が高い。利用者は1件ずつ電話をかけて空き状況を確認しなければならず、ドライバー側も対応できないのに電話が鳴り続ける。

 アプリは、こうした双方のストレスを解消する。使い方はシンプルで、条件を選ぶとその介助に対応できるドライバーが自動でマッチングされる。通話したい利用者向けには「電話でのやりとり」機能も残した。現在は旅行会社とも連携し、介護旅行の手配にも広がりつつある。

 アプリの利用料は現在無料だという。三澤氏は「この業界がきちんと稼げるようにならない限り、手数料を取る段階にはいけない」と述べた。その言葉には、事業と使命の狭間で揺れるリアルな覚悟がにじんでいた。

 家入氏は、三澤氏の取り組みを「テクノロジーの恩恵が、本当に届くべきところに向けられている」と評価。弱い立場の人の生活を支える発想そのものが、社会課題の本質に向き合う姿勢だと述べ、深い共感を寄せた。

株式会社フォレストバンク
日本の“もったいない”を逆転させる、未活用農作物の価値化モデル

 最後の登壇者は、創業2年で急速に注目を集める株式会社フォレストバンク 代表取締役の小林亮氏。農家の廃業を「高校生のとき目の前で見た」という原体験からこの事業が始まっている。

株式会社フォレストバンク 代表取締役 小林 亮氏

 日本の農作物は世界一品質が高い——その事実を確かめるために、小林氏は世界15カ国を食べ歩き、47都道府県の農家を巡ったという。その旅の中で見えたのは、「未活用・間引き・規格外」として廃棄されていく膨大な農作物の存在だ。

 フォレストバンクは、それらを買い取り、賞味期限のない食品(ジェラート・ピューレ・ジャムなど) に加工する。OEM先はすでに全国で300社を超え、道の駅、ホテル、保育園、YouTuberとのコラボまで多岐にわたるという。

 農家の平均年齢は68歳。10年後、多くの農家が廃業のタイミングを迎える。つまり“動ける期間は残り10年もない”。だからこそスピード感が必要なのだと小林氏は話した。

 家入氏は、小林氏の危機感と行動力に共感を示した。農業が直面する時間的制約を真正面から捉え、「今しかできない挑戦をやり抜こうとしている点が頼もしい」と語った。

ワークショップ
参加者とスタートアップ経営者が同じ目線で意見を交換

 イベント後半には、会場に集まった参加者と登壇したスタートアップ経営者3名によるワークショップが行われた。

 参加者は3組に分かれ、各経営者と15分ずつの意見交換を実施。事業展開における課題から、サービス提供現場での課題、それらの課題解決に向けたアイデア創出まで、多様な視点の意見が交差した。

 議論の内容は、その場でグラフィックファシリテーターが文字とイラストで即座に記録。ワークショップ終了後には、見た目にもわかりやすい成果物として会場に示された。

 ワークショップを通じて、参加者もスタートアップの現状と課題を身近に捉えることで、地域が抱える課題とその解決策に考えを巡らせた。結果として、スタートアップの取り組みを深く知るだけでなく、「地域の課題に対して自分も何かできるのでは」という前向きな空気が醸成され、参加者・登壇者同士のネットワークづくりの機会にもなった。

経済や産業の成長は、小さな挑戦から生まれる

 イベントのクロージングセッションでは、堺市副市長の本屋氏があらためて登壇。かつて自身が大阪府で産業政策に携わっていた頃を振り返りながら、「産業分野を伸ばすという“大きな絵”を描いて取り組んでいたが、当時はどこか遠いものに感じてしまっていた」という。しかし今は、「中百舌鳥で取り組むようになって、経済や産業はこうした小さな単位の挑戦から立ち上がってくるものだと実感している」と語った。

 最後に、本イベントの会場となった大阪公立大学の副学長 松井利之氏が登壇し、挨拶を述べた。参加者たちの満足そうな表情を見て松井氏は、「私から言うことはあまりないほど」と前置きしつつ、多様な参加者が交流し合うことで新しい価値が生まれる予感を語った。「大学として、今日のように人が交わり新しい価値が生まれる空間を支えていきたい」と語り、会場全体を前向きな気持ちにしてイベントの幕を閉じた。

大阪公立大学 副学長 松井 利之氏

 今回の「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング Vol.3」は、単なる講演イベントではなく、スタートアップ、行政、大学、金融機関、企業、市民、学生——地域に集うさまざまな人々が立場を超えて対話し、ともに動き出すための場となっていた。堺市が描く「地域発のイノベーション創出」は、ここからさらに加速しそうだ。

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