なぜ中高生では手遅れなのか? 日本のアントレ教育をはばむ構造的タイムリミット
子どものためのビジネススクール「CEOキッズアカデミー」イゲット千恵子氏に聞く
学校教育導入への「厚い壁」とアントレ教育の本質
――日本でこのような教育を、一番熱いターゲットである小学5、6年生の学校教育に導入する場合、どのような形が理想的なのでしょう。
イゲット:理想はありますが、正直に言って、今の日本の学校には分厚い壁があると感じています。 学校向けのプログラム開発を依頼されることもありますが、「こういうことは言わないでください」といった制限が非常に多く、自由な発想やゼロからイチを生み出す子を育てる環境ではないのが実情です。
石井:それは現場にいた人間として痛いほど感じます……。
イゲット:学校教育と起業家教育は、ある意味で真逆の価値観を持っていますから、マッチングが難しいのは当然かもしれません。 でも、 経済的に厳しいご家庭にこそ、こうしたスキルを、本来は義務教育で身に着けてほしいと思っています。
本来、起業家マインドは「社会をどうすれば良くなるか」「自分に何ができるか」を考える道徳の授業そのもののはずです。そして、日本が今後も持続可能であるためには、納税できる大人を育てる教育が不可欠です。はっきり言えば、このままでは日本のお金はどんどんなくなっていくわけですから。
だからこそ、きちんと稼いで税金を納められる大人を育てる教育として、学校教育の中にこれを取り入れる必要があるんです。 そう考えれば、算数、国語、社会、英語といった全ての学びの集大成として、起業家教育を位置づけることができるのではないでしょうか。
日本の親に決定的に欠けている「投資思考」
石井:アントレ教育の重要性は理解しつつも、目の前の受験を考えると、なかなかそちらに時間を割けない、という親御さんの悩みもよく聞きます。
イゲット:だからこそ、中学受験を意識する前の、時間的に余裕のある小学生のうちにやるしかないのです。 中学生になると、部活や定期テストに追われ、頭も固くなってきますから。 そして、根本的な問題として、日本の保護者の方には「投資思考」が欠けていると感じます。
石井:「お金は使ったらなくなる」という消費の感覚ですね。
イゲット:そうです。ですから、子どもたちには、教育にかかる費用は「投資」であり、学んだスキルですぐに「回収」できるという話をします。
例えば、夏休みに子どもたちが先生になって自分の得意なことを教えるイベント「子ども先生サマーフェス」を開催し、実際にお金を得る経験をさせます。 すると、学びへの投資が「安い」と感じられるようになり、自己投資を惜しまなくなるのです。
塾に年間100万円を投資しても、そのリターンを計算するのは難しいかもしれません。 しかし、起業家教育への投資は、自分で稼ぐ力を身につけたり、海外の大学への奨学金獲得など、非常にわかりやすい形で回収できる可能性があります。
将来、自分が稼げるようになったら、税金をたくさん納めることや、エンジェル投資家として次の世代を応援することは「かっこいい」。そういった価値観を育てることが、結果的に子ども自身の未来を豊かにすると思います。
――これからの時代を担う子どもたちや、その親世代へメッセージをお願いします。
イゲット:メッセージは一つだけです。「とにかく小学生のうちに始めてください」。そこでやらなければ、もう間に合わないという危機感を持ってほしい。日本の子どもたちは高いポテンシャルを持っています。 小学校で起業家教育を導入すれば、日本の未来は必ず明るくなると期待しています。
取材後記
今回の取材では、日本が直面する課題と、起業家マインド育成のタイムリミットが浮き彫りとなった。
イゲット氏が米国での経験から進めているCEOキッズアカデミーは、起業のノウハウではなく、何もないところからお金や人、アイデアを集める「投資家思考」や「人間力」といった、根幹的なマインドセットの育成に焦点を当てている。知識の詰め込みとは対極にある、社会の原理原則を直接的に教えるその手法には、核心を突く力強さが感じられた
「アントレ教育は小学生までに」という言葉は、教育のみならず、日本の社会全体に向けられたメッセージとも言える。少子高齢化が進み、国際競争力が問われる中で、次世代が「稼ぐ力」を身につけることは国家的な急務だ。アントレプレナーシップ教育は、そのための効果的な投資の一つだろう。子どもたちの失敗を許容し、挑戦を称賛する文化を、家庭や学校だけでなく、社会全体で醸成していく必要がある。

























