Intel Tech Tour 2025取材レポート【その5】
コア密度を2倍にしたXeon 6+のClearwater Forestを製造するインテルFab 52はとてつもない大きさだった
2025年11月13日 10時00分更新
世界で最も微細な回路を作る巨大な工場「Fab 52」
インテルはアリゾナ州フェニックスの南東にあるオコティージョ(Ocotillo)に工場「Intel Ocotillo Campus」を構えている。インテルは1979年に初めてアリゾナのチャンドラーに進出し、1996年にはオコティージョの敷地を購入し、そこに「Fab 12」を建設した。
以降「Fab 22」「Fab 32」「Fab 42」「Fab 52」と、下2ケタが「2」のナンバリングを持つ工場を建設してきた。そして、現在は「Fab 62」の建設が進行中である。
Intel Ocotillo Campusの歴史は1996年にさかのぼる。オコティージョからほど近いチャンドラーにもR&Dの拠点が存在し、そこではパッケージ技術を研究している。ちなみに、半導体の研究はチャンドラーではなく、オレゴン州のヒルズボロで行われている
Intel Ocotillo Campusは、フェニックス中心から車で約30分程度の位置にある。砂漠と農地がひたすら続く単調な風景の中に、巨大な工場棟や水処理施設が連なる異質な施設が見えてくる。敷地面積は約283万3000平方メートル(約700エーカー)。皇居が約115万平方メートルであることを考えると、めまいのする大きさである。
Intel Ocotillo Campusの西側には広大な農地が広がっているが、そこに1本の樹が生えている。その樹冠にはオオワシが営巣しており(矢印部分)、これを守ることも求められたそうだ。ゆえに、Fab 52の建設事業は「Project Eagle」とも呼ばれていた
その広大な敷地内には工場や事務棟のほか、半導体製造には欠かせない水のリサイクル施設も数多く配置している。Fab 52の建設資材だけでも相当なもので、エッフェル塔5本以上を建築できる鉄材、ブルジュ・ハリファを2回建築できる量のコンクリートが使用されている。世界で最も微細な回路を作るための施設の、なんと巨大なことか。
アリゾナはグランドキャニオンでよく知られている州だが、今や北米における半導体産業を支える州でもある。半導体業界の雄、TSMCもフェニックス北部に工場を建設中である(全6棟の建設が予定されている)。フェニックス周辺は砂漠気候(ケッペンの気候区分で言うところのBWh)なので水資源は決して豊かであるとはいえないが、平坦な土地が豊富で地震などの心配が少ない土地柄ゆえ、半導体工場に適しているというわけだ。
フェニックス都市圏とインテルおよびTSMCの半導体工場の位置関係。グレーの線は州道やハイウェー、水色は河川である。TSMC ArizonaとIntel Ocotillo Campusはフェニックスを挟んでほぼ正反対の位置にある。ちなみに、オコティージョはチャンドラー市にある町だ
Intel Ocotillo CampusとTSMC Arizonaの大きさの比較。筆者の作図のため厳密な比較ではないが、Intel Ocotillo CampusはTSMC Arizonaよりもややコンパクトだ。比較として、日本国内最大の商業施設である「イオンレイクタウン(埼玉県越谷市)」も示した(駐車場スペースも面積に含めている)
Intel Ocotillo Campusでは、半導体製造に必要な水資源の多くを地下水から取得している。地下水は敷地に隣接している水処理施設(Ocotillo Brine Reduction Facility:OBRF)で塩分を除去したあとに工場で純水に加工。半導体製造に使用した水はOBRFに戻され、再処理の上工場にいく。このOBRFで処理する水は毎日3万4000キロリットル(約900万ガロン)以上。現時点における水のリサイクル率は90%以上とのことだ。
Fab 52内部に入るためには防塵服、いわゆる「バニースーツ」を装着する必要がある。見学者は整髪料(特にスプレータイプ)や化粧品の使用がNGという厳しいルールが課せられ、バニースーツの着用において撮影機材はもとよりパスポートも持ち込めない厳戒態勢である。
工場のスタッフの助けを借りて上下一体のツナギに頭巾、さらに専用のブーツと防護用ゴーグル、二重の手袋を装着したあと、ようやくFab 52内部に入ることが許される。筆者はアゴにヒゲを生やしているが、それにも専用のネットが被せられた。
工場内部は4層構造になっており、下2層は電力や給排水といったインフラがあり、最上層はクリーンルーム維持のための空調設備が詰まっている。半導体製造装置のある上から2層目は常に黄色〜黄緑色の照明で満たされているが、これはシリコンウエハーの感光処理に悪影響を及ぼさないような波長の光を選択しているため。照明の色調も区画ごとに微妙に異なるなど、すべてがシリコンウエハーファーストなのだ。
インテルの資料にあったFabの内部構造。下2層はほぼ機械室であり、製造設備の中核は上から2層目にある。そして最上部には巨大な空調設備が設けられている。この図はFab 52の構造であるとは示されていないが、ほぼ同じ構造であると思われる
工場の作業員は必然的にこのエリアに集中しているが、人間の数よりもロボットのほうが多かった。頭上数メートルもあろう高い天井には何本ものレールが張り巡り、それを伝ってビールケースよりもやや大きいロボットがあちらからこちらへ、常に動き回っていた。
このロボットはAMHS(Automatic Material Handling System)と呼ばれ、工場内の材料(シリコンウエハー)輸送を担当している。Fab 52では全体で2100台以上のAMHSが稼働しており、1台のAMHSが1日あたりに走行する距離は144km(約90マイル)を超えるという。
シリコンウエハーの運搬はロボットの仕事で、作業員はAMHSの動きや機材の状況を静かにモニタリングしている。色の違うバニースーツを着ている作業員もいるが、スーツの色は扱う素材の違いを示している。特に銅の扱いには細心の注意が払われており、通路脇の棚やロッカーの随所に「No Copper」や「Copper Only」というシールが貼られていた。
今回の見学の本命はシリコンウエハーにCPUの回路を刻むリソグラフィー装置だ。Intel 18Aの製造にはASML製の最新EUVリソグラフィー装置が使われるが、それはクリティカルな部分のみ。太くてよい配線は専用のリソグラフィー装置(つまり、Intel 3より大きなプロセスの製造に使われる装置)で作業し、機材の回転率を上げているわけだ。
最初に案内されたのは太くてよい配線のためのリソグラフィー装置だ。荷台にコンテナがついた軽トラック程度の大きさをイメージすればわかりやすい。そこからさらに奥には、本命のIntel 18A用のリソグラフィー装置が鎮座していたが、こちらは先の装置よりはるかに大きく、大型観光バスぐらいのサイズだった。プロセスルールを微細化するほど、それを製造する機材は巨大になるのだ。
このリソグラフィー装置はテニスコートなら数面は入るかと思われる空間のただ中に1基だけ設置されていた。しかし、その周囲には同じものがもう1台設置できるようなスペースが確保されていたし、はるか向こうに見える(少なくとも200メートルはあるはず)奥のほうにも同じようなスペースがあるという。つまり、Intel 18Aは多量生産フェーズに移行したとはいえ、Fab 52のすべてのキャパシティーは使い切っていないのだ。
工場内は清潔そのものだが、相当にストレスフルな環境だ。工場内は空調や設備の動作音が大きく、ガイドの説明も近寄って耳を向けなければよく聴き取れないほどだった。さらに、視界は黄色一色、その上で完全防備のバニースーツが身体にまとわりつく感覚や暑さに苦しめられるのだ。そして、工場は巨大。いい運動になることは間違いない。
まとめ:インテルは「信頼」を取り戻したい
さて、ここまで5回に渡ってPanther LakeやClearwater Forestの話をしてきたが、このITT 2025取材を通じて印象に残ったことを2つ紹介しよう。まず、「最も先進的な半導体を“アメリカで”製造する」というフレーズをITT 2025の初日の基調講演で連呼していたことだ。
インテルはパット・ゲルシンガー氏がCEOの時代にアメリカ政府から補助金(約1兆2000億円)の提供を受け、同社のファウンドリー事業を立ち上げた。しかし、その事業の立ち上がりはかんばしくなく、パット・ゲルシンガー氏はその責任をとって辞任。さらに、今年8月には現CEOであるリップ・ブー・タン氏はファウンドリー事業の「完全放棄の可能性」にまで言及した。
この発言にアメリカ政府(現トランプ政権)は激しく反発。リプ・ブー・タン氏の即時退任まで要求するという大騒動になったが、最終的にインテルのファウンドリー事業は売却をしない(禁止)という形で決着がついた。アメリカ政府がインテルの株式を10%(ファウンドリー事業の出資比率を51%未満にしたらさらに+5%のペナルティー付き)保持することでインテルの手綱を握っている形だ。
アメリカ政府はインテルの筆頭株主ではあるが、議決権や経営権は保有していない。しかし、株主である政府にアメリカにおける生産体制は整ったとアピールする必要がある。「最も先進的な半導体をアメリカで製造する」と。ITT 2025基調講演の連呼はメディアのみならず、アメリカ政府への再アピールでもあるのだ。
ITT 2025でインテルが連呼していたメッセージがこのスライドにもある「アメリカで製造(Manufacturing in the U.S.)」というフレーズ。背景はASML製のEUVリソグラフィー装置だろう
もう1つは基調講演の最後に語られた「信頼」というワードだ。新製品や新技術をお披露目する時は、それがどんなにすばらしいか的なプレゼンが行われる。ただし、ITT 2025の基調講演の最後では、かなりトーンが違っていた。Intel 18AやPanther Lakeは優れたプロダクトであると示したが、それでメディアやアナリストの信頼を得たとは思ってはいない、と。
実際に顧客がIntel 18Aで作られた製品を購入して(早くても来年の話だが……)はじめてインテルは信頼を得るのだ、とも語った。もちろん、アメリカ政府からの信頼も盤石なものにしたい。インテルが今最も欲しているのは周囲からの「信頼」なのだ。
インテルの信頼は技術やエコシステムだけでなく、カスタマーサービスや製品供給能力が三位一体となっている、と主張。ただし、「Predictable Execution」(予測できる実行)に関していえば、製品投入が本当に可能なのか今後明らかになるだろう(実際、Clearwater Forestは製品名が出ているにもかかわらず、Panther Lakeよりも発売が遅くなるという観測もある)
実際ここ数年、もっといえば10nmで苦戦していた頃からインテルの「半導体の王」としての信頼が陰りだした。直近ではデスクトップPC向けの第13世代Coreプロセッサーの劣化問題、Core Ultraプロセッサー(シリーズ2)のパフォーマンス問題などがあり、ライバルのAMDに完全に主導権を奪われてしまった印象がある。
そのインテルが命運を賭けて投入するのがIntel 18Aであり、Panther LakeやClearwater Forestである。そこにはRibbonFETやPowerVia、Foveros-S/同Direct 3Dといった同社が長年温めてきた独自技術の粋が集められている。インテルは信頼を再び手にするために、大出血をしながらじっくりと歩を進めていたのだ(ゆえに、ファウンドリー事業放棄の発言は大変不用意だったというほかはない)。
筆者はIntel 18Aが信頼全回復の満塁ホームランになるとは思っていない。だが、AMDに大きく傾いていたCPU市場におけるインテルの存在感を再確認し、信頼の不均衡を再びインテル側に戻すきっかけになるだろうと予想している。ただし、実際にベンチマークをするまでは断言できない。Panther Lake搭載ノートPCをテストできる日が楽しみである。






















