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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第50回

【JSTnews11月号掲載】さきがける科学人/戦略的創造研究推進事業ACT-X「ナノ薄膜による生体脳の超広範囲光計測法の確立と疾患モデルへの応用」

頭蓋骨をナノマテリアルで代替。生きた脳を超広範囲で観察する手法を完成

2025年11月28日 12時00分更新

文● 畑邊康浩

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高橋泰伽。東京理科大学 先進工学部機能デザイン工学科 助教。山梨県出身。2022年総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻博士課程修了。博士(理学)。自然科学研究機構生命創成探究センターバイオフォトニクス研究グループ日本学術振興会特別研究員を経て、23年より現職。22~24年ACT-X研究者。

Q1 研究者を目指したきっかけは?
A1 「見える化」の面白さに魅了

 元々いろいろなアイデアを出すことが好きで、新しい角度から物事を考えることに興味がありました。中学・高校・大学と文化祭の運営に携わり、アイデアを実現する面白さを経験し、自分がやりたいことを考え、実行に移すことは、研究者になった今にも通じるものがあると思います。

 脳に興味を持ったきっかけの1つに、養老孟司さんの「唯脳論」があります。社会は脳の産物であるという考え方を知り、世界の問題を解決するには脳を理解することが重要だと気付きました。そこで、脳の研究ができ、アイデアを形にする「ものづくり」にも携わりたいと思い、工学部の生命科学と情報科学を学べるコースを選びました。

 その後の研究室配属の際に、光を使って生きた脳をイメージングする研究に出会い、普通では見えないものを「見える化」する面白さに魅了され、今に至ります。

Q2 現在取り組んでいる研究は?
A2 光硬化性樹脂用い「NIRE法」開発

 生きたままの脳組織を可視化するバイオイメージングの開発と応用に取り組んでいます。脳機能や神経疾患を理解するには、神経細胞1つの活動だけでなく、脳の複数領域がどう協調して機能しているかを計測する必要があります。一般的な観察手法では、マウスの頭蓋骨をガラスに置き換えていましたが、脳表面は曲面なので、広範囲での置き換えは困難でした。

 そこで、厚さ約100ナノ(ナノは10 億分の1)メートルの高分子ナノ薄膜を使う技術を開発しました。ナノ薄膜はガラスよりも薄いため、透明性や柔軟性が高く、脳の表面にぴったりと貼り付きます。ナノ薄膜で脳を覆い、紫外線を当てると液体から固体に変化する「光硬化性樹脂」でナノ薄膜を強化し、生きた脳の大脳皮質から小脳までの超広範囲を長期観察することに成功しました。一連の手法を、当時所属していた北海道大学の構内に多い樹木のハルニレにちなんで「NIRE法」と命名しました。

 現在は、この手法を冬眠動物のハムスターや人工冬眠状態のマウスに応用することで、記憶のメカニズムの解明を目指しています。今後の目標は、記憶をつかさどる海馬などの深部領域も含めた広く深い光計測技術の実現です。

生きた脳の大脳皮質から小脳までを蛍光イメージングした写真です。

Q3 研究者を目指す人にメッセージを
A3 研究以外の熱中できることを見つけて

 今の研究は、材料工学・神経科学・光科学など複数分野にまたがっており、新しいアイデアが常に湧いてくる面白さがあります。一方で、全ての分野の専門家になるのは現実的ではありません。人とのつながりを大切にし、専門以外の研究者と協力することが重要だと感じています。

 研究者を目指す人には、矛盾しているようですが、研究とは別に熱中できることを見つけてほしいです。研究とは別の視点を獲得でき、新しい発見にもつながるため、結果的に研究にも還元されます。

 私自身は、中国武術の「韓氏意拳(かんしいけん)」の稽古を続けています。この武術には「不用力、不費脳」という、意識的に力を使ったり、思考にとらわれていない時に身体本来の働きが生じるという教えがあり、研究にも示唆を与えてくれます。今後も幅広い視点から、生きた組織を世界一広く、深く、細かく「見える化」する技術の開発に挑戦したいです。

韓氏意拳を5年ほど続けていますが、身体に備わる「自然」を発見していく過程が面白いです。おかげで、肩こりや腰痛もありません!

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