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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第42回

【JSTnews11月号特別版】

坂口志文博士がノーベル生理学・医学賞を受賞

2025年11月17日 12時00分更新

文● 科学技術振興機構(JST)

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坂口志文博士/大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授(写真提供:大阪大学)

 2025年のノーベル生理学・医学賞を、坂口志文博士(大阪大学特任教授)ら3氏が受賞することが決まった。授賞理由は「末梢性免疫寛容に関する仕組みの発見」。過剰な免疫反応を抑える「制御性T細胞」を発見し、その役割を明らかにした。JSTは新技術事業団当時の1991年に発足した独創的個人研究者育成事業「さきがけ研究21」以降、現在に至るまで、生命科学の新分野を切り開く坂口博士の研究を応援し続けてきた。制御性T細胞には、自己免疫疾患やがん、難病などの治療に強い期待が寄せられている。世界が認めた独創的な成果が本格的な社会実装につながることを願いたい。

「制御性T細胞」とは?

 T細胞はリンパ球の一種で、骨髄の中で生み出された前駆細胞が、胸骨の裏側にある「胸腺」と呼ばれる臓器での選択を経て分化・成熟した免疫細胞だ。胸腺中で自己抗原による刺激を受けたものがFoxp3という遺伝子を発現して制御性T細胞(Regulatory T cell(レギュラトリーティーセル)、Treg細胞)となり、T細胞の過剰な免疫反応を抑制的に調節する。

 自己免疫疾患やアレルギー疾患では制御性T細胞の働きが相対的に弱い。また、臓器移植などで起きる拒絶反応では、制御性T細胞は自己反応性T細胞による移植片への攻撃を抑制しない。この働きを強めると、免疫が弱くなって自己免疫疾患やアレルギー疾患の治療や移植臓器の生着が見込める。逆に、がん患者では制御性T細胞の働きが相対的に強い。その働きを弱めると、免疫が強くなって腫瘍の抑制につながると考えられる。影響は少ないと考えられている。

自己免疫疾患を抑制する仕組み/骨髄に含まれる幹細胞が胸腺に到達した後、胸腺上皮細胞上で自己抗原と反応することでT細胞になる。そのうち、自己と強く反応するものは自己反応性T細胞と呼ばれ、自己免疫疾患を引き起こす可能性がある。坂口博士は、自己反応性T細胞を抑制する制御性T細胞の存在を証明した。私たちの体には、自己免疫疾患を防ぐために、自己反応性T細胞から制御性T細胞を分化誘導する巧みなシステムが備わっている。(論文などを元にJST作図)

JSTとの関係

1992年~94年 
独創的個人研究者育成事業(さきがけ研究21) 「細胞と情報」研究領域 さきがけ研究者
2003年~09年 
戦略的創造研究推進事業CREST「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域 研究代表者
2008年~15年 
CREST「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」研究領域 領域アドバイザー ※2015年に日本医療研究開発機構(AMED)に移管
2010年~12年 
研究開発戦略センター(CRDS) 特任フェロー
2012年~15年 
CREST「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」研究領域領域アドバイザー  ※2015年にAMEDに移管
CREST「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究領域 研究代表者 ※2015年にAMEDに移管
2017年 
出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS)にてレグセル株式会社に出資

「さきがけ」第1期生として受賞の礎を築く

 JSTと坂口博士との関係は、1992年から3年間、新技術事業団の独創的個人研究者育成事業(さきがけ研究21、現在の戦略的創造研究推進事業さきがけ)の「細胞と情報」研究領域における「免疫系による自己と非自己の認識について」の専任研究員として採用されたことが始まりだ。坂口博士は米国から帰国したばかりで、さきがけの「第1期生」だった。

 坂口博士は、T細胞受容体に着目した自己免疫現象の誘導と、その阻止機構の解析に取り組んだ。特定のT細胞群を除去することによって自己免疫疾患などが誘発されることを明らかにしたほか、同細胞群を補うことによって疾患が改善することも示した。今回のノーベル生理学・医学賞の授賞理由である制御性T細胞の発見の礎を築いた。

CRESTからSUCCESSへ、臨床応用に前進 

 2003年からの5年半は、JSTの戦略的創造研究推進事業CRESTの「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域における研究課題「制御性T細胞による新しい免疫制御法の開発」の研究代表者として、制御性T細胞の機能解明とその応用に向けた研究を進めた。さらに、12年からは、CREST「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」(15年4月をもってAMEDに移管)研究領域に参加し、制御性T細胞の医療応用へ向けた基盤技術に関する研究開発を展開した。こうした研究を通じて制御性T細胞の発生・機能におけるFoxp3の役割を明らかにし、免疫自己寛容の新しい分子機構を提唱した。

 一方、2008年からの6年半は、CREST「アレルギー疾患・自己免疫疾患などの発症機構と治療技術」研究領域で、また、12年からの3年半は、CREST「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」研究領域で、それぞれ領域アドバイザーとして、数多くの研究者の研究推進に尽力し、制御性T細胞の研究分野の発展にも貢献してきた。

 制御性T細胞の働きを強めれば、自己免疫疾患や臓器移植の拒絶反応に対処できる可能性がある。逆に働きを弱めれば、がん細胞を攻撃する免疫反応を強めることが可能だ。坂口博士らは、自身が研究代表者を務めたCRESTの研究成果を基に、2016年1月に大阪大学発ベンチャーのレグセル(米国カルフォルニア州) を設立した。JSTは17年5月、出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS)によって同社に出資した。さまざまな病気や症状を治療する医薬品などの実用化が期待されている。

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