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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第30回

【JSTnews9月号掲載】イノベ見て歩き/大学発新産業創出基金事業 可能性検証(起業挑戦)「近赤外ハイパースペクトルイメージング内視鏡による狭所非染色・非破壊計測産業の創出」

目に見えない光で目に見えないものを見る ハイパースペクトルイメージング内視鏡

2025年09月10日 12時00分更新

文● 島田祥輔 写真●島本絵梨佳

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竹村 裕/東京理科大学 創域理工学部 機械航空宇宙工学科 教授。2023年より大学発新産業創出基金事業可能性検証(起業挑戦)研究代表者

 社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第23回は、人間には見えない光を使って生体内の隠れたがんを見つけたり、表面からは見えない亀裂を探したりする装置を開発している東京理科大学創域理工学部の竹村裕教授を訪ねた。竹村さんは装置の実用化のめどが立った2024年に起業し、さまざまな企業から依頼を受けている。

数百種類の波長の強度を記録
レンズ加工に卓越した職人技

図1 竹村さんらが開発したNIR-HSI硬性内視鏡(左)とNIR-HSIファイバースコープ(右)。いずれも手で持てる大きさで、カスタマイズしやすく持ち運びも容易なのが特長。

 竹村裕教授の研究室があるのは東京理科大学野田キャンパス(千葉県野田市)。最寄り駅から利根運河の橋を渡った所にあり、広い中庭ではお昼になるとキッチンカーに学生が並ぶ光景が見られる。そんなキャンパスで研究を行う竹村さんがジュラルミンケースの中から取り出した装置は、一見すると手術で使う内視鏡のように見える(図1)。しかし、この内視鏡は、人の目には見えない光を使って、私たちが見えるものとは違う風景を映し出す。そこに使われている技術が「ハイパースペクトルイメージング(HSI)」だ。

 私たち人間は、波長が約400〜700ナノメートルの光だけを認識できる。この範囲の光を可視光という。一般的なデジタルカメラでは、可視光のうちの青、緑、赤という3種類の波長の強度を検出し、データとして記録している。これに対してHSIでは、数ナノメートルごとの波長の強度を測定し、数十から数百種類の波長の強度を記録する。こうして得られたデータを「スペクトル」といい、光や信号などの波を成分に分解し、成分ごとの強度を配列したものを指す。スペクトルデータは膨大になるため、場合によっては人工知能(AI)を利用してスペクトルを解析する。可視光だけでなく、1000ナノメートル以上の近赤外(NIR)の波長も捉えることができるものはNIR-HSIと呼ばれる。

 これまでにもNIR-HSI装置はあったが、大型で試験現場へ持ち運びができないものが多かった。竹村さんは「NIR-HSIで人体の中を見たいというのが私の目的です。そのためにはサイズダウンが必要だったのです」と話す。

 内視鏡サイズにするため、さまざまな波長を放出できる特殊なレーザー光源と、特定の波長のみを通すフィルターを用いることにした。ところが、この方法では1つ問題があった。波長が異なると屈折率も異なり、そのままでは焦点がずれてしまい、いわゆるピンボケした画像になってしまうのだ。そこで、装置にガラスレンズを60枚内蔵することで、可視光から近赤外までの広帯域の波長でも焦点が合うように工夫した。「レンズを加工するために町工場に依頼しました。加工が難しく、他の人たちはそう簡単にまねして製造できるものではありません」と、卓越した職人技があってこその装置であることを明かしてくれた。

JST事業で産業界のニーズ探る
食品業界などから引き合い多く

 竹村さんはNIR-HSI内視鏡で医療への貢献を目指している。例えば、組織の奥深くにある血管は、人間の目はもちろん通常の内視鏡映像でも見えない時がある。ここでNIR-HSIの波長を当てると、まるで血管を透視したかのように見えるようになる(図2)。血管、筋肉、脂肪、神経組織によって吸収しやすい波長や反射しやすい波長が異なり、NIRの波長は表面組織を通過しやすい性質がある。そのため、人間の目には見えなかった血管が見えるというわけだ。さらには腫瘍も見つけることができるという。

図2 生体内の組織を可視光で見ると、表面の赤い血管だけが見える(左)。しかし、近赤外光で見ると、可視光では見えなかった太い血管(青点線)が奥に存在することがわかる(右)。

図3 プラスチック片はそれぞれ素材が異なるが、可視光では区別がつかない(左)。しかし、NIR-HIS内視鏡で測定した近赤外画像(右A、疑似カラー画像)はプラスチックの素材によって異なる。AIによる機械学習を用いることで、スペクトルデータから素材を分類できる(右B、プラスチックの種類を色の違いで表現)。

 医療現場での実用化に向けては安全性のチェックや診療報酬点数の設定などさまざまな課題がある。一方で医療以外の産業ではすぐに実利用できる可能性があるかもしれないと竹村さんは考えた。例えば、NIR-HSIを用いれば、見た目には同じ透明なプラスチックの種類を簡単に分類できる(図3)。そこで、JSTの大学発新産業創出基金事業の可能性検証に応募し、どのようなニーズがあるのか探ることにした。

 すると、食品業界など多くの引き合いがあったという。「開発したNIR-HSI内視鏡は手軽に持ち運べるため、現場での検証も融通が利きやすかったのだと思います」。また、検証を通して装置における課題がいろいろ見つかり、改良にもつながった。「やはり、現場だからこそわかることが多くあると実感しました」と、竹村さんは振り返る。

 検証を進める中で企業からのニーズも見え、さらなる社会実装を加速させるため、2024年にBeyond Optical Technologies(東京都千代田区)を設立した。竹村さん自身が学生時代から起業に関心があり、一度は起業したかったということも後押しになった。

ものづくり精神を原動力に
医療応用目指しVB設立準備 

 会社では、NIR-HSI内視鏡は製造販売せず、分析支援とコンサルティング業務を手がけている。分析にはNIR-HSI内視鏡を用いるが、実際に対象物を分析するには数種類の波長があれば十分なことが多く、案件ごとに何が必要なのかを調査した上で、現場にある装置に導入するための支援をするという。

 竹村さんは自身のことを「ものづくりが好き」と表現する。「研究を本業にしてはいますが、自分が作ったもので社会に貢献したいと思っています」と話す。ものづくり精神が原動力となり、研究室ではNIR-HSI内視鏡の他にもロボティクスやバイオメカニクスをコンセプトにした装置を開発している。

 また現在は、医師と共同研究を行っており、NIR-HSI内視鏡の医療応用を目指した医療ベンチャーの設立準備を進めているという。「医療の現場で使われるためには、機器を滅菌できることなどハードルは高いのですが、それを乗り越えて人の役に立ちたいと考えています」と意気込む。

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