【JSTnews8月号掲載】イノベ見て歩き/研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同(育成型)「植物育成技術の革新に向けた円偏光変換フィルムの開発」
光合成や太陽電池の効率向上に期待! 新発想の円偏光変換フィルムを開発
2025年08月13日 12時00分更新
社会実装につながる研究開発現場を紹介する「イノベ見て歩き」。第22回は、新たな発想に基づく「円偏光変換フィルム」を開発した京都大学大学院エネルギー科学研究科の岡﨑豊助教に話を聞いた。植物の光合成や太陽電池の変換効率の向上、遠隔医療用の3D液晶ディスプレイなど実社会での応用が可能だという。
紫外光を当てるとオレンジ色に
振動はネジ山のように回転する
広大な敷地に百周年時計台記念館や重要文化財の清風荘などが点在し、歴史と最先端研究が融合している京都大学吉田キャンパスで研究に励む岡﨑豊助教を訪ねた。岡﨑さんに見せてもらったのは、小さなオレンジ色のフィルムだ。そのフィルムに肉眼では見えない紫外光を当てると、フィルムが明るく発光する(図1)。光の波長が変わり、紫外光が肉眼で見える光に変換されたのだ。しかし、このフィルムの真骨頂は、単なる波長変換機能ではない。太陽光やLEDの光など一般的な非偏光をこのフィルムに通すことで、円偏光に変換することができるという。
波は横波と縦波に大別できる。横波は、波の進む方向に対して垂直方向に波の媒質が振動する波で、縦波は、波の進む方向と同じ方向に媒質が振動する波だ。光は電磁波の一種であり、電磁波は進行方向に対して垂直に互いに直交する方向に電場と磁場が交互に振動しながら進んでいく横波である。通常の光は、その振動の方向がバラバラであり、偏っていないので非偏光と呼ばれる。
それに対して、振動の向きがそろった光を偏光と呼び、振動面が動くことなく進む光を直線偏光、振動面がネジ山のように回転しながら進む光を円偏光と呼ぶ。直線偏光は、液晶の表示やサングラス、フィルターなど、さまざまな場面で活用されている。円偏光は、光学情報の正確な伝達に有利なだけでなく、照射することで植物の成長を早めたり、太陽電池の変換効率が向上したりすることが最近の研究で明らかになってきたのだ。
円偏光によって植物の成長速度が向上する仕組みについて、岡﨑さんは次のように話す。「円偏光によって光合成の効率が向上するといわれています。光合成で重要な役割を果たす葉緑素には左右非対称性があるため、右円偏光と左円偏光では吸収率が異なります。ただ、それだけでは成長速度を向上させるほどの差はないと思うので、そこになんらかの増幅機構があると考えられています。まだわからないのが、面白いところですね」。
「発光式コンバーター」を考案
偏光純度と光強度を両立させる
これまで、非偏光から円偏光を生成する技術として「フィルター方式」「選択反射方式」「円偏光発光方式」という主に3種類の方式が提案されていたが、それらの方式では、円偏光の応用で重要な円偏光純度と光強度を両立させることができなかった。フィルター方式と選択反射方式では円偏光純度を高くできるが、光強度は低くなり、円偏光発光方式では逆に、光強度は高くできるが、円偏光純度が低くなる(図2)。
偏光度と明るさの両立が可能な直線偏光発光(LPL)に着目し、円偏光純度と光強度を両立させるという難問を見事に解決したのが岡﨑さんだ。LPLは非偏光の光が当たると別の波長の直線偏光を発光する現象だが、そのLPLを実現するLPLフィルムと直線偏光を円偏光に変換するラムダ(λ)/4位相差フィルムを組み合わせた「発光式円偏光コンバーター」を考案したのだ(図3)。LPLフィルムもλ/4位相差フィルムも以前から存在はしていたが、その両者を組み合わせることで、円偏光純度と光強度と波長変換の全てを高い水準で実現したことが、岡﨑さんの独創的なアイデアだ。
積層で光情報の多重化に成功
セキュリティー印刷への応用も
岡﨑さんは、JSTのA-STEPの3年間で、円偏光変換フィルムをさらに進化させることに成功した。発光式円偏光コンバーターは、発光体の選択や位相差フィルムを貼り合わせる角度の制御によって、得られる円偏光の波長や円偏光の向きを自在に調節できることが特徴だ。岡﨑さんは赤色や青色、黄色といったさまざまな発光体を封入したLPLフィルムを開発した。このほか、光吸収特性(光の引き算)を利用する既存の円偏光フィルターでは不可能だった光の足し算に基づく光情報の多重化を、複数のLPLフィルムを積層化した「多層型発光式円偏光コンバーター」で実現した。具体的には、異なる発光スペクトルを示す2種類のLPLフィルムをλ/4位相差フィルムに積層するだけである。
たった2種類のLPLフィルムから、2つの波形×左または右円偏光の2通り=4通りの偏光情報を付与することが可能となる。また、蛍光寿命が異なるLPLフィルムを用いることで、波形が時間変化する円偏光を容易に生成できることを実証した。光情報の多重化は機密度向上のためのセキュリティー印刷などへの応用も考えられる。
今後の研究の目標を、岡﨑さんは次のように語った。「円偏光によって樹木の成長速度を高めることができるのなら、温室効果ガスである二酸化炭素の物質への変換・固定化の促進や、化石資源に代わるカーボンニュートラル資源である木質バイオマスの利用推進にもつながります。また、農作物を対象とすることで、食料自給率の向上につながるかもしれません。さらに、円偏光を利用することで立体視に対応した3D液晶ディスプレイの省電力化が実現できるため、それを遠隔医療での手術に応用したいという話もあります。この研究の成果が、円偏光の応用に関するさまざまな研究を加速することにつながってほしいと思っています」。円偏光変換フィルムは、大きな可能性を持つ画期的な新素材だといえるだろう。

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