特殊ジェルの金属でデータセンターを冷却 都市の持続可能性を担うSusHi Tech Challenge 2025決勝レポート
SusHi Tech Tokyo 2025「SusHi Tech Challenge 2025」
2025年5月8日~10日、アジア最大級のスタートアップ、イノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2025」が開催、9日には世界共通の課題である「持続可能な都市を高いテクノロジーで実現する(Sustainable High City Tech=SusHi Tech)」をテーマとした、グローバルスタートアップピッチコンテスト「SusHi Tech Challenge 2025」の決勝が開催された。世界46カ国以上から集まった約650社の応募の中から、書類選考、準決勝を勝ち抜いた7社のスタートアップが、革新的な技術やビジネスモデルを披露。審査の結果、日本の「3D Architech」がグランプリに輝き、賞金1000万円を獲得した。
決勝ピッチは東京ビッグサイトで開催。審査員は、Breakthrough Energyのバイスプレジデント、Ashley Grosh氏、Magnify Venturesの創業者兼マネージングパートナー、Joanna Drake氏、Sozo Venturesのマネージングディレクター、中村幸一郎氏、MPower Partners Fund L.P.のゼネラル・パートナー、関美和氏、Remarkable Ventures ClimateおよびEntrepreneurs Roundtable Acceleratorのマネージングパートナー、Murat Aktihanoglu氏の5人が務めた。
ピッチは各社5分間のプレゼンテーションののち、審査員による8分間の質疑応答が行われる形式で進められ、審査員からは、ディープテックやケアエコノミー、グローバルカテゴリーリーダーの支援など、それぞれの専門分野からの視点が示されていた。
XRで施設をリモート管理するInspekly
Inspekly(シンガポール、プレゼンター:CEO David Castaneda氏)は、施設のリモート訓練および管理を可能にするツールを発表。拡張現実(AR)または複合現実(MR)を活用し、建物をスキャンしてデジタルツインを作成、仮想チェックリストを割り当てることで、従業員はスマートフォンやスマートグラスでタスクを実行できる。
カニジュニア(メキシコ)、風力タービン製造会社(デンマーク)、サンフンカイプロパティーズ(香港)での導入事例を紹介し、訓練コスト削減、生産性向上、ルーティン業務のデジタル化といった効果をアピール。デプロイが容易で費用対効果が高い点が特徴であり、例えばコンビニエンスストアなら月額50米ドルで利用可能で、従業員のスキル向上に貢献することを目指していると述べた。
Q&Aではインパクト指標について問われ、コスト削減に加え、従業員がシステム活用により短期間でマネージャーに昇進した事例を挙げ、人への投資の重要性を強調した。またチェックリスト検証におけるゲーミフィケーションの可能性について質問があり、将来的にはAIがタスクをゲーミファイ化し、単調な作業をより面白く、効率的にするビジョンを語った。
心不全患者の再入院を防止するGeneral Prognostics
General Prognostics (アメリカ、プレゼンター:CEO/Co-founder Sean Matsuoka氏) は、心不全患者の再入院を防止するための技術を発表。心臓のストレッチによって放出されるバイオマーカーであるNT-proBNPの上昇を検出・予測するアルゴリズムを開発しており、臨床試験で76%の感度と99.5%の特異度を達成したと述べた。
さらに、医師が適切な投薬を判断するための臨床ソフトウェア(推奨一致率91%、入院79%削減)と、カリウム値を測定する非侵襲的な指先採血デバイス(R二乗値0.97)を組み合わせたソリューションを提供する。ビジネスモデルは病院へのサービス提供であり、病院は既存の遠隔患者モニタリングなどの保険償還コードを利用できる。米国(Mayo Clinic含む8箇所)、インド(2箇所)、日本(4箇所)で提携を進めており、政府助成金を受けて400人規模の臨床試験も実施中であると現状を説明した。
Q&Aでは米国の8病院での展開状況について質問があり、臨床試験は完了し、現在はアルゴリズムを除く形でウェアラブルデバイスや採血デバイスを提供する商業化段階にあると回答。競合の非侵襲的モニタリング方法についての質問には、現在の主流は体重測定だが手遅れになりやすいこと、ウェアラブルや植込み型デバイスとの比較で、指先採血による幅広い疾患(糖尿病、慢性腎臓病など)への応用可能性がGPXの強みであると述べた。
従来の10倍静かな環境を実現できるノイズキャンセル技術AVAtronics
AVAtronics (スイス、プレゼンター:CEO/Co-founderCEO Jeyran Hezaveh氏) は、ワイドバンドのアクティブノイズキャンセリング技術を発表。赤ちゃんの泣き声など、従来のノイズキャンセリング技術では十分に除去できない高周波数帯のノイズに対応できる点が特徴で、従来の10倍静かな環境を実現できると述べた。
単にノイズを除去するだけでなく、周囲の音と音楽を同時に聴けるワイドバンド透過機能や、騒がしい環境でも話し声を聞き取りやすくするスピーチ強調機能も提供。技術はデジタル信号処理(DSP)とEdge AIを組み合わせた組み込みソフトウェアであり、特許を取得済みとのこと。
ビジネスモデルは半導体メーカーや製品メーカー(OEM/ODM)へのライセンス供与で、ヘッドホン、補聴器、自動車、航空機、鉄道といった様々な市場への応用が可能であり、既に複数の企業とライセンス契約を締結。今年後半には技術を搭載した製品が市場に登場する予定であると述べた。
Q&Aでは、初期の重点分野と収益予測について質問があり、特定の収益数字はNDAのため公開できないが、既に数百万台のデバイスに技術が搭載される予定であり、製品化には18ヵ月かかるが来年には数百万ユーロの収益を見込んでいると回答した。また、なぜ同社だけがより広い周波数帯に対応できるのかという技術的な質問には、通信業界での高周波数信号処理の経験を応用した点が鍵であると説明した。
マレーシアでサプライチェーンから変革する農家直送プラットフォームSECAI MARCHE
SECAI MARCHE (マレーシア、プレゼンター:CEO/Co-founder Ami Sugiyama氏) は、東南アジアにおける農家直送型のB2Bプラットフォームを運営。自身がマレーシアでのカフェ経営時に経験した、高品質な生鮮食品の入手困難さや非効率なサプライチェーンの問題(仲介業者多数、コールドチェーン不足、50%以上の食品廃棄物)を解決するために事業を開始したとのこと。
同社のプラットフォームは、独自のAI需要予測機能付きeコマース、生鮮食品に特化した倉庫管理システム、自社コールドチェーン物流ネットワークを組み合わせることで、農家とホテル・レストラン・カフェ(HORECA)を直接繋ぎ、農場から都市へ24時間以内に鮮度を保ったまま配送することを可能にしている。現在、日本、マレーシア、シンガポールなどから400以上の農家、4000以上の品目が登録されており、農家には収益向上や市場への直接アクセスといったメリットを提供できる。
顧客としてはマレーシアの高級レストラン市場で90%以上のシェアを持ち、1800以上の施設が利用。顧客からは、鮮度の高い品質、豊富な品揃え、少量注文の柔軟性、競争力のある価格が評価されていると述べた。2019年の創業以来、年平均200%以上の収益成長を達成し、収益性も改善している。
Q&Aでは、ビジネスモデルと利益率について質問があり、同社は農家から商品を買い取り、約30%のマージンを乗せて販売しており、これが収益源であると回答。このモデルにより、品質の管理やサービスレベルの維持が可能になっていると補足した。AI需要予測に用いられるデータについての質問もあり、技術自体は標準的だが、農家やレストランの詳細、季節、天候といった過去6年間で蓄積したユニークなデータが強みであると述べた。
天然素材の塗布剤で青果物の鮮度を長持ちさせるRyp Labs
Ryp Labs (米国、プレゼンター:CEO/Co-founder Moody Soliman氏)は、 世界的な課題である食品廃棄物問題に取り組む技術をプレゼンした。年間2.6兆米ドルの損失を生み出し、大量の温室効果ガスを排出する食品廃棄物に対し、同社は植物由来の天然成分を配合した塗布剤を開発。この塗布剤をステッカーなどに適用し、青果物に貼ることで鮮度を長持ちさせることができる。
マンゴーやベリー類など様々な青果物での効果を紹介し、イチゴで2-4日、ブドウで2倍、柑橘類で20日の賞味期限延長を実現した事例を挙げた。米国ではオーガニック認証(Omri Listed)を取得済みとのこと。ビジネスモデルは主に企業(流通業者など)への直販であり、ステッカーの販売量に応じた課金で、粗利率は50-80%を見込んでいる。
Walmartなどの大手企業や、日本のサニートレーディングと提携し、日本を含むアジア、世界30カ国以上でパイロットや商業展開を進めている。これまでの実績として、16万kg以上の食品に技術を適用し、第三者機関の評価で2.7万kg以上の食品廃棄物削減、2.1万kg以上の温室効果ガス排出回避に貢献したことを報告した。
Q&Aでは、適用プロセスとコールドチェーンでの考慮について質問があり、同社の技術はステッカーに塗布して既存のサプライチェーンに組み込むだけで、果物全体をコーティングする競合技術と比べて導入が容易であると差別化を強調。ビジネスモデルについての質問には、出来高制の直販であり、ROIは平均300%に達すると述べた。
使用済みリチウムイオン電池から高純度鉱物を抽出エマルションフローテクノロジーズ
エマルションフローテクノロジーズ(日本、プレゼンター:Chief Global Officer/Member of the Board Yuri Iida氏) は、エマルションフロー技術を用いた資源抽出および循環ソリューションを発表。これは電気自動車(EV)などの普及で排出量が増加する使用済みリチウムイオン電池から、リチウム、コバルト、ニッケルといった重要な鉱物を高純度で回収する技術とのこと。
また、工場排水に含まれるPFAS(有機フッ素化合物)を分解・除去するだけでなく、PFAS自体を回収して再利用することで産業界での水循環を可能にする。この技術は、日本原子力研究開発機構(JAEA)で開発された先進的な抽出技術を基盤としており、溶媒の特殊なレシピと機械設計により、既存技術に比べてコストを50%削減、設置スペースを70%削減し、低炭素・低エネルギー・低水消費を実現できる。
EV市場の成長に伴い、バッテリーリサイクル市場も拡大が見込まれている。2021年創業で、2024年5月までに1400万米ドルを資金調達した。ビジネスモデルとしては、プラント建設プロジェクト管理、技術ライセンス供与、回収した希少金属の製品オフテイクなど、顧客のニーズに合わせた柔軟な形態が可能である。脱炭素、都市鉱山、排水管理といった地球規模の課題解決に貢献することを目指している。
Q&Aではビジネスモデルについての質問に、設備販売に技術ライセンスを組み合わせる形や、プラント建設プロジェクト全体を請け負う形など、顧客ごとにカスタマイズした包括的なソリューションを提供すると説明。使用済みバッテリーの原料確保についての質問には、グローバルなリサイクラーや、自動車メーカー、バッテリーメーカーとの提携を通じて確保する計画であると回答し、市場はまだ小さいが、EVの普及に伴い拡大すると述べた。
ジェルを用いた独自の金属製造技術で次世代データセンター冷却3D Architech
3D Architech(日本、プレゼンター:CEO/Co-founder Kai Narita氏) は、ジェルを用いた独自の金属製造技術により、データセンター冷却やグリーン水素製造といった分野でのエネルギー効率化を目指すスタートアップ。同社の強みは、データセンターの電力消費の40%を占める冷却や、グリーン水素製造のコスト削減といった課題に対し、現在の製造技術では実現困難な微細構造(10マイクロメートルレベル)を持つ金属部品を製造できる点だと述べた。
カリフォルニア工科大学での博士課程研究を基盤とする「ジェル対応金属製造技術」は、金属粉やワイヤーではなくジェルを光で精密に成形し、化学的に金属に変換するプロセスを採用している。これにより、市場最高の解像度、カスタマイズ可能な設計、そして量産へのスケーラビリティを両立可能。
具体的には、データセンター冷却用コールドプレートでコスト50%削減、水素製造用ガス拡散層で出力密度30%向上を実現し、これらの市場全体で年間数百億ドル規模のコスト削減ポテンシャルがあるとした。同社の技術はNature誌の「2024年注目技術7選」にも選ばれており、日本やアメリカ、欧州、タイなどで15件以上のPoCや共同研究を進めており、製造品と最適な設計の両方を顧客に提供している。
Q&Aでは販売対象について、製造した部品そのものと、顧客製品の性能を最大化する設計の両方を販売していると回答。ライセンス戦略についての質問には、現在はまだ初期段階のためライセンスではなく製造品販売と共同開発に注力していると説明した。また、データセンター冷却とグリーン水素という二つの大きな市場に同時に取り組む戦略について質問があり、製造プロセスは共通しているため技術開発は両分野で並行できること。加えて製品化は冷却分野の方が早い見込みであることを説明した。
審査員総評と受賞発表
ピッチの終了後、各審査員から全体的な印象が語られた。グローシュ氏は「様々な分野(農業、労働力、エネルギー、ヘルスケア)の困難な問題に取り組む多岐にわたるソリューションが見られたことを高く評価し、これらの技術のスケーリングには多くのパートナーが必要である」と述べた。アクターノグル氏は、「出場スタートアップのピッチの質の高さ、解決しようとしている問題の重要性、そして本物のIPと技術の存在に感銘を受けた」と話し、どのチームも受賞に値すると評した。
グランプリの発表の前に、コーポレートパートナーがそれぞれのビジョンや将来の連携可能性に合致するスタートアップを選出するコーポレートパートナー賞の発表が行われ、以下の企業が受賞した。
東京建物:Ryp Labs
菱地所:3D Architech
三井不動産:SECAI MARCHE
森ビル:Tsubame BHB
野村不動産グループ:Inspekly
東京きらぼしフィナンシャルグループ:Asia Pathogenomics
中央日本土地建物グループ:Hutzper Agora:AVAtronics
住友不動産株式会社:Tsubame BHB
KDDI株式会社:AironWorks SUCREA:MECHNOCROSS
富士通:Hutzper
SusHi Tech Challenge 2025のグランプリは、3D Architechに決定。東京都の小池百合子知事から、3D ArchitechのKai Narita氏に賞金1000万円の目録とトロフィーが授与された。Narita氏は受賞スピーチで、審査員、イベント関係者、そしてチームへの感謝を述べ、「まだ始まったばかり。世界をより良く、より持続可能なものにするために実現させたい」と決意を語った。
SusHi Tech Challenge 2025は、革新的なテクノロジーが都市の持続可能性というグローバルな課題解決に貢献しうる可能性を示すイベントとなった。出場したスタートアップが、今回の舞台を飛躍の契機とし、社会実装を加速させていくことが期待される。小池都知事は閉会挨拶で、今回の熱気を引き継ぎ、スタートアップ振興を日本全体で推進していくことを強調した。
















































