桂文枝にGeminiが弟子入りした「桂文Gemi」プロジェクトの裏側も
吉本興業はエンタメに生成AIどう活用している? 日本の笑いを“リアルタイム通訳”する未来
あらゆる業界で活用が進む生成AI。ビジネスの効率化だけではなくクリエイティブでも同様であり、1912年の創業からエンターテイメントの最前線を走り続ける吉本興業も例外ではない。
2025年3月にGoogle Cloudが開催した「AI Agent Summit ’25 Spring」では、吉本興業が取り組むエンタメ領域での生成AI活用と、桂文枝師匠とGoogleのAI「Gemini」が新作落語を生み出した「桂文Gemiプロジェクト」の舞台裏が語られた。
AIアバター、制作効率化、お笑い翻訳AI、進むエンタメの生成AI活用
吉本興業グループは、1912年に創業した「第二文芸館」から始まり、寄席の経営からエンタメ事業を踏み出した。その後、ラジオの普及にあわせて落語家のスターが生まれ、テレビの普及によりお笑いがお茶の間に浸透し、今のネット時代では、多くの芸人がYouTubeチャンネルを立ち上げている。
同グループのプラットフォームを活かした各種サービスを手掛けるFANY。同社の代表取締役社長である梁弘一氏は、「メディアやテクノロジーの進化によって新しいスターやヒットコンテンツが生まれる。そういった歴史が繰り返されてきた。『生成AI』もエンタメ業界にインパクトを与えるテクノロジーなのは、私の感覚では間違いない」と説明する。
エンタメ業界を変え得る生成AIについて、吉本興業も積極的に活用を模索している。ここでは3つの領域での活用例が紹介された。
ひとつは、「新しいIP・ビジネスの創出」だ。Googleなどのテック企業と手を組み生み出した、芸人のAIアバターが活躍しているという。
例えば、EXITさんは、ファンから提供されたデータ学習させた、よりリアルなAIアバター「AI EXIT」による単独ライブを開催している。AI同士で漫才をしたり、AIが後輩芸人に電話して気づかれないかを試してみたりと、AIアバターならではの企画が繰り広げられた(EXITさんは前説・後説にだけ登場)。チケットは完売と大成功を収めたという。
他にも、田村淳さんは、AIアバターである「AI淳」でYouTube配信を、かまいたちさんは、Starleyの提供する「Cotomo」を使ったおしゃべりAIを期間限定で提供した。梁氏は、「タレントが時間と身体の制限から開放されて、勝手にAIが仕事をして稼いでくれる。ただ、単純にAI化するだけでは駄目で、面白いと感じてもらえる、AIならではの体験を提供することが重要」と語る。
2つ目は、「コンテンツ制作への活用」だ。吉本興業は、縦型ショートドラマの事業に参入しており、その制作の効率化に生成AIを活用しているという。
ショートドラマの制作現場は、低予算・短期間で大量のコンテンツを生み出す必要がある。2024年末に公開した「飛べない恋とふたご座の君」では、Geminiが脚本制作の一部を担い、企画立案から納品までを約2カ月で走り切ったという。活用方法としては、プロデューサーが「頭の中にあるイメージ」をGeminiと相談しながら具体化。プロットの初稿もGeminiが生成して、プロの脚本家がGeminiと相談しつつ脚本を完成させるという流れで制作された。
担当したプロデューサーは、同僚と会議しているような感覚でGeminiと仕事ができたこと、プロでもないのにそこそこの脚本が出来上がったことに驚いたという。「この例は、脚本だけの効率化となったが、今後間違いなくドラマの絵作りや音声、アニメ制作などにも生成AIが活躍する」と梁氏。
最後の領域は、「クリエイティブ支援」。お笑いのグローバル展開を見据えた、翻訳AIが紹介された。
お笑いは、言葉や文化の壁があるため、音楽などと比べてグローバル展開がしづらいという。「日本人のお笑いのニュアンスが翻訳に反映できたら、その壁を突破できるのではないか」という想いで開発されたのが、Geminiを基盤モデルとした「お笑い翻訳AIサービス(α版)」だ。
仕組みとしては、まず、Speech-to-Textで文字起こしをする。そして、RAGによって、お笑い・関西弁の知識や英語ネイティブな芸人(チャド・マレーンさん)監修の辞書などが詰め込まれた“お笑い脳のデータベース”を参照して、字幕として最適化する。Geminiのマルチモーダルな能力を活用して、動画から人物や場面を認識し、さらに段階的に翻訳の推敲を重ねるのがポイントだ。
こうして、お笑い特有の言い回しや独特な関西弁、間・フリ・オチなどの面白さが損なわない翻訳を実現する。既に、YouTube動画の英語字幕で試されており、例えば、「(バイトの子が)飛んで(=逃げて)代わりに出なきゃいけなくなったんで…」というセリフは、文脈を反映して、「I had to fly out and take his place.」ではなく「He ran away, so I had to cover.」という形で翻訳される。
本格的なサービス提供は、2025年内を予定しており、将来的には海外ライブでのリアルタイム通訳の実現を見据える。
そして、吉本興業が、今注目しているという技術は、AIエージェントである。梁氏は、「EQ(心の知能指数)を備えた対話型の生成AIが進化していくことで、エンタメはもちろん、教育やメンタルヘルス、カスタマーサポートなど、社会全体にインパクトを与える可能性がある」と期待する。今後も、テック企業と連携し、「笑いを『心のインフラ』に」という同グループの宣言を推進すべく、テクノロジー活用を推進していく意向だ。