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「ものの始まり、なんでも堺」を現代でも ゼブラ企業の実践からわかる地域課題解決とイノベーション都市像

「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング」イベントレポート前編

特集
堺市・中百舌鳥の社会課題解決型イノベーション

提供: 堺市

 大阪府堺市は人口減少や高齢化など、地方自治体が悩む社会的課題の解決に向け、イノベーション創出に取り組んでいる地元企業やスタートアップの育成に向けた環境、エコシステムの構築を推進している。

 2025年3月8日にはその堺市の取組を全国に発信するイベント「堺・中百舌鳥イノベーションミーティング」が開催された。このミーティングでは、永藤堺市長から語られた「未来を創るイノベーティブ都市堺」というメッセージを基盤に、最近注目を集めているキーワード「ゼブラ企業」を支援する株式会社Zebras and Companyの玉岡佑理氏の基調講演、および堺市が主催する複数のイノベーション創出支援プログラムから5社のスタートアップによるピッチが行なわれた。

 堺市・中百舌鳥のインキュベーション施設「S-Cube」から、オンラインにより全国の視聴者に発信された堺市の最新の取組について紹介する。なお、本記事は同イベントの前半にあたる永藤市長のメッセージと玉岡氏の基調講演について取り上げる。5社のピッチについては後程公開する後半記事をご覧いただきたい。

未来を創るイノベーティブ都市 堺

 本イベントの冒頭に、永藤堺市長から堺市の施策方針の説明を兼ねたご挨拶があった。永藤市長は開会前にS-Cube入口付近にあるメッセージボードに「中百舌鳥から未来に向けて挑戦したいこと」をテーマにしたメッセージカードを掲示した。そこには堺市がめざす都市像「未来を創るイノベーティブ都市 堺」と書かれていた。永藤市長がこのメッセージに込めた思いを紹介する。

堺市 永藤 英機市長

「中世から国際貿易都市として「黄金の日日」と称されるほどの繁栄を極めた堺市には「ものの始まり、なんでも堺」という言葉がある。海外との貿易を通じて様々な海外からの文化、技術、価値観を受け入れて、次々とイノベーションを生み出し、日本全国に広めたことから、当時の堺市はそのように謳われた。

 この「ものの始まり、なんでも堺」を昔話ではなく、これからの時代にも謳われるようにしたいと強く思う。

 無から有を生み出す世紀の大発明のようなものだけがイノベーションなのではない。新しい価値観や有機的なつながりに基づく新しい発想によって、今あるものから革新的な技術が生まれる、それこそがイノベーションだと思っている。「故きを温ねて新しきを知る」温故知新という言葉があるように、仁徳天皇陵をはじめとする世界遺産のある堺市だからこそ、新しい技術を生み出すことができる。

 それこそが堺市が掲げる「未来を創るイノベーティブ都市 堺」の核心であり、その舞台としてここ中百舌鳥は絶好の環境にある。地下鉄御堂筋線の終点中百舌鳥駅があり、南海高野線や泉北線にもつながっている。さらに商工会議所をはじめとする産業支援機関、金融機関、そして大阪公立大学もある。有機的なつながりを生む基盤が既にある。

 開催が間近に迫ってきた大阪関西万博でも、おそらく私たちがこれまでに見たことも聞いたこともないような新しい技術や、またそれぞれの地域で脈々と受け継がれてきた文化を、そこで見たり体験したりできる。そこもまたイノベーションを生み出す絶好の舞台となる。ぜひ多くの人に訪れて欲しい。

 万博には堺市も茶室の展示を予定している。茶室が持つ革新的な技術や文化は今の日本人の精神性や美意識にも受け継がれている。また、一期一会や和敬静寂などの大事な心も、茶室という洗練された空間を通じて国内外の方々に感じてほしい。この中百舌鳥という地でかかわりを持った皆さん、これからの大阪、日本、そして世界を豊かに幸せにするという強い思いを持って一緒に取り組んでいきましょう」

基調講演:地域で広がるイノベーションエコシステムとゼブラ企業の未来

 経済的な成長を志向するスタートアップ企業のあり姿としての「ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)」が知られているが、それとは異なる価値観を持つ「ゼブラ企業」というキーワードが注目を集めている。「ゼブラ企業」とは、社会的インパクトと経済的成長の両立をめざす企業であるとともに、社会的に複雑な課題の解決に向けて、多種多様なステークホルダーが協調・共存する思想を持っている。言い換えるなら勝者総取りをめざすのではなく、相利共生関係の中で社会的課題の解決や持続的成長をめざす企業ということができる。

 そんなゼブラ企業の支援を行っている株式会社Zebras and Company(以下、Z&C)の玉岡佑理氏から「地域で広がるイノベーションエコシステムとゼブラ企業の未来」をテーマに基調講演が行われた。

株式会社Zebras and Company 玉岡 佑理氏

「日本は100年以上続いている企業、いわゆる老舗と呼ばれる企業が世界で1番多いといわれている。例えばこうした老舗企業の中には経済成長だけではなく、地域への貢献を見据えながらゼブラ的な経営をされてきた企業も多いと思っている。Z&Cの創業者が米国からゼブラ企業の考え方を持ち帰り、情報発信を始めたところ、そうした老舗企業や地域企業などの皆さんから共感の声をもらうようになった。

 ゼブラ企業という概念が徐々に広まるにつれて、事業相談の声も多くいただくようになり、Z&Cの創業に至った」(玉岡氏)

 100年以上続く老舗にとって、創業当初は今ほど便利なインフラはなかったであろうし、必然的に周囲の企業への依存度は高かったと思われる。そのため自分だけが勝者総取りはできず、共存共栄の思想が普及していったということは想像に難くない。日本はもともとゼブラ的経営に対する経験値が高かったのかもしれない。

「Z&Cが考えるゼブラ企業の特徴が4つある。ひとつは事業成長を通じてより良い社会をつくることを目的としていること。事業の成長を目指しながら、同時に社会に良いインパクトを生み出す(社会課題の解決)ことを事業の目的としている。

 2つ目は時間、クリエイティブ、コミュニティなど、多様な力を組み合わせて事業を進めていること。資金力があれば短期間に解決できる課題ばかりではないため、一定の時間をかけて、メディアやコミュニティ、行政などの多様な力を組み合わせて事業を進めていく必要がある。

 3つ目は長期的でインクルーシブな経営姿勢であること。複雑な社会課題の解決に取り組む場合、数多くのステークホルダーがそれにかかわってくる。企業の株主価値のみを(短期的に)最大化させるのではなく、それに関わったすべてのステークホルダーを長期的に幸せにすることに取り組まなくてはならない。

 4つ目がビジョンが共有され、行動と一貫していること。理念や思想を言葉にするだけでなく、そのイメージを実現するための具体的な行動に落とし込み、そして実行していることが求められる」(玉岡氏)

 ユニコーン企業が経済的な価値を最重要視するのに対して、ゼブラ企業は経済的な価値とともに社会的な価値を重視するスタンスをとっている。玉岡氏は経営支援の業務をする傍ら自分自身が教育や社会福祉に取り組んでいたという経歴を持つ。生まれた環境にかかわらず、こどもたちが自分の望む人生を歩める社会に向けて人やお金の流れを生み出していきたいという思いがゼブラ企業のあり姿に重なって見えたのだと感じた。

「Z&Cではゼブラ企業に対する経営支援や投資を行いながら、これまでのスタートアップとは異なるファイナンスの仕組みづくりにも取り組んでいる。事業の特性や経営のあり方、企業のフェーズによって最適なファイナンスが異なるため、例えばイグジットの形を限定しない柔軟な投資スキームを設計するなどしている。

 成長ステージが異なるゼブラ企業は、その担っている役割が違う。これを子ゼブラ、兄/姉ゼブラ、親ゼブラと呼び、それぞれに合った経営支援を行っている。

 例えば資金調達にしても、最適なファイナンスは取り組む事業や経営者の目指す方向性などによっても違いが出る。Z&Cでは、Finance for Purposeというサービスをローンチし、それぞれの企業の解決したい社会課題や取り組む事業などの方向性を定義したうえで、事業戦略や資金調達プランを議論するという支援を行っている」(玉岡氏)

 お金には色があると玉岡氏は言う。だからこそ調達プロセスだけではなく、その前段の設計が非常に重要になってくる。Z&Cでは、ゼブラ企業の経営者が自らのパーパスを実現するための適した資金調達を行う支援を実施している。

 続いて玉岡氏からゼブラ企業の地域での取り組みとして4つの事例が紹介された。その中から2つを紹介しよう。

 最初の事例として取り上げられたのは、秋田県男鹿市の稲とアガベ株式会社で、お酒を通じた地域づくりに取り組んでいる。秋田県は豊かな自然やなまはげに代表される伝統文化も残っている一方で、人口減少が急速に進み、それに伴う社会課題が顕在化している地域でもある。

 稲とアガベは日本酒の伝統的な製造技術に副原料を入れることで新しい味わいをめざしたクラフトサケを主力商品としている。日本酒のみならず、ビールやワインなどにおいてもお酒という製品はそれを生んだ地域と密接に結びついていることが多く、そうしたお酒を飲んだ人がその地を訪れたいという動機が生まれる。

 稲とアガベはその動機をフックに地域に新たな産業を興そうとしている。

「酒造りを起点に産業を生み出し、男鹿に興味を持ってくれた人がまた来たいと思える新たな魅力を作っていく。ラーメンの一風堂とコラボしてラーメン店を開業したり、日本酒の製造過程で出る酒粕を活用したマヨネーズやお菓子を製造、販売し、宿泊施設のなかった地域に企業の遊休社宅を活用した宿泊施設を作るなど、クラフトサケとともに地域づくりも実現してきた。

 酒造りを中核としたまちづくりと、男鹿を日本酒を作れる戦略特区にしようと日本酒業界の規制緩和に取り組む二面性を持った社会課題への取り組み方が、とてもゼブラ的な地域への関わり方だと感じている」(玉岡氏)

 もうひとつの事例として、香川県三豊市における新しい共助の姿を取り上げる。もともとは年間5000人程度しか観光客が訪れなかった地域が、インスタ映えの波に乗って年間50万人が訪れるまちへと変貌した。それを原動力にまちづくりに取り組み始めたものの、アンケートで求められたのはスタバなど有名企業の誘致だった。

 それでは持続的な成長を見込めないと考えた地元のキーパーソン今川宗一郎氏がコーヒーショップを始めたことがきっかけで、今では100以上の起業の連鎖が生まれている。

 重要なのは地元の人々が起業家を助け合う共助の仕組みが生まれたこと。「瀬戸内暮らしの大学」という市民大学があり、そこでは先輩の起業家が後輩に対して自分の体験やノウハウを伝えている。いくつもの起業向け講座が開かれており、香川への移住希望者や二拠点生活希望者にとっても魅力的なコミュニティのひとつの核となっている。

「また、三豊市にあるURASHIMA VILLAGEという宿泊施設では、関係人口を超えた株主人口を増やしていく面白い試みが行われている。URASHIMA VILLAGEの経営が安定してきたところで施設をファンドに売却し、その売却益で負債を返すとともにリースバックして賃料を払いながら施設を運営している。

 そしてファンドへの投資家を三豊ファンへと変える施策、例えば1泊15万円のところを無料にするといったように運用益にプラスして別の価値を加えて株主に還元している。地域の株主人口や外からの投資家を増やし、地域の中でお金が循環していく仕組みを構築した。これはExit to Communityと呼ばれる仕組みで、日本でもそうした新しい仕組みが生まれてきている」(玉岡氏)

 企業の経営目標としてわかりやすいユニコーン型スタートアップと比べて、ゼブラ企業はそのめざすところや将来のあり姿を描き、より長期的で包括的な視点をもって経営することが大切だ。男鹿市の事例も三豊市の事例も、地域住民や関わる人々を巻き込み、そして持続的な成長につながるファイナンスやガバナンスの仕組みを作りながら、社会的インパクトを生み出そうとしている。

 基調講演内で玉岡氏が紹介したシステムレベルチェンジ思考においても、地域やゼブラ企業が必要とする様々な変化をポジティブなチャレンジとして楽しみながら乗り越えることを示唆している印象を受けた。堺市が「イノベーティブ都市」という言葉に込めた思いも、そのような変化を自らが生み出したいと考えたということなのだろう。

 基調講演に続き、本イベントの後半は堺市が主催している複数のイノベーション創出支援プログラムから、具体的な成果を生み出しつつある5社のスタートアップによるピッチを紹介する。ピッチ内で語られた内容だけでなく、その後のインタビューで得られた情報も加えて各社の熱い思いをお届けする予定だ。

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