青い日記帳の推し丸アート 第31回

フォロンとともに空想旅行へ! 学芸員が語る、想像力による参加型を目指した「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」の魅力

文●中村剛士

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空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景

 20世紀後半のベルギーを代表するアーティスト、ジャン=ミッシェル・フォロン(Jean-Michel Folon)の大回顧展が日本で30年ぶりに、東京ステーションギャラリーで始まりました(9月23日まで。その後、名古屋市美術館、あべのハルカス美術館へ巡回)。

 前回の記事では、「フォロン展」を構成されたあべのハルカス美術館 上席学芸員の浅川真紀氏に、フォロンの魅力や展覧会開催に至る経緯などを伺いました。インタビュー後半となる今回は「フォロン展」の見どころなどを紹介して参ります。

希代のマルチアーティストの30年ぶりの大回顧展が東京ステーションギャラリーで開催! 「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」担当者にその魅力を聞いてみた
https://lovewalker.jp/elem/000/004/209/4209541/

中村:「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」がいよいよ始まり、早速多くの方が会場へ足を運んでいるようです。今回の回顧展の見どころを教えて下さい。

浅川学芸員:ベルギー出身のジャン=ミッシェル・フォロン(1934-2005)を日本で久々に紹介するにあたり、日本展オリジナルのキュレーションによる展覧会構成で観てもらうことを考えました。プロローグから始まり、5章構成になっています。案内人フォロンに誘われて、みんなで空想旅行に出かけましょうというストーリー仕立てにしました。

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景

展示の様子

中村:会場構成は、プロローグ 旅のはじまり、第1章 あっち・こっち・どっち?、第2章 なにが聴こえる?、第3章 なにを話そう?、エピローグ つぎはどこへ行こう?となっていて、確かにフォロンが私たちに語りかけてくれるような感じでした。

浅川学芸員:時系列とか分野ごとのカテゴライズではなく、「空想旅行」という見立てで、想像力による参加型の展覧会を目指しました。たとえばプロローグではメガネをモチーフとしたオブジェや、“ホワイト・ユーモア”と自称していたウイットのきいたドローイング、身近なものを独自の視点で撮った、くすっと笑える写真などを紹介しつつ、「見ること」への意識を刷新し、想像力に火をつけて、空想旅行へのウォーミングアップとしてもらう。

 さらにはここで、旅の大切な道連れとなる「リトル・ハット・マン」にも出会います。帽子をかぶり、ぶかぶかのコートに身を包んだ、この謎めいた人物は、フォロンの絵のそこかしこに登場し、そのつど絵の中で旅人と体験を共有していくことになります。フォロン自身の投影でもあり、見る人ひとりひとりが心を重ねることもできる「リトル・ハット・マン」は、この旅の重要なキーパーソンでもあるのです。

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景

フォロンの作品に数多く登場する「リトル・ハット・マン」

中村:1章からエピローグまでタイトルに全て「?」が付いていて、とても新鮮な印象を受けました。

浅川学芸員:展覧会の核となる1章から3章は、旅人が空想旅行で出会うさまざまな場面を想定して、フォロンが手がけたいろいろなモチーフやジャンルの作品を取り交ぜて構成しました。ときには、矢印の渦に巻き込まれたり、戦争や環境破壊などのシビアな現実に対峙したりする場面もあります。「あっち・こっち・どっち?」「なにが聴こえる?」「なにを話そう?」など、どれも「?」で終わる問いかけ方式のこの構成案を最初にフォロン財団に提示したところ、即座に“This is right!”というお返事をいただけたのがものすごくうれしかったことを覚えています。

《無題》1968年頃 フォロン財団

気がつけば、身のまわりは矢印だらけ。この矢印、信じて進んでよいものか…?
《無題》1968年頃 フォロン財団

《『世界人権宣言』表紙 原画》1988年 フォロン財団

「みんな話題にはするけれど、誰も読まない」世界人権宣言に新たな命を吹き込んだフォロンの仕事
《『世界人権宣言』表紙 原画》1988年 フォロン財団

中村:エピローグもおまけ的な要素ではなく、さらにフォロンの魅力を追い求めるような展示でとても良い旅ができました!

浅川学芸員:そう言って頂けると企画者冥利につきます。最後のエピローグ「つぎはどこへ行こう?」では、フォロンが愛した地平線や水平線の見える風景、船や鳥など、旅や自由を想起させるモチーフ、そして未知の世界や存在への憧れを思わせる作品を選びました。地平線と水平線の彼方に広がる新しい世界は、もはや旅人ひとりひとりが創っていくものなのだろうという予感のうちに、空想の旅は終わりを迎えることになります。

《月世界旅行》1981年 フォロン財団

旅と自由への憧れは、はるか宇宙の彼方にまで私たちを誘う。
《月世界旅行》1981年 フォロン財団

中村:それにしても、よくここまで日本オリジナルの展覧会構成にOKが出ましたね。なかなかフォロンへの学芸員さん個人の思いだけでは、ここまでできないと思います。

浅川学芸員:フォロン財団の方が来日された際、フォロンがいかに魅力的で重要な作家であるかということを熱く語ってくださり、ぜひ日本側との共同キュレーションもしたいとおっしゃられたことは、私の学芸員魂に火をつけました。この方々と一緒に仕事がしたいと強く思いましたし、いまという時代にこそ、あらためて紹介すべき作家だと、ビビッと来てしまったんです。

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景
空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景

展示の様子

中村:フォロンの魅力のまさに虜になった感じですね!

浅川学芸員:はい、まさに!(笑) とはいえ、そこから展覧会全体の枠組みが決まるまでも相応の時間を要しましたし、実際の準備にかけられる期間はものすごくタイトだったので、ここまで来られたのはわれながら奇跡的だと思っています。

 でも不思議なことに、フォロンという作家は、関わる人と人をつないでくれるというか…。いろいろな立場の人たちひとりひとりが前向きでクリエイティヴな気持ちで準備に取り組み、かつ絶妙なチームワークを生み出せたのは、フォロンの魔法のおかげなのかもしれないなと感じています。ちなみに本展の公式サイトの名称は「私たちのフォロン」なんです。こちらもぜひチェックしてみていただきたいです。

私たちのフォロン https://ourfolon.jp/

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景
空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン 展示風景

展示の様子

中村:長時間に渡りフォロンに関するあれこれ多岐に渡りお話いただきありがとうございました。最後に「フォロン展」について読者の皆さまへ、もう一声お願いします。

浅川学芸員:今回の出品作品は、各会場およそ230点。ドローイングのみ、会場ごとに入れ替わります(東京展と大阪展は共通)。平面作品、立体作品はもとより、フォロンが手がけたアニメーションや貴重な資料映像なども交え、日本で30年ぶりの大回顧展としてふさわしい規模になっています。

 かつてフォロン展をご覧になった方には、久しぶりの再会となるでしょうし、まったくフォロンを知らなかったという方にも、きっと新鮮な魅力を発見していただける展覧会になるものと自負しています。

浅川学芸員

東京ステーションギャラリーでの内覧会でお話しする浅川学芸員

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン

空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン
公式サイト「私たちのフォロン」 https://ourfolon.jp/

東京ステーションギャラリー
会期:2024年7月13日〜2024年9月23日
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/

名古屋市美術館
会期:2025年1月11日~3月23日
https://art-museum.city.nagoya.jp/

あべのハルカス美術館(大阪)
会期:2025年4月5日~6月22日
https://www.aham.jp/

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