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製品開発の現場で知財の魅力を知り、弁理士へ スタートアップ支援ではビジネスへの理解と説明を重視

【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門奨励賞】日本橋知的財産総合事務所 加島 広基氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

 日本橋知的財産総合事務所 代表弁理士の加島広基氏は、AIやDXなど先端技術を活用したスタートアップを中心とした知財支援のかたわら、YouTubeなどを通じた知財啓蒙活動に積極的に取り組んでいる。第5回IP BASE AWARDではこうした活動によるエコシステム形成への貢献も評価され、スタートアップ支援者部門の奨励賞に選ばれた。加島氏に、スタートアップ支援で重視していることやYouTubeでの取り組み、これからの知財専門家としての働き方について伺った。

日本橋知的財産総合事務所 代表弁理士
加島 広基(かしま・ひろもと)氏
東京大学工学部都市工学科卒業後、株式会社クボタに入社。2002年から大井特許事務所に勤務し、2004年に弁理士登録。2004年から協和特許法律事務所に勤務し、在職中の2008年に米国Birch, Stewart, Kolasch & Birch事務所での研修プログラム(BSKB Summer Training Program)を修了。2012年から2021年にマクスウェル国際特許事務所を共同経営。2021年に日本橋知的財産総合事務所を開設。また、2020年から弁理士法人IPXの押谷昌宗氏とともにYouTubeチャンネル「知財実務オンライン」を運営。著書に『ふわっとしたアイデアからはじめる新規事業を成功させる知財活用法』(中央経済社)などがある。

製品開発の現場での経験から知財のおもしろさを知り、弁理士の道へ

 加島氏は大学卒業後に株式会社クボタに入社し、下水処理場のプラント設計や遠心脱水機の開発プロジェクトに携わっていた。知財に関心を持ったのは、当時のある出来事がきっかけだったという。

「クボタは水処理プラントとして大手だったのですが、あるとき競合企業が従来とはまったく異なる機構の脱水機を発表しました。遠心脱水機は回転数が速いほど性能が上がり、そのため電気消費量も大きくなるのですが、その脱水機は遅い回転数でも十分な性能を出せて電力消費も少なく、顧客からの評判も良かった。そこで自分たちも低回転・低消費電力で性能の高い新しいコンセプトの製品を開発してラインアップに加えようとしました。しかし、すでにそのライバル企業が特許をしっかりと固めており、思うような開発ができなかったのです。そのとき『特許ってすごい、おもしろい』と興味を持つようになりました」(加島氏)

 加島氏は学生の頃には特許制度や弁理士についてはあまり知識がなく、エンジニアとして働く中で知ったという。当時所属していた部門ではエンジニアは新しいアイデアがあれば特許出願を検討するという制度があり、外部の弁理士と話をする機会が幾度もあったそうだ。そうした機会を通じて、「特許はこうして取るものなんだと知りました。また、私がまだ駆け出しのエンジニアで技術のことをうまく説明できなかったにもかかわらず、弁理士の先生がきっちりと文章にまとめてくださったのを見て、『かっこいい仕事だ』と思ったのもきっかけのひとつでした」と加島氏は振り返る。

 加島氏は2002年からに大井特許事務所に勤務し、2004年に弁理士登録。その後、マクスウェル国際特許事務所の共同経営などを経て、2021年に日本橋知的財産総合事務所を開設した。前職では海外案件も担当し、国内外の知財実務を幅広く学べたことが今のスタートアップ支援にも生かされているという。

特許調査から知財上の競合を可視化。先を見据えた対策を重視

 日本橋知的財産総合事務所は、スタートアップ支援において先を見据えた知財活動に力を入れているという。

「スポットでの相談も受けますが、最初のご依頼時に継続的な支援が必要であると思った場合は顧問契約をお勧めしています。何かあってから対応するのではなく、毎月の定例ミーティングでのコミュニケーションの中から問題となる前兆を見つけ、その手当てを提案します。スタートアップとより近い関係でお付き合いすることで、きめ細かいサービスを提供することを目指しています。旧来、特許事務所の役割は企業からの特許出願依頼があって初めて明細書を書くというスタイルが多かったと思いますが、これからの時代は、より積極的にこちらから顧客企業に入り込んでいくことが求められるのではないでしょうか」(加島氏)

 問題が起きる前兆は、どのように見つけているのだろうか。

「スタートアップが新規事業を考えている段階では、そのビジネスにどのような競合がいるのかを議論します。ただ競合といっても、“事業上の競合”と“知財上の競合”の2種類あります。事業上の競合はわかりやすく見えやすいのですが、知財上の競合はビジネスとしてまだ表に出ていなくても、その分野で特許出願を重ねていれば将来的に大きな脅威になる可能性があり、対処しておく必要があります」

 特許調査をすることで、スタートアップが認識していなかった知財上の競合を可視化できる。月に一度の定例ミーティングでは、他社の公開広報などから知財活動をウォッチングしながら、特許戦略を立てていくそうだ。

「特許情報は宝の山です。定例のミーティングでは、それをどう活用するかを提案します。ライバル企業の特許公報を見て、良さそうなアイデアがあれば権利に抵触しない範囲で自社サービスに取り入れたり、改良した特許出願を提案したりすることもあります」

 こうしたスタートアップ援をするために、加島氏が大事にしているのは顧客企業のビジネスについての理解だという。

「スタートアップを支援する際、どのようなビジネスをしたいのかをヒアリングするところから始まります。それを受けて、どのように権利を取っていくのかをこちらから提案することが要求されます。

 例えば、スタートアップの場合、プレスリリースを出して自社サービスを世の中に知ってもらってから資金調達をするケースが多いです。しかし、プレスリリースの内容は公知のものとなってしまうので、特許などを出願するならその前にしておく必要があります。次に、審査請求のタイミングも重要です。大企業であれば審査請求の3年の期間ぎりぎりで判断しますが、スタートアップでは早期に権利化して投資家などへアピールしたいケースもあるでしょう。とはいえ、『スーパー早期審査制度』を使って非常に短期間で特許権を取得できますが、特許公報が世の中に公開されてしまうので早すぎると競合に手の内を明かすことになってしまうかもしれない。早く権利化すべきか、競合の動きが出るまで審査請求を待つか、の見極めは経営に関わることなので、経営者としっかり対話をして判断してもらいます」

 こうした経営者との対話の中から、発明を抽出することもあるという。

「ふわっとしたアイデアや願望であっても、うまくクレームに落とし込めば広い権利を取ることもできます。新規の課題から解決方法をディスカッションして、容易に考え出せないような方法で同じ課題を解決できるのであれば、それも特許明細に盛り込んだり、権利化のポイントとして挙げたりして、より広い権利を取れるように意識しています」

 社内に知財部があるような中堅企業や大企業の特許出願案件では最初の打ち合わせを行った後に特許明細書の作成まで完了させることができるが、スタートアップの場合は特許出願までに3回の打ち合わせを行っているそうだ。

「1回目はサービスの内容を聞き、ヒアリングした内容から新規性があるかどうかといった特許調査を行います。2回目は特許調査の結果から、どのような特許が取れるのかを議論し、先行技術があって狭い範囲の権利しか取れない場合にはほかの方法などを提案します。方向性が決まれば明細書を作成し、3回目の打ち合わせで明細書を確認してもらい、特許出願となります」

知財情報をYouTubeで4年間毎週ライブ配信。知財の百科事典を目指す

 加島氏は弁理士法人IPXの押谷昌宗氏とYouTubeチャンエル「知財実務オンライン」を運営し、毎週木曜日にライブ配信を行っている。今回のIP BASE AWARDでは、こうした情報発信活動を通じた知財エコシステム形成に貢献している点も評価された。

「2020年に経済産業調査会の主催で改正意匠法に関するセミナーを準備していたのですが、コロナ禍の緊急事態宣言でセミナーが無期限停止になってしまいました。そこでYouTubeで無料セミナーを開いたのが始まりです。全5回のセミナーに毎回30人ほどが参加してくださり、せっかくなので続けてみようと。最初は1、2カ月続けばいいと思っていたのが、おかげさまで2024年6月に4周年を迎えました」(加島氏)

「知財実務オンライン」では、加島氏、押谷氏とゲストがディスカッション形式で知財の活用方法などを解説する。ゲストには、弁理士や弁護士などの専門家のほか、大学や企業の関係者など、さまざまな立場の人々が登場し、同じテーマでも異なる視点から議論が繰り広げられる。また、スタートアップをテーマにした企画もあり、番組を通じて知財のコミュニティが広がっている。

 視聴者の半分は企業の知財部員、3分の1は弁理士や弁護士、そのほか大学の先生や学生も視聴し、「(番組を見て)知財に興味を持った」、「知財専門家の多様な働き方を知った」という声もあるとのこと。

「目指すのは、知財の百科事典。知財に関するあらゆるテーマを扱っていますので、ほぼ網羅できていると自負しています」と加島氏は言う。

スタートアップ支援には、ビジネスへの理解力と説明力が重要

 最後に、スタートアップ支援の醍醐味、これからの専門家に求められる働き方について考えを伺った。

「スタートアップにとって最初に出願した特許は会社の代名詞にもなるので、1件の重みがとても大きい。新しくローンチしたサービスが自分の担当した特許に基づいていると、専門家としてやりがいを感じます。スタートアップのスピード感に合わせて、迅速に行動することを事務所のモットーにしています。

 創業初期のスタートアップには、経営者に知財とは何かを一からかみ砕いて説明します。知財制度を知らない相手に対して、知財の原理原則から説明して知財の知識を付けてもらわなければならないので非常に大変ですが、もっとも大切でやりがいのある部分だと感じています。

 スタートアップ支援で必要なのは、発明に関することだけではなく、ヒアリングを通じて彼らが行おうとしているビジネスそのものを理解すること。収益構造、展開目標、あるいはピボットする場合にはどのような方向に行きたいのかなど相手の考えを理解したうえで、どのように知財を手当てするべきかを提案しなくてはいけない。それを相手に伝えるための説明力も、弁理士には求められる大事なポイントです。

 最近はChatGPTなどの生成AIが登場し、近い将来は特許実務の中間処理や明細書の作成の大部分はAIが担えるようになるでしょう。しかし、経営者とのコミュニケーションは生成AIではできません。専門家の役割はコンサルティングに比重が増してくると予想しています」(加島氏)

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