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人材投資を提起する日本生産性本部「第6回生産性シンポジウム」レポート

日本の生産性が低い要因は「付加価値創出力」と「人材育成力」

2024年05月28日 08時00分更新

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp

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 日本生産性本部は、2024年3月27日、「第6回生産性シンポジウム」を開催した。同シンポジウムは、生産性をキーワードに問題提起、世論喚起を行うことを目的に開催されており、第6回は「人材投資と生産性」をテーマにパネルディスカッションが展開された。

 今回は、日本の生産性向上に何が必要かを探るべく、生産性の原動力などを国際比較した調査研究を下敷きに、“人材投資”の現状や課題について論じることが主旨となっている。

第6回生産性シンポジウムがオンラインで開催された

日本の生産性が低いのは、教育・投資を「付加価値創出」につなげられず、人材育成力が足りないため

 まず前段として生産性総合研究センターの上席研究員である木内康裕氏より、「生産性評価要因から見た日本の現状」の調査研究が披露された。

生産性総合研究センター 上席研究員 木内康裕氏

 「日本の生産性は主要先進国でも非常に低いとされるが、生産性は基本的に付加価値をベースに測られてきた。付加価値はつまりGDP(国内総生産)となるが、この付加価値の測り方には限界があるとも指摘されている」と木内氏。

 日本生産性本部が2023年12月に公表した、OECD(経済協力開発機構)のGDPデータをベースとした「労働生産性の国際比較 2023」では、2022年における、日本の時間あたりの労働生産性は52.3ドルで、OECD加盟38か国中“30位”、日本の一人あたりの労働生産性は8万5329ドルと、OECD加盟38か国中“31位”という結果となっている。

 そこで、新たに生産性の評価要因として、労働生産性の原動力となる要因および、それを間接的に支える基盤の豊かさを定量化。具体的には、生産性向上の主要な原動力として「IT・デジタル化」、「教育・人材」、「イノベーション」、支える基盤として「環境」、「所得分配」、「サプライチェーン」の各項目を評価し、国際比較をしている。OECDや世界銀行など、約53個の統計データをベースに、OECD加盟38か国を含む46か国を対象とした。

同調査研究における生産性評価モデル(日本生産性本部の生産性評価要因の国際比較レポートより)

 この生産評価モデルで日本の現状をみてみると、生産性の原動力であるIT・デジタル化、イノベーションは、OECD加盟国の平均と差は少なく、教育・人材にいたっては大きく上回った。基盤となる環境、所得分配もOECD平均と差は少なく、サプライチェーンも高水準。

 「この結果だけみると、日本の生産性が低い理由がわからない。ただ、深掘りしていくと、IT・デジタル化、教育・人材、イノベーションの各サブカテゴリとして設けた“付加価値を創出するための力”が、著しく低い。インフラの整備などには積極的だが、そうして積み上げたものが付加価値創出につながっておらず、それが生産性の低さの理由」と木内氏。付加価値創出力は、IT・デジタル化では27か国中21位、教育・人材では、41か国中31位、イノベーションでは25か国中24位となった。

日本の生産性の評価要因および各構成要素(日本生産性本部の生産性評価要因の国際比較サマリーより)

 日本とアメリカ、ドイツに絞って比べると、アメリカは、環境は大きく下回り、所得の分配もOECD平均並みではあるが、生産性の原動力であるIT・デジタル化、教育・人材、イノベーションがそれぞれOECD平均を大きく上回り、「だからこそ生産性が高い」と木内氏。ドイツに至っては、6要因全てが平均を大きく上回った。

 一方の日本は、教育・人材ではアメリカ、ドイツに勝っているものの、IT・デジタル化やイノベーションで差をつけられている。「日本の教育・人材の数字がなぜ高いかというと、PISAやPIAACといった学力のデータが主要国の中でもトップレベルであるため。学力が問題解決や、付加価値の創出につながるかというと、必ずしもそうではない」と木内氏。

 日本は、人的資本投資額や女性管理職比率、国外の留学生比率などの項目も順位が低く、「人材投資、人材育成」のサブカテゴリでは46か国中38位。「教育を成果に結びつける、人材を育成する力が日本の課題だとデータでも見てとれる」と強調した。

ICT投資や研究開発を活用するための人材が不足する日本

 ここからは、調査研究で日本の課題に挙がった「人材育成」について、経済学や経営学、企業の各視点から日本の現状や取り組みが語られた。まずは、学習院大学の経済学部経済学科教授である滝澤美帆氏の経済学からの視点だ。

学習院大学 経済学部経済学科教授 滝澤美帆氏

 人材育成、いわゆる人的資本投資は、経済学の中では無形資産として定義され、情報化資産・革新的資産・経済的競争能力の3つの分類のうち、経済競争能力に含まれる。

 先進国(日本・アメリカ・イギリス・イタリア・ドイツ・フランス)における、GDPに対する無形資産投資比率を比較してみると、日本はここ数年、中位置よりやや下で横ばい。内訳をみると、情報化資産であるソフトウェア・データベース投資や、革新的資産である研究開発投資の比率は、他国と遜色ないものの、人的資本投資の比率は最も低く、さらに近年減少している。

 滝澤氏は、日本の生産性が向上しない理由として「無形資産投資のバランスの悪さ」を挙げ、「ICT投資や研究開発投資には相応に取り組んできたが、これらの投資を有効活用できず、使いこなせるよう訓練された人材がいない」と推測する。

無形資産投資の分類

先進国における無形資産投資のGDPに対する比率

 このように、日本の人的資本投資が進んでいない原因は、90年代後半の金融危機以降で“非正規化”が進んだことだという。「アメリカのように労働市場全体が流動化するのではなく、従来の日本型雇用を踏襲しながら、キャリア上昇が限られる非正規雇用を増やしていったことが、人材育成が進まなかった原因のひとつ」と滝澤氏。

 滝澤氏らが独自に推計した人的資本投資額を基に、IT投資との伸び率を並べてみても、他国では両投資の伸びに相関関係がみられるのに対して、日本は人的資本投資だけがマイナスとなり、やはり無形資産投資のバランスの悪さがみてとれるという。

ICT投資と人的資本投資の伸び率の国際比較

 人的資本投資は、生産性向上に寄与することが各研究で裏付けされており、滝澤氏も上場企業を中心に実施した調査にて、人的資本投資と生産性は正で相関するという結果が得られているという。

 滝澤氏は、「教育や訓練は、効果の発現までに時間を要するが、“投資”として捉える必要がある。労働市場が流動化してきている中で、自前での投資を控える企業も出てくるかもしれないが、人的資本投資は魅力的な企業としてのアピールにもなる」と語った。

 そして、「人材の価値を引き出す人的資本経営に成功している企業は、経営層が、人的資本投資への理解が高いという共通点がある。日本の99.7%を占める中小企業の経営層の意識を変えることが、人的資本投資の増加につながるのではないか」と付け加えた。

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