国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)による若手ディープテック研究者を支援するプロジェクト「覚醒プロジェクト」が、2024年度の研究実施者を募集している。学士取得から15年以内の若手研究者を対象に独創的な研究開発テーマを募集し、採択された研究者には300万円の支援や産総研の最先端設備、プロジェクトマネージャー(PM)による伴走などが提供される。応募は5月7日まで、同プロジェクトの公式サイトで受付中だ。
新設の「材料・化学」分野でPMを務める東京大学工学部准教授の長藤圭介氏に、昨今の材料分野のトレンドや応募者への期待を聞いた。
東京大学工学部 准教授
長藤圭介氏
2009年東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻にて博士課程修了、機械工学専攻助教着任。2012年講師、2016年より現職。その間、カールスルーエ工科大学客員研究員、JSTさきがけ研究員を兼任。2019年より人工物工学研究センター兼任。
ナノインプリントを用いた表面機能創成、プロセスインフォマティクスを用いた材料・構造の機能の最適化に従事。特に燃料電池触媒層、積層造形における粉体プロセスの自律探索とモデリングを用いた、革新的なプロセスの開発とその方法論を目指す。JST未来社会創造事業,NEDO事業の研究代表者・推進を手掛ける。2023年「AIロボット駆動科学」イニシアティブ発起人の一人。
AI・ロボットの活用で日本の競争力を取り戻す
——長藤先生がご専門の材料プロセス分野の最近のトレンドとその課題について教えてください。
長藤 燃料電池の電極などに使われる材料の製法(プロセス)を、AI・ロボット技術などを用いて効率化する「プロセスインフォマティクス」の研究を進めています。材料開発とプロセスは日本が世界的に強い産業分野ですが、これまではそれぞれ別々に研究が進んでいました。それが、ここ数年のDX(デジタル・トランスフォーメーション)やAIブームの流れもあって両分野が密接に関わるようになり、分野横断型の研究が推進されるように流れが変わってきています。
実は、この分野横断型の流れは欧米では以前から進んでいて、日本は少し後れを取っている状況です。日本は材料もプロセスも個々の分野では強く、それぞれ研究の深みもあります。それを横に繋ぐことによって、さらに強い産業分野が作られるのではないかと考えています。
——世界的なトレンドから遅れていることに危機感があるわけですね。
長藤 私が研究している燃料電池を例にすると、日本ではトヨタやホンダが燃料電池車をすでに製品化し、パナソニックや東芝が製造する家庭用燃料電池「エネファーム」も販売されています。学術界での研究の蓄積と、それを実際に製品化する産業界の努力によって、完成度の高い燃料電池を製造できる国として、日本は世界最先端にいるわけです。
その一方で、新興国が豊富な資金力を元に強力に研究開発を進めている様子を見ると、そのうち追い越されてしまうのでは、という危惧があります。そこで、材料とプロセスの分野横断、AI・ロボットの力を借りたプロセスインフォマティクスを進める必要があると考えています。
——具体的には、AIやロボットをどのように活用するのでしょうか。
長藤 例えば燃料電池で言えば、電極の微細構造をうまく作れなければよい発電はできません。温度や時間などプロセスの組み合わせによって最適化するわけです。これは学術界でも産業界でも言えることですが、メカニズムが完全に分からなかっとしても、従来は勘・コツ・経験によってうまく形にしてきた。根気がいる作業ですから、日本人が得意とするところでもあります。ところがこうした強みは大量のトライアンドエラーによって、ある面では補うこともできます。となると、海外勢とのパワーゲームに負けてしまうかもしれない。
そこでAIやロボットを積極的に活用していく。ただし、人間を単純に置き換えるのではなく、「相棒」として使っていくことが重要だと考えています。私はよく「鬼に金棒」と言っていますが、日本の強みである勘・コツ・経験にプラスしてAIを使うことを提案しています。実際に使ってみると分かりますが、AIは「良きに計らえ」ではまったく仕事をしてくれないんですね。この範囲の中で、こういうやり方で最適化してほしい、といった具体的な指示がないと使いこなすのは難しい。人間ができていることに、AI・ロボットができることを組み合わせていく。それが、プロセスにおける日本流のAI・ロボットの活用法になるのではないかと考えています。
従来の延長線上ではなく、自分の原体験を生かした提案を
——今回の「覚醒」プロジェクトの応募者に先生が期待するのも、そうしたAI・ロボットを活用した研究でしょうか。
長藤 そうですね。AIやロボットをうまく活用するような研究提案にはとても期待しています。一方で、AIやロボットを活用する手前の部分、プロセスに関するメカニズムの解明も非常に重要ですので、それをもっと深めるような提案にも期待したいと思います。ただし、やはり「覚醒」ですから、従来の研究の延長線上ではなく、「その手があったか!」と思えるような発見につながるものだと望ましいですね。
覚醒プロジェクトは、異なる分野の人たちが交わって、新たなひらめきを得るプログラムでもあると私は理解しています。材料やプロセスはディープテックと言われる分野ですが、私は「ロングテック」と呼ぶべきではないかと思うほど、時間がどうしても必要です。そういう意味では、「覚醒」の研究実施期間は9カ月間と短いので、将来の伸びしろを期待させる成果が得られればいいと考えています。「覚醒」をきっかけに、将来大きく花開く予感が見えるような成果も見てみたいですね。
——プロジェクトマネージャー(PM)としてどのような支援をしたいと考えておられますか。
長藤 答えを与えるティーチングではなく、採択者の方の思いや強みを生かす、コーチングの位置づけで支援したいと考えています。自分の専門分野に絞った視野の狭いガイドではなく、みなさんが自身で切り開いていく道を一緒に考えられるようなマネジメントを心がけるつもりです。
研究期間中には、具体的な手法で行き詰まることもあると思います。そうした場合は、産総研をはじめ、外部のネットワーク、学術界・産業界を問わず必要な情報を持つ組織や専門家とも積極的につないでいくつもりです。加えて、採択者同士のつながりも強くしていきたいですね。1つの事象をさまざまな視点で見ることで得られる気づきがありますから、交流は大切にしたいと考えています。
また、「覚醒」の採択者には300万円の資金支援がありますが、研究費を直接もらう経験がない大学院生の場合は、金銭感覚が身についていないはずです。どのようにお金を使えばいいのか、アドバイスできると思います。将来自分でプロジェクトチームを組むときに、成果を生み出すにはどのくらいの期間と予算が必要になるのか。そういった感覚も身につけてほしいと思います。
——最後に、今回応募される方へ、メッセージをお願いします。
長藤 いまの時代は、さまざまな情報があふれている中で、みなさんは仕事でもプライベートでもいろいろな疑似体験をされていると思いますが、だからこそ自分だけの「原体験」を大切にしてほしいと考えています。荒削りでもいいので、自分はこんな体験をしてきた、将来はこうしたい、自分だけの強みがあるということを強く主張してほしいです。それをカタチにする過程は、一緒に考えていきましょう。
覚醒プロジェクトが解決を目指す「社会課題」とは多岐にわたりますが、世の中で言われているような課題を安易に拾ってくるのではなく、自分の中で具体的に「こうすべきなんだ」という思いがあれば、大きな力になると思います。
覚醒プロジェクト募集概要
応募締切:2024年5⽉7⽇(火)12:00
応募対象:
大学院生、社会人(大学や研究機関、企業等に所属していること)
※2024年4月1日時点で、学士取得後15年以内であること。
対象領域:
・AI
・生命工学
・材料・化学
・量子
研究実施期間:
2024年7月1日(月)〜2025年3月31日(金) ※9カ月間
支援内容:
・1研究テーマあたり300万円の事業費(給与+研究費)を支援
・AI橋渡しクラウド(AI Bridging Cloud Infrastructure, ABCI)やマテリアル・プロセスイノベーション プラットフォーム(Materials Process Innovation, MPIプラットフォーム)などの産総研保有の最先端研究施設を無償利用
・トップレベルの研究者であるプロジェクトマネージャー(PM)による指導・助言
・事業終了後もPMや参加者による情報交換の場(アラムナイネットワーク)への参加
応募・詳細:
覚醒プロジェクト公式サイト
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