ベータマックスからPS5まで! ソニー製品栄枯盛衰物語 第32回
ソニーの「MDウォークマン」はメモリーオーディオの普及に太刀打ちできず20年の歴史に幕を下ろした
2024年02月05日 12時00分更新
◆MDのコンパクトさは持ち運びに最適だった
アナログからデジタルへの過渡期として、早送りも巻き戻しも待たなくて良い、ふっても音飛びしにくい、小さくて持ち運びしやすくてカートリッジに入っているから扱いやすい「MD(ミニディスク)」のオーディオライフはとても楽しいものでした。
そんなMDウォークマン1号機発売から10周年となった2002年には、世界最小・最軽量をうたう本体厚9.9mm、重さ55gのマグネシウムボディーに包まれた、超スタイリッシュな再生専用MDウォークマン「MZ-E10」が発売されました。
華々しく10周年を迎えたように見えて、実はすでにこのとき、新たな潮流としてフラッシュメモリーを採用したオーディオプレーヤーが世の中に出始めた頃でした。とは言っても、当時の世界市場の累計出荷数はMD対応機器約5600万台、メディア約10億枚を達成しており、ポータブルオーディオ市場を牽引していたMDの勢いを弱めるわけにはいきません。
従来のMDを進化させるべく、まず最初に着手したのは録音・再生時間の改良です。もともと小さな光ディスクをプラスチックのカートリッジの中に収納してできたMD。収録できる録音時間は、74分(のちに80分)でした。これでは1枚のCDアルバムしか入りません。いや、メディアをとっかえひっかえすれば良かった時代から、複数持ち運ぶのは面倒に思う時代に変わってきたのでしょう。
その弱点を補うために、2000年に「MDLP(MiniDisc Long-Play)」という新しい規格を導入しました。これは、同じMDメディアはそのままに、今までの音声圧縮方式「ATRAC」の約2倍のデータ圧縮効率を持つ「ATRAC3」で記録することで、さらなる長時間の録音ができるというもの。80分のMDであれば、LP4モードで最大約320分の録音ができるようになりました。長時間録音ができるようになりつつも、トラック制限で録音できる時間があるはずなのに録音できなかったり、大量の曲のすべてに曲名がつけられないという弊害もありました。
◆手に入やすさとコストの低さを武器に孤軍奮闘
2001年になると、さらに利便性をあげるために、著作権を保護してパソコンから音楽データを高速転送できる「Net MD」規格を導入し、PCとの親和性を高めるなどして、時代に合わせた進化をしていきます。
CDから直接MDに録音するという苦行の録音作業から一転、CDや音楽配信サービスをパソコンのHDDに保存して、そこから音楽データをMDに高速転送が可能になりました。またパソコンを使うことのメリットとして、曲名やアーティスト名をキーボードで効率よく入力できたり、登録する文字にはひらがなや漢字を入力できるようになって、一挙にタイトルの見栄えがよくなったのです。
新モデルを投入する際には、Net MDウォークマン「MZ-N1」、MDデスクトップオーディオシステム「LAM-Z1」、コンパクトコンポーネントシステム「CMT-C7NT」、ミニディスクデッキ「MDS-NT1」と、一挙に複数のモデルを同時に投入するなどして、包囲網を形成。当時はかなり高価で、かつストレージ容量の少なかったフラッシュメモリータイプのポータブルオーディオプレーヤーに対して、MDは圧倒的にコストが低くて手に入れやすいその一点で対抗する姿勢をみせていました。
2004年にもなると、いよいよ音楽配信などのオンラインサービスの普及や、大容量データを扱えるHDDタイプのオーディオプレーヤーも浸透してきました。MDは苦境に立たされるわけです。
そもそもソニー自身も、メモリータイプとHDDタイプのネットワークウォークマンを展開して、そちらにシフトしているのは明らかで、MDもそろそろ過去の遺物と化してしまうのかと思ってもまだ粘ります。
そしてこの年、1枚のディスクで長時間の音楽を記録できる「Hi-MD」規格を投入します。記録用Hi-MDディスクの記録容量はなんと1GBで、今までのMDは177MBしかなかったことからすればとんでもない大容量データです。こうなると圧縮音源にとどまることはなく、音声圧縮のないリニアPCM方式に対応して、本格的な高音質録音・再生が可能になりました。オマケに、FATシステムに対応したおかげで、PCにUSB接続して外部ストレージにもなり、PCにあるデータも記録できるという汎用っぷり。音楽データに限らず、画像やテキストファイルを入れて持ち歩くということもできますよ、と。
残念ながら記憶する限りでは、汎用的に使えたとしても求めているのはオーディオプレーヤーとしての便利さや音質の追求であってそこはまったく響かず。当時、中島美嘉さんを起用してCM展開していたこともあって、大ファンだった筆者個人としては推すしかないと思っていたはずなのに、プロダクツとしてはイマイチしっくりとこないというか、使っていても所有欲があまり満たされなかったのが正直なところでした。
デジタル化されて便利になるぞと思わせておいて、音楽データの作成・管理・再生に著作権を保護することを優先したがために、やたらと使い勝手の悪かった「ATRAC3」と、PCソフト「OpenMG Jukebox」。徐々にその主役の座を明け渡し、なりふり構っていられなくなったのか、「ATRAC3」からさらに圧縮率を高めた発展型の高音質音声圧縮技術「ATRAC3plus」という独自の方向性だけでは難しいと判断して、ついに世界のスタンダードとなっていた「MP3」の対応に踏み切ります。
ながらく固執してきたフォーマット争いの結末に、やっとか……という言葉しか出てきませんでした。
◆MP3に対応するもMDでは太刀打ちできず終了
MDの終焉が近づいてきた2005年には、130万画素のCMOSカメラを搭載したデジカメを内蔵したHi-MDウォークマン「MZ-DH10P」というトリッキーなモデルも登場。オーディオプレーヤーにカメラはいらないでしょ! と、ツッコミたくもなりましたが、音楽を再生しながら写真をスライドショーで流したりすることができたり、カメラで撮影して自分だけのアルバムジャケット画像として登録するという使い方もできました。ユーザーが求めているのは、そこじゃないんですけどね。
MDウォークマンの最後のモデルになったのは、2006年に発売したリニアPCMでの録音対応、有機ELディスプレーを備えたHi-MDウォークマン「MZ-RH1」。もはやフラッシュメモリーの爆発的普及の前には太刀打ちできず、2011年に「MZ-RH1」販売終了とともに、MDウォークマンの約20年の歴史に幕が下ろされることになりました。
青春を謳歌したオーディオライフは、媒体がカセットからCD、MDへと移り変わり、その後はフラッシュメモリー、ネットワークへと変化させながらも今なお続いています。ですが、あの頃に体験したMDとのポータブルオーディオライフは、心躍る楽しい思い出ばかりです。
筆者紹介───君国泰将
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