「悟空のきもち」金田淳美さん/経営者になる夢のため会計士を辞め、退路を絶った

文●竹林和奈 撮影●伊藤武志

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 人生100年時代といわれる昨今、自分らしい働き方や暮らし方を模索する女性たちが増えている。そんな女性たちに役立つ情報を発信するムック『brand new ME! ブランニューミー 40代・50代から選ぶ新しい生き方BOOK vol.1』(KADOKAWA刊)から抜粋してお届けするインタビューシリーズ。今回は、頭ほぐし専門の人気店「悟空のきもち」を創業した金田淳美さんにお話を伺った。

子どもの頃から経営者になりたかったという金田さん。大学在学中に公認会計士を目指し、試験に合格。監査法人に就職するも1年10カ月で退職して起業した。

会計士時代に着想を得た“頭の疲れと眠り”をケアするサービス

「子どもの頃から経営者になりたかったんですが、業種は決めてなかったんです。とりあえず経営の勉強にもなるからと大学在学中に公認会計士を目指し、試験に合格しました。当時の会計士試験は合格後に2年間の実務経験が必要だったので、そのために監査法人に就職したわけですが、働いているとそれなりに野心も芽生えてきちゃうんですよね。このまま実務経験を終えてしまうと、もう会計士としての道が完成してしまう。そうなったら、心が鈍ってしまうだろうと思ったんです。元々の夢を諦めたくなくて、1年10カ月で退職し、会計士の道を断つことで自分を奮い立たせた感じです」

起業するにあたり、「自分にしかできないことはなんだろう」と考えた金田さん。監査法人時代に探しても見つからなかった“頭の疲れと眠り”に関するお店を開こうと思い立ったという。

「会計士の仕事の大変さに加えてパソコンスキルがなかったのが致命的でした。パソコンを覚えながら、実務も習得しなければならず、頭がパンクしてしまったんでしょうね。就業中なのに気づいたらトイレで寝てしまったり、クライアントとお話ししている最中にうとうとしてしまったり……そのくらい極限状態でした。お昼休みにマッサージ店に駆け込んでみても効果を感じられなかったんです。私は首や肩の凝りはあまり感じないタイプなのですが、頭が重かったり、強烈な眠気に襲われたりするのをなんとかしたいのに、どこに行ったらいいのかわからなかった。起業するにあたって、もう一度頭の疲れと眠りに関するお店を日本だけでなく、海外まで探し回ったんですが、結局見つからなくて、自分でやるしかないと思い立ちました」

開業までの準備期間はたったの10カ月。頭の疲れをケアする分野は世の中にほとんどなく、美容院のヘッドスパはあっても、頭のほぐしは見つからない。頭のマッサージを教えられる専門家すら見つからなかった。

「教えてくれる人が誰もいないので、医学的な見地、解剖学的な見地などいろんな人から聞いた話を自分でまとめて施術の土台を作りました。あとは、もうお客様に試してもらうしかなくて。店をスタートするまでは短く感じましたが、開店してからはデータを集めて、研究をして、理想の形にするまで多くの時間がかかりました。セラピストによっても効果に違いが出るので、研究を重ねて、データを蓄積して、また新しいスタイルにたどり着くというのを繰り返していました。ある程度の理想に近い形になったのは5年ほど経ってから。そのメソッドを『絶頂睡眠』というサービスとして提供しました」

頭ほぐしで得られる気持ち良さをとことん追求した「絶頂睡眠」。金田さんが監査法人時代に探していた“頭の疲れを取って気持ち良く眠りたい”という要望を叶えるものだ。理想の形にたどり着くまでは方針がぶれてしまったこともあるのだそう。

「“お客様のニーズに応える”を重要視するあまり、今では考えられないですが、頭専門なのに腰が痛いと言われて揉んであげたことも。でも、お客様の希望をよくよく聞いてみると、リラクゼーションに来る方は“気持ち良さ”を求めていることがわかったんです。それまでは効果効能を求められていると勘違いしていたんですが、確かに治療を望んでいるなら病院に行きますよね。『絶頂睡眠』のメソッドに行き着いてからはブレなくなりました」

ドライヘッドスパなら誰でも小さなリスクで開業できる

「悟空のきもち」は無借金経営だ。これからもそのスタイルを崩すつもりはないそうで、それには“究極のビビり”だと話す金田さんの性格が大きく影響しているという。

「初めて起業したときは、銀行から借金をしていて、心配性でビビりだった私は本当に気が気じゃなくて1日も早く返済したいと思って、2〜3年で完済しました。その後は無借金なので、フランチャイズのお話とか、銀行から融資のお話とかたくさん来ますけど、お断りしています。私は、新しいことにチャレンジするとき、考え得るリスクをたくさんイメージして、対応策も考えます。その辺りは普通の人よりも相当やり込みますね。ビビりな性格ですが、もうその性格は変えられないので今はむしろ開き直って“最高のビビり”になろうと思っています(笑)。その結果、リスクの大きい選択肢は自動的に排除することに。もちろん、選んだものでも少しのリスクは残りますが、自分の中で“このくらいのリスクなら許容範囲だ”と思えたら、そこからは強気です。リスクゼロで行こうとは思いません。これまでもリスクが許容できるレベルかどうかを見極めて進んできた感じです。だから、経営面で困難に陥ったことはないかもしれません。他の方が困難だと思うその状況は、私にとっては想定内なので、慌てることもないです。むしろ想定内で良かったっていつも思ってます」

「リスクを取らないと、リターンが返ってこないというのは好きじゃない」と語り、小さなリスクでもちゃんと結果を残していけることを、無借金経営で証明してきた金田さん。

「大きなリスクを取ると、日々不安で精神的に追い込まれてしまうこともありますよね。でも、手に負える範囲のリスクでもちゃんとリターンが出やすい仕組みが今の時代は出来上がっていると思います。情報取得も情報発信もSNSを使って無料でできます。ドライヘッドスパは薬品も使わないし、国家資格を取る必要もないので準備資金が少なく、小さなリスクでスタートできます。個人で始めるにはおすすめで、開業を応援しているんですよ。『悟空のきもち』は経営方針として“人気軸”を大切にしているので、簡単に店舗拡大はできません。でも、自分も昔、辛い時にすぐにケアしてほしいと思っていましたから、他にもそういうお店がどんどんできてほしいと思っていて、起業後早い段階から『ドライヘッドスパ協会』を立ち上げて、スクール事業を展開し、開業支援もずっと無料で続けています」

今は実店舗のみで、あえてオフィスを設けていない。業務内容は多岐に渡り、店舗の運営のほか、独自に設立したヘッドマイスター養成講座で講座を受け持っている。

ニューヨーク出店時は英語が話せず、もどかしく感じたことも多かったので、40歳になってからこれからの挑戦に向けて、英語や身体のトレーニングもスタート。昔はできるわけないと諦めていたことを、最近になって次々と始めている。

「昔は精神的に弱かったんだと思います。元々のビビりな性格に加えて、“私なんて”という気持ちがあった。今、少しだけ自信がついたのかも。技術の世界って、突き詰めて極めると自分の体と向き合うことにつながって、結果的に体もマインドも変わってくる。そうなると、もうなんでもできるんじゃないかって気持ちになってくるんですよね。元々、経営者になりたかっただけで、セラピストになりたかったわけじゃないけれど、今はこんなに面白い仕事はないなと感じています。だから、スキンケアも、語学も、スポーツも、仕事も何歳から始めたって、効果はあるし、自分自身だって変われると思うので、何か始めたいなと思ったら、チャレンジを諦めないでほしいですね」

徹底的に無駄を省いて続けるチャレンジは、15年先への種まき

これまでの経営でも「店舗以外の事務所は持たない」「役職をなくす」など、無駄だと思えるものは省いてきた金田さん。最近は、自身の時間の使い方も無駄をなくす方向にシフトしたという。

「私、癒しや推しがいないんです。よくよく考えてみたら、何よりも仕事が好き。英語もトレーニングも全て仕事につながるものですし、仕事が生き甲斐なんだなって気づいたんです。昔は恋愛体質で、そちらにエネルギーを使っていた時代もあったんですよ(笑)。私の場合は恋愛に振り回されて疲弊してしまっていたので、省いたらだいぶ楽に生きられるようになりました。今、これまでで一番多くの仕事を抱えていて、本当に時間が貴重だから、できるだけ無駄な時間をなくすことにしたんです。目的なくYouTubeを見ない、しょうもない飲み会には行かない、自分の心を邪魔するような記事は見ないとかスマホの待受画面に 『やっちゃダメなことリスト』を載せておくと、手にするたびにダメって書かれているのを目にするので、段々とやらなくても平気になりました」

頭専門だった「悟空のきもち」は、新事業としてボディに特化したSPAをオープン。冷凍室からの解放による気持ち良さで幸福感を味わってもらう仕組みだ。また、初めて他社と協力して海外進出を計画したり、「AI社長」の開発に取り組んだりしているが、金田さんはこれらの取り組みは全て「これからの15年のための種まき」だと語る。

「何もないところからスタートした『悟空のきもち』も15年でここまで大きくなりました。この先、今の状態を維持するだけなら、自分は成長してないなって思ってしまいそう。ここからの10年はゼロスタートじゃないからこそ、もっと大きなことにチャレンジしたいですね。一度撤退した海外事業も再度、外国企業と手を組んで取り組んでみようかと思っています。AI社長もそうですが、ありとあらゆる可能性を広げて、種をまいている時期かなと思っています。次の15年までに、いろいろ挑戦するのがこれからの10年だと思っています。どんな花が咲くのかは15年後のお楽しみですね」

インタビュー中も金田さんの発言はアプリに集約され、「AI社長」の開発に役立てるのだそう。「いずれは、社員からの質問や取材に『AI社長』が答えてくれる日が来るかも」と茶目っ気たっぷりに語った。

Profile:金田淳美

かねだ・あつみ/「悟空のきもち」代表、株式会社ゴールデンフィールド社長。1983年、滋賀県生まれ。2005年に会計士として大手監査法人に入社。その後退職し、2008 年に日本初の頭ほぐし専門店「悟空のきもち」を京都にオープン。 京都・大阪・東京に計5店舗、「Goku SPA」2店舗を展開。 2011年には一般財団法人ドライヘッドスパ協会を設立。ヘッドマイスターの技術を教えるスクールを開校し、自身も講師を務める。

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