クリエーターを守るために知財を重視。ファンも巻き込み、多様な創り手が活躍する場を世界に広げる
【「第4回IP BASE AWARD」スタートアップ部門奨励賞】カバー株式会社 代表取締役社長CEO 谷郷 元昭氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
カバー株式会社は、バーチャルYouTuber(以降、VTuber)タレント事務所を運営し、所属VTuberによるライブ配信やメディアミックス、ライブイベントなどを行っている。バーチャルキャラクターによるネット上の活動という新たな世界の中で、クリエーターの価値を守るため、商標権を中心とした模倣品対策に精力的に取り組んでいる。事業における知財の位置づけや知財の取り組みについて、カバー株式会社代表取締役社長CEOの谷郷元昭氏と、法務知財チームの金柿貴也氏と同チームマネージャーの三井耕太朗氏に話を伺った。
ツール開発からコンテンツを提供する側へと転換
カバー株式会社は、VTuberプロダクション「ホロライブプロダクション」の運営をはじめ、所属VTuberのグッズ販売やライセンス/タイアップといったメディアミックス事業、メタバースプラットフォーム「ホロアース」の開発を手掛けるエンターテインメント企業だ。
谷郷氏が同社を立ち上げたのは2016年。設立当初はVR技術を活用した対戦型卓球ゲームなどを開発していたが、まだVR市場は盛り上がっておらず、VR技術を活用した別のビジネスを模索していたという。そうした中で生まれたのが、2018年にリリースしたバーチャルTuberになれるスマホアプリ「ホロライブ」だ。
「当時、VRゲームは宣伝に課題がありました。そこで、CGキャラクターを活用してゲームの面白さを感じてもらえるような実況配信のツールを開発しました。これが『ホロライブ』アプリの原型です。その後、これを使って配信する所属タレントのIPなど、さまざまなキャラクターを開発していきました」(谷郷氏)
はじめはこのツールを、アニメの制作会社などに売り込もうとしていたという。「例えば、アニメ作品の宣伝で、演じる声優さんたちが作品について語り合い、紹介するような配信番組があります。このツールを使ってもらえば、声優さんだけでなく、アニメのキャラクターを生配信に登場させることもできる、と提案しました。しかし、どんな形であってもキャラクターが登場するとなると、そこに『権利』が発生してしまうため、実現はとても難しいとわかったのです」と谷郷氏は振り返る。
こうした経験も経て、自社でキャラクターを開発すればコンテンツをもっと自由に展開できると痛感し、他社の裏方としてツールを提供するのではなく、キャラクターやコンテンツを生み出して提供する側に立とうと方向を切り替えていったという。
ファンも巻き込んで拡大、さまざまなクリエーターが活躍できる場へ
「ホロライブ」のシステムを作った際、そこにさまざまなキャラクターが集い、いろんなコンテンツが出てくるようなプラットフォームにしたいという思いがあったという。
「『Platform on Platform(プラットフォーム上にプラットフォームを築いて提供する)』という言葉があるように、YouTubeというプラットフォーム上で、VTuberとして活動できるシステムを所属タレントさんたちに提供しています。最終的なサービスを届けるのは各タレントさんです」(谷郷氏)
とはいえ、コンテンツ制作のすべてを所属タレントに任せているわけではない。自社でのコンテンツ制作やプロデュースも行っており、さらにファンによる二次創作コンテンツも大事にしているという。
「コンテンツには大きく3種類あります。1つ目は所属タレントが制作する、いわゆるPGC(Professional Generated Content:プロが制作したコンテンツ)。2つ目はカバーで制作した3Dアニメーションなどのコンテンツ。3つ目が、ファンアートや切り抜き動画といったファンが二次創作したUGC(User Generated Contents:ユーザーが制作したコンテンツ)です。
我々は二次創作(二次的著作物等の創作) のガイドラインを設け、UGCを生み出しやすい環境を作っています。海外展開には、自社やタレントの力だけではなく、ファンの力を巻き込むことが必要なので、UGCを非常に重視しているわけです」
また、「ホロライブ」のサービス開始当初からグローバル展開を見据えて、自社制作のコンテンツを多言語化して配信することで海外ファンのコミュニティ形成にも力を入れてきた。現在は、日本製コンテンツのローカライズだけなく、海外でのタレント採用も行っている。
「日本は人口が減っていきます。世界中を顧客としたビジネスをつくっていかなければ成長は望めません。日本のアニメ的なVTuberタレントが世界でも受けるはず、と自信を持っていました。2017年にVTuber『ときのそら』がライブ配信したとき、約2.6万人が視聴し、海外からも多くの人が見てくれました。まずは日本のタレントから売り出していきましたが、世界のファンにとって日本語でのライブ配信を視聴するのはハードルが高いですし、ローカライズだけではコンテンツが不足します。そこで、現地のタレントを採用するアプローチも行っているわけです」
さらに今後、ファンクリエーターを含むさまざまなクリエーターが活躍できる新しい場所として、メタバースプラットフォーム「ホロアース」を開発し、2024年にリリース予定だ。「ホロアース」は、仮想空間の中でユーザーが自由に活動するサンドボックスゲーム型のメタバースで、VTuberの技術を活用したアニメルックな空間とアバターシステムが特徴だ。
「ユーザーがコンテンツを制作したり、仲間と遊んだりできる空間を目指しています。アバターのイラストなどを描くにはプロフェッショナルな技術が求められますが、『マインクラフト』のようなサンドボックスゲームでは小学生でもブロックを組み上げてすごい建築物が作れます。『ホロアース』では、一般の方が気軽にクリエイティブなことに挑戦できるように敷居を下げていきたいです」
カバーは2023年3月に東証グロース市場に上場、社会的な認知も広がっている。
「これまでVTuberは一過性のブームと思われていたのが、しっかりと売り上げを立てられる業界となり得ることが社会に理解され始めたところです。我々としては、YouTube上でVTuberタレントがコンテンツを配信するだけのフェーズではなくなりました。
今後は、自社だけではできないさらに大きなビジネスを、いろいろな企業と組みながら展開していくフェーズになり、信用力が非常に大事になってきます。また、我々は所属タレントを含めたクリエーターを支える仕事をしているので、事業の継続性もさらに重要になってくると考えています」
タレントと事業価値を守るために商標と特許を押さえる
続いて、創業から現在までの知財への取り組みについて伺った。
「私はそれほど知財の意識があるわけではありませんでした。ただ、VTuberの事業を始めてから、商標登録など知財活動を進める必要があると考えるようになりました。当初は商標が中心で、特許に関心を持ったのはメタバースの開発を始めてからです。そこから、これまで開発したツールに関しても特許が取れるのでは、と取り組んでいる状況です」(谷郷氏)
VTuber事業では、所属VTuberタレントの商標をグローバルで登録している。非公式のグッズや模倣品を防ぐために、区分も幅広く押さえているのも特徴だ。第4回「IP BASE AWARD」【スタートアップ部門】奨励賞の受賞は、こうした精力的な商標登録による模倣品対策が評価されたものだ。
「我々の知財活動は、基本的にクリエーターとコンテンツを守ることを目的としています。商標権取得については模倣品などが出回ることによる売り上げへの影響を防ぐため。メタバースについては、継続にサービスを提供していくために、特許で事業を守る必要があるからです。また、メタバースプラットフォームでは、ライセンスなどさまざまな可能性を考慮して知財戦略の構築 の検討を進めています」と法務知財チームマネージャーの三井氏は説明する。
創業当初は外部の特許事務所を利用して商標出願し、法務部の設立後も外部事務所と連携しながら商標を管理してきたという。専任の知財担当者を採用したのは、メタバースサービスの開発がきっかけだそう。
「商標の出願と管理だけであれば外部のパートナーがいれば十分でしたが、特許はそういうわけにはいきません。開発メンバーから『しっかり特許をとらないと守れなくなってしまいます』と言われて、じゃあ採用しよう、となりました」(谷郷氏)
2022年に特許スペシャリストとして金柿貴也氏を採用し、現在は、金柿氏を中心に、法務知財チームとして社内の発明発掘や知財戦略構築に取り組んでいる。
「商標では『こういうグッズを出したい』と外部事務所に説明すれば商標出願の相談に乗ってもらい、商標の出願は できます。一方、特許出願を前提とした発明発掘となると、 弊社にどのような技術が強みとしてあり、何のためにこれを出したいのか、市場ではどのように使われているのか、技術的な理解、有用性を考える必要があります。私はもともと法務が専門なので、特許法について多少の知識があるくらいでは歯が立ちません。 そこで、専任の担当者を採用することとし、専任者が入ったことで知財体制は大きく変わりました」(三井氏)
金柿氏は発明発掘の体制づくりとして、まずは開発現場の情報整備から始めたという。
「入社当初は開発体制が粗削りで、仕様書などの情報が整理されておらず、特許を出願する際の資料作りに苦労した部分がありました。そこで特許出願の前提となる発明発掘の仕組みづくりとして、社内のSlack内で発明につながりそうな情報をマークしてリスト化する取り組みなどでDX推進を図っています」(金柿氏)
ローコードツールなども活用し、できるだけ開発メンバーの作業を阻害しないように留意しているとのこと。商標の管理にもツールを活用し、ツールをカスタマイズして管理しやすいように工夫しているそうだ。
「商標は、所属タレント88名(卒業生含む)×公式グッズの種類の区分の出願があり、さらに海外出願もしているので、ステータスの管理が大変です。ツールを使ってステータスを一元管理できるようにし、ステータスを見ながら、売上につながらないものについては今後の出願区分の見直しを図っていこうと考えています」と金柿氏。
模倣品に対して、実際に商標侵害の通報を行なっていることも「IP BASE AWARD」の受賞理由のひとつとなっている。
「模倣品対策を始める前は、所属タレントグッズのコピー品や当社のイラストを使ったグッズの無断販売など、かなりの数の模倣品がありました。法務知財チームとカスタマーサポートチームが連携して通報しており、お客様からの情報提供をもとに通報に至るケースもあります」(三井氏)
過去1年間の通報件数は約3000件。発覚した模倣品については、販売されているECサイトに通報して削除を依頼し、悪質なものに関しては刑事告訴、あるいは民事的に損害賠償請求などの法的措置をとっている。
積極的に通報をしてきたことで、最近では模倣品が減ってきているそうだ。「模倣品販売の逮捕がニュースになることで抑止効果があると思います。やってはいけないのだという認識が広がっているのではないでしょうか」(三井氏)
上記の通報件数の約3000件はほとんどが国内サイトだが、海外業者や海外ECサイトでの対策も進めているとのこと。
谷郷氏は、知財活動はクリエーターを守るためのもの、と強調する。今後は知財だけでなく、ネットでの誹謗中傷から守ることも重要な課題だそう。
「インターネットでの活動は誹謗中傷が起こりやすい。その中でタレントさんを守っていかなければならないという意識を強く持っています。継続的に活動していただくために誹謗中傷から守り、収益も上げられるようにプラットフォームを世界へと広げていくために今後も商標や特許、契約を重視して取り組んでいきます」(谷郷氏)