このページの本文へ

まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第88回

【第4回】『PLUTO』制作中のスタジオM2・丸山正雄社長、野口征恒氏に聞く

日本のアニメ制作環境はすでに崩壊している――レジェンド丸山正雄が語る危機と可能性

2023年05月02日 15時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

野口さんの席にお邪魔した。いわゆる板タブに紙を貼り付けて作業している

「背景のデジタル化」がもたらす意外な問題

野口 CGを用いることはもう不可避なので、そのズレ・歪みをどう再現するのかが、私たちの腕の見せどころだと思います。これは動きだけではなく、背景もそうです。背景がデジタル化されてから、すごくチープな、味のないものになってしまいました。

 筆で塗る人もまだおられますが、だいぶ減ってしまっていて、代わりにパソコンを使った綺麗なグラデーションが引かれる。場合によっては、森を描くときに木を1本描いてそれをコピペして並べたり。すると、全体の印象として機械的な、薄っぺらいものになってしまうんです。

 「背景なんか見てないよ」なんて言う人もいますが、世界観の厚みは背景が担っているわけですからね。

 昔の筆のタッチ、かすれなども、不確定な雰囲気が目に飛び込んで来たときに感情を揺さぶられるわけです。小林七郎さん(2022年没・『ルパン三世カリオストロの城』『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』などの背景を手がける)の作品などは背景を見ただけで作品の世界に入っていけます。

 それが最近、特にテレビシリーズでは、そう感じる機会が減ってしまったように思えます。使い回しが目に付くようになったのも残念ですね。

―― 異世界転生もので、町の遠景が似たり寄ったりだとネットで話題になったことを思い出します。ズレ・歪みといったアナログの良さを、デジタルのワークフローにどう整合させるかは、まだ道半ばという印象です。今後何が必要でしょうか?

野口 デジタルは、レイヤーをどんどん重ねて、上手くいくまで何回でも試せます。一方、アナログが起こす「偶然の成功」というものがあります。たとえば水彩で塗っていると、はみだしてもそれが味になったりするわけです。

―― まさに浦沢さんが出演している『漫勉』でも最近、カラー塗りの過程が重点を置いて紹介されるようになっていますよね。一発勝負の世界。

野口 あの緊張感や、偶然生まれるものの良さが、観た人に訴えかけるんです。

―― おそらく、今後その作業はAIに置き換えられてしまう。

野口 そうなんですよ。アンチデジタルの人はそこに引っかかっているわけです。「アナログの良さ」を全部なくすんじゃないかと。

―― 手描き背景については担い手不足も指摘されます。

野口 時間もないし、CGに頼らざるを得ないというのが現実ですね。仕方がないけれども、何とかしたいですね。

丸山 やはりデジタルの早い・便利ばかりに頼っているのを止めないと。アニメーションの本質は「コマ打ち」であり、機械的に計算しては絶対出てこないものなので。

次は海外生まれのクリエイターたちとアニメを作りたい

―― 文春オンラインの記事でも指摘しましたが、デジタル/アナログという論点だけではなくて、とにかくたくさん(テレビシリーズであれば年間200タイトル以上)作らないといけない現実があって、人手も足りないからデジタルに「頼らざるを得ない」。動仕も海外におおよそ8割も依存している。

 もし、数や納期といった制約がなければ上手くいく、ということになりますか?

丸山 上手くいく、というのが何を指すのか、にもよります。納期を守る、という意味ならそうでしょう。ただ、ぼくが作りたいものではないでしょうね。古い世代なので、そういう(デジタル主導で効率的に完成する)ものを作りたいとは思いません。

 早く安く量産して確率的に1000本に1本良いものがあるかもしれない、という業界だけれども、ぼくはもう少し確率が高い仕事をしたいわけです。1000本に1本なら、それはぼくがやる仕事じゃないなと。

 そうなったら、ぼくは未だ手描きアニメが盛んに作られているフランスに行ってやったほうが良いかな。そして同じCGを使った手法でも、中国で作られた作品などはもう日本よりはるかに上手いんです。

 中国で映像を作っている人たちは、たとえば「昔のマッドハウスの作品を観てアニメの世界に入った」と言うわけです。その頃は公式配信なんてなかったから、海賊版なのですが。そういう人たちが現在、デジタルで凄いアニメーションを作ってしまうんです。国の支援も充実していますしね。

 手描きの良さも再現しつつ、手描きではできないCG演出も目を見張るものがあります。デジタルだけ学んできた人にはああいう映像は作れません。じつは、すでに中国のクリエイターたちにも『PLUTO』には参加してもらっています。なかなか折り合いの付かないところもあって、こちらで直したりもしていますが(笑)

野口 得手不得手はあります。『PLUTO』には上手く入れ込められなくて、使えないカットも出てしまいました。

丸山 なんべんも一緒にやっていかないといけないね。でも、『これは敵わないぞ』と驚かされるものもたくさんありました。

―― 人口の多さや国の支援の充実はよく指摘されますが、日本のように、納期に追われてクオリティーが落ちてしまうという要因が少ないのかもしれません。

丸山 『自分たちはこういう作品を作りたいんだ』という気持ちで作っていると感じます。

―― 日本でも同様の環境があれば、本来の、中国などの海外クリエイターに負けない、「本家」としての力を発揮できるのでしょうか?

丸山 いやそれは違うと思います。(中国で支持されている)本家の作家はもう現役ではありません。絵コンテならやるけれど、チーム組んで……とまでは。

 海外の連中は学生時代に『これ良いな!』と思った彼らをお手本として、いま現役で取り組んでいます。先日も日本で頑張っているアメリカ出身のアニメーターに会いました。学生時代に『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を観て日本に来て17年。今は、西新宿に事務所をつくってやってます。

 日本のアニメーションを日本人で作ることにこだわる必要なんてないんじゃないかとぼくは思っていて、そういう人たちを集めるために、名簿を作れないかと思っているんです。

―― 名簿。

丸山 日本のアニメーションが好きな、日本でアニメ作りの仕事をしている外国人を集めて、アニメを1本作りたい。日本人にはもうあまり頼れないなと。アメリカ、フランス、中国と台湾、韓国とかでチームを作る。

 デジタルが強くなって、女の子が綺麗な顔をして動いているだけで、感情をあんまり感じられない、可愛ければ良いでしょ、みたいなのは日本のアニメーターに全部任せて。

カテゴリートップへ

この連載の記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ