世界最大級のスタートアップ登竜門「XTC」が重視する成功への条件
Extreme Tech Challenge事務局長 ヴィクトリア・スリフコフ(Victoria Slivkoff)氏インタ ビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
Extreme Tech Challenge(以下、XTC)は、SDGsなどグローバル課題に挑戦するスタートアップを支援する世界最大級のピッチコンテストだ。毎年100ヵ国以上から数千もの起業家がエントリーし、過去にはZoomやCanvaを含む数多くのスタートアップをエコシステムとして輩出している。XTC事務局長のヴィクトリア・スリフコフ氏に、スタートアップが成功するためのポイントと米国における知財情勢について伺った。
XTC事務局長のほか、米国・欧州・イスラエルにおいて、AIやデータサイエンスを中心としたアーリーステージのディープテックスタートアップを支援するVC、Walden CatalystVenturesのエコシステム責任者も務めている。同VCでは、複雑なイノベーション・エコシステムを大きく変革するため、インパクトのあるビジョン、戦略、オペレーションを推進し、未来を定義する企業を生み出す画期的な技術を持つ起業家のパートナーとして、その役割を果たすことに情熱を注いでおり、企業開発、投資、IR、事業戦略・運営、経営コンサルティングなど、さまざまな分野のバックグラウンドを持つ。
スタートアップの登竜門「XTC」
XTCは、サムスン電子の元社長であるヤン・ソン(Young Sohn)氏と、シリコンバレーの伝説の投資家でTSMC(台湾の専業半導体会社)の社員第1号であり、Charles RiverVenturesの名誉パートナーであるビル・タイ(Bill Tai)氏により非営利組織として創設された。
XTCのミッションは、世界をより良くする革新的な技術を構築する起業家の支援にある。世界に大きなインパクトを与え、市場をリードする潜在的な企業を特定し、より速くスケールアップさせることを目的としている。2015年より世界のトップカンファレンスと連携してコンテストを併催し、スタートアップがグローバルでの認知を高める場を創出するほか、投資家やVC、メンターで構成されるグローバルコミュニティとの交流もサポートしている。10社以上のXTCスタートアップがイグジットしており、XTCスタートアップのファイナリストを合わせると、2022年時点で35億米ドル以上ベンチャーキャピタルからの資金を調達している。
XTCで事務局長を務めるのが、ヴィクトリア・スリフコフ氏だ。米カリフォルニア大学でイノベーション&アントレプレナーシップのグローバルヘッドとして、アーリーステージのベンチャーファンドほか、学生や卒業生のスタートアップを含むエコシステムの形成、IPポートフォリオの管理、ライセンス契約やスピンアウトによる収益化の支援など、同大学のイノベーション活動全般を統括していた。
「カリフォルニア大学のシステムは、AIを活用してライセンスの組み合わせを提案するなど、ライセンス利用率を上げるための施策も推進しています。これらの戦略的イニシアチブを主導したオフィスとして、私は、産業界との技術移転プロセスを通じて、大学発の画期的な技術の膨大な数の商業化を実現し、多くの人々の生活にプラスの影響を与える製品を生み出したことを誇りに思っています」とスリフコフ氏は振り返る。
XTCに携わるきっかけは、同大学のアドバイザリーカウンセルに参画していたソン氏と出会ったことだ。当時、サムソン電子のVC部門であるSamsung Catalyst Fundと同大学はスタートアップへの投資プロジェクトで提携しており、ソン氏と副代表のフランシス・ホー氏(Samsung Catalyst Fundの共同代表)は、UCのイノベーション・エコシステムの構築、膨大なIPポートフォリオの収益化、スタートアップへの投資戦略について、多くのサポートとガイダンスを提供。スリフコフ氏はコアメンバーのひとりとして同プロジェクトを管理・運用していた。
ソン氏は2018年に設立されたフランス政府主催のイノベーションサミット「Tech for Good」のメンバーに名を連ねており、2019年、SDGsをテーマにXTCをリブートする計画が持ち上がった。気候変動への対策や持続可能な社会の実現に向けて各国が動き出したタイミングで、ソン氏は新生XTCにスリフコフ氏を誘ったのだ。スリフコフ氏はカリフォルニア大学の学長室において、米国の大学の中で最大の1万2000超のIPポートフォリオを管理し、企業開発、投資、IR、事業戦略・運営、経営コンサルティングなど、さまざまな分野で実績を重ねてきた。米国、中東、ラテンアメリカ、アジア、ヨーロッパにおいて、投資を促進し、革新的な技術を拡大するための官民パートナーシップの形成にも豊富な経験を有している。始めはXTCパートナーとして、XTCの予選となる大学内部向けコンペティションを取り仕切っていたが、現在スリフコフ氏はXTCの事務局長として手腕を振るっている。
スタートアップが成功するための条件
XTCのコンペティションでは、主に次の基準を用いて挑戦者を評価している。これらはVCなどがピッチデッキを評価する際に用いるものと変わらず、スタートアップが成功するための必要な要素でもある。
・チーム:このプロジェクトを開発するために独自の能力を備えているか? ユーザー、業界、エコシステムを強く理解しているか? または、このプロジェクトを完成までやり遂げる決意と忍耐力を持っているか?
・プロダクト/サービスイノベーション:競合に比べて提案する製品/サービスはより破壊的なイノベーションかどうか
・プロダクトマーケットフィット:提案する製品/サービスは広く受け入れられるものなのか、どの程度の数の顧客を見込めるのかなど
・社会をより良くするための技術:より良い未来を創る上で、提案する製品/サービスはどのような貢献ができるのかなど
スリフコフ氏は加えて、大切なポイントを3つ挙げた。
1つは、提供する製品/サービスが時代のトレンドやニーズとマッチしていることだ。「ここ数年は脱炭素化や生分解、フィンテックなどが注目されている。スタートアップを構築する起業家たちは、商業的な実現可能性とインパクトの交差点でこの恩恵を受けています」(スリフコフ氏)
2つめは、ユースケースの選定だ。「テクノロジーによっては多数のユースケースがあるが、想定ユーザーが多くいるユースケースを選定する。その上で、競合製品よりも安価、手軽に入手しやすいといった、多くのユーザーに選ばれるよう導入の障壁をなくす努力が必要」だとスリフコフ氏は言う。
そして3つめは、提供する地域が変わっても利用される反復再現性があり、スケールできることだ。
「注意したいのは、テクノロジーを基点に課題/テーマを決めないことだ」とスリフコフ氏は強調する。解決したい課題がそこにあり、発想やテクノロジーを駆使して解決方法を編み出し、製品/サービスへと昇華させる。
「そのためには、自分たちの製品/サービスがユーザーから見て課題解決につながっているのかどうかを調査、ヒアリングする必要があるが、結果的には潜在顧客を発掘することにつながるので、実践してほしい」
知財も、事業成功の可能性を引き上げる重要な要素だ。
「テクノロジーを競合他社から守る“モート(堀)”となり、競合優位性も獲得できる」と述べた同氏は、「特にバイオテック業界のように、特許取得していることに意味がある領域では重要。無形資産を実行可能なビジネスモデルに変換し、収益モデルを構築できれば、それは大きな強みとなる」とした。
なお、知財戦略は国の競争力を引き上げ、経済開発を活性化させることから、国家戦略としてこれまで以上に重視される方向にあるとスリフコフ氏は指摘する。
同氏は2016年のアメリカ合衆国特許商標庁の報告書「Intellectual property and the U.S.economy: Third edition」を取り上げ、知財を重視する業界では雇用率と経済生産高が高い傾向にある、という統計データを紹介。実際、2022年発表の同レポートには、知財重視の業界では6300万の雇用が生まれており、アメリカ全体の雇用率の44%を占める結果となっている。その先鋒がスタートアップであることも少なくない。
活躍の場を広げるXTC
先日シンガポールを訪れたスリフコフ氏は、スタートアップのエコシステムが急成長していることに感心したと明かす。同国は国家戦略としてR&Dの支援施策があり、「アジアや東南アジア諸国に進出するためのハブ(中継地)として多くの起業家を魅了している」と説明。こうした起業家の躍進をブーストするハブ都市が世界各地で増えていることを歓迎した。
それと併せて、スタートアップシーンを盛り上げるXTCに世界の注目が集まる。2022年6月は米オースティンで、CoinDesk主催カンファレンス「Consensus」の中でWeb 3 PitchFestを共催。9月はコペンハーゲンにて、ヨーロッパ最大のカンファレンス「TechBBQ」内でピッチコンテストを開いた。2023年1月の「CES」では、デジタルヘルス、フィンテック、サステナブルスマートシティ、Web 3.0を課題に世界中のスタートアップがピッチを披露した。
日本のスタートアップシーンについてスリフコフ氏は、特にソフトウェア、バイオテクノロジー、エレクトロニクス分野における日本の豊かなエコシステムの重要性を強調した。2020年からは、日本の有望なスタートアップを発掘してグローバルなステージに引き上げるピッチイベント「XTC JAPAN」を継続して開催。日本における強固なエコシステムの重要性を強調している。
「XTCは、イノベーションやアントレプレナーシップ、グローバルパートナーシップが一丸となることで、人類や地球が直面する大きな課題を解決できると信じている」。それは自身の信条でもあると熱く語るスリフコフ氏。今後も、より良い世界を創るための “ハブ”としてXTCの事業に取り組んでいきたいとした。