お互いに気持ちを理解し合う心のバリアフリーを大切に 葦原 海さんインタビュー(後編)
この記事は、国土交通省による歩行空間データの活用を推進する「バリアフリー・ナビプロジェクト」(外部リンクhttps://www.barrierfreenavi.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。
昨年、車いすモデルとしてミラノコレクションに出演した葦原 海(あしはら みゅう)さん(以下、みゅうさん)。前回の記事では、イタリアでの経験や、日本とのバリアフリー環境の違いなどについてお話を伺いました。後編となる今回は、SNSの使い方や日本のバリアフリーの進め方についての考えをお聞きしました。
葦原 海さん流SNSの使い方
――みゅうさんはSNSでの発信を積極的にされていますが、始めたきっかけを教えてください。
私は「どこかしら誰かのお手本になったらいいな」っていう意味を込めて、「モデル」と名乗っています。学校で講演会をしたり、イベントでトークショーをしたりして自分のことをお話ししてきました。でもコロナで、入っていた予定が全部キャンセルになったんです。
それで暇になったので何かやろうと、コロナ前に行った旅行動画のワンシーンを切り取ったりしてTikTokにアップしたんです。観た方から車いすに乗っていることについて何か言われるかな?と思っていたんですけど、「かわいい」とか「着物が似合ってる」という反応が返ってきて。若い子たちにとっては車いすだとかは関係なく、私本人を見てくれてるんだなと感じました。
その後、足がないっていうのがはっきりとわかるような服装での投稿を始めたら、車いすとか足がないことに対しての質問が来るようになったんです。けれど、私は別に車いすであることとか、足がないことに対して聞かれるのは嫌じゃなかった。なので、その質問になんでも応える感じで投稿をしていたら、いろいろとバズり始めたという感じです。
――いくつかのSNSを使っていますが、使い方にこだわりなどはありますか?
情報の発信はやっぱりTikTokですね。今だったらInstagramにはリール機能、YouTubeにもショート動画機能ができましたけど、やはりTikTokを使っています。TikTokの興味があるジャンル以外も表示されるオススメ機能が魅力なんです。
AIのオススメ機能には興味があるジャンル以外に、全く興味がないというか、検索もしないようなものがランダムに流れてくるのが気に入っています。このオススメ機能があるおかげで、車いすユーザーへの興味があるなし関係なく、いろんな人や媒体に私の情報が流れて行くので広く発信しやすいんです。興味や関心がない方たちに向けても発信できる場所がTikTokだなと思っています。
でも、日常的に使うSNSはInstagramです。Instagramは個人的な趣味として発信する場という感じで使っています。“映え”とか“かわいい”とかにこだわってやっています(笑)。また、情報収集もInstagram のハッシュタグ検索でやっています。自分の興味があるものや好きなものを見つけるには、Instagramを使うのがいいと思うんです。
私、自分が行きたいお店や観光スポットとかは、全部Instagramで調べちゃうんですよ。Googleとかで調べるっていうことがあまりなくて。例えば、友達と韓国料理を食べに行くってなった時に、入り口に段差があるのかどうか?を知りたいじゃないですか。そんな時には、そのお店の名前をInstagramでハッシュタグ検索をすると、みんながいろんな角度でお店の写真を撮っているので、それを見ればこれなら車いすで行けるなっていうのがわかったりもします。お店に電話したり文字で調べたりするよりも写真で情報収集する感じです。
車いすユーザーになってから8年間の生活に不満はナシ!?
――車いすユーザーになって特に不便になったことは何でしょうか?
私が車いすユーザーになったのが16歳で、まだ学生だったんです。その2、3年後には社会人になったのですが、健常者では社会人を経験していないので比べる対象がないんです。学生時代はプリクラを取る時も、車いすの手すりの上に乗ったりして撮ったりしていましたし(笑)、特に不便は感じませんでした。
車いすでいろいろなテーマパークにも行きますが、新アトラクションを作るんだったら車いすユーザーも乗れて楽しめるものにしてほしいな~っていうくらいで(笑)。
あ! でも雨の日の移動は不便ですね。一応カッパは着るんですけど、カッパの脱ぎ着とかって駅でやるのも大変だし、それをもう一回着るのが嫌で。そこに関しては傘がさせないっていう不便さは感じますね。
それといろいろな場所にある多目的トイレに対してはまだ改善してほしいところがあります。いちど多目的トイレでベビーベッドが降りたままで、車いすで入れなかったということがありました。先に使った方はたぶん歩けたので、下ろしたままその隙間を歩いて出られたんだと思います。 よくある壁側に折り畳むベッドだと私一人でも折り畳めるんですけど、その時は三つ折り式のベッドで、横からは折りたためない感じで。それで入り口がふさがっていたので、自分だけでは折り畳めなくて入るのを断念しました。
あと、多目的トイレにあるゴミ箱ですね。たまに見かけるんですが、足で踏んで開けるタイプのゴミ箱だと使えないんですよ。大半の車いすユーザーの方は下半身に障害を持って車いすに乗っているわけじゃないですか、だから足で踏んで開けるゴミ箱は困ります。できればセンサーとかそういうもので開けられるものにしてほしいです。
――東京2020パラリンピックの閉会式にも出演されていたみゅうさんですが、東京オリンピック・パラリンピックの前後で日本のバリアフリー環境が変わった印象はありますか?
私が車いすユーザーになってまだ8年くらいしか経ってなくて、こういった活動を始めて6年とかなんです。なので、すごい昔を知っているわけではないので、バリアフリーに大きな変化を感じているかっていうと、そうではないです。
ただ、やっぱり自分が活動し始めた頃から、東京オリンピック・パラリンピックが決まったこともあって、社会的にバリアフリーへの意識は変わったと思います。企業もそうだし、障害者自身もSNSで発信したりする個人活動をする方が増えてきた印象があります。
葦原 海さんが考える、これからのバリアフリー
――日本でバリアフリーが進みにくい原因はいくつかあると思うのですが、これらを改善していくにはどうすればよいとお考えでしょうか?
とりあえず私たちの立場を知ってもらわないといけないので、私はYouTubeやSNSで自分のことを発信をしています。だた、動画では「こうしてほしい」っていう伝え方ではなく、「私が利用している時は、こういうふうな感じです」とか、そういったことを発信するようにしています。
「私はこう思うからこう変えてほしいです」っていうことを具体的に言い過ぎると、わがままだとか、何かそういう感じになっちゃうんですよね。しかもそういうふうに伝えたことに対応していくと、そう言った人たちだけのためのバリアフリーになりがちなんです。車いすユーザーでもそれぞれ要望は違いますし、だからあくまでも「こうしてほしい」ではなくて、例えば「電車を利用したら私はこんな感じです」という私個人の目線からの発信だけをするようにしています。
私たち障害者がどうしてほしいっていうよりは、私はこんな感じでなんですと伝えて、それに対して見た方がいろいろと感じ取ってくれればいいなと思っています。
――国土交通省の「バリアフリー・ナビプロジェクト」では自治体や事業者と協力し「歩行空間ネットワークデータ」を収集しオープンデータとして公開しているのですが、そういうデータを有効活用するアイデアがあれば教えてください。
複数の交通インフラをまたぐ感じの情報連携があるとうれしいですね。
たとえば、タクシー移動で駅まで移動する際に、運転手さんに「エレベーターがある入口までお願いします」って言うことがあります。でも、駅の何番口が階段で、何番口がエレベーターなのかっていうのは、わからないことが多いんです。特に大きな駅だと、違う出入り口に降りてしまうとエレベーターまでの移動が大変だったりするので…。なので、そういったタクシーから電車で移動する際に駅のエレベーターの入り口がわかるような、そういう連携があったりするとうれしいです。
環境のバリアフリーよりも心のバリアフリーを!
――今後、車いすで移動する際に公共交通機関がこうなっていってほしいということがあれば教えてください。
AIの進化などによって、これからどんどん無人駅が増えて人を減らす方向に向かうと思います。でも私はどうしてもそれに対して不安を感じてしまいます。環境が整ってから人がいなくなるんだったらいいんですけど、今は環境が整う前に人がいなくなっているみたいな感じがします。
私は観光地の旅館などでバリアフリーアドバイザーとしての仕事もしているんですけども、バリアフリー設備の設置というのは本当は二の次でいいと思っているんです。まずは、車いすユーザーさんたちが旅館に来た時に、その人たちにどう対応するべきなのか?というのを現場スタッフで考えるのがいちばんだと思っています。
環境的にエレベーターやスロープを設置するのはもちろんありがたいです。でもそれにはお金や時間がかかります。それであれば、もし明日私のような人が来た時にどう対応するか?という方向で解決策を考えたほうが早いと思っているんです。
多目的トイレがない場合はそれを作る。みたいな最低限の環境のバリアフリーはもちろん大事です。でも何から何まで車いす対応の整備をして、それだけで問題を解決しようというのは難しいんじゃないかと思うんです。
例えば伊勢神宮とか、日本の歴史的なところを車いすユーザーでも行きやすいようにって、どんどん変えていって、日本の歴史的な場所とかそういったものが崩れていくのは私は違うと思っています。もしそこを変えてしまって、海外からの車いすユーザーのお客さんが来た時に、日本らしいところを感じられない場所になってしまっていては残念に感じると思うんですよね。私が車いすでの移動に苦労したミラノも、バリアフリーを進めて街並みが変わっちゃったら嫌ですし。
なので、そういうところを崩す必要はまったくないと思っていて、そういう方が来られた時に現場スタッフでどう対応するのか?を考えていくことが重要だと思っています。いろいろな場所で、そういう研修や講習会を半年や1年に1回のペースで行なってくれたらいいなあと。
障害の度合いってひとりひとり違うんですけども、その前に性格もそれぞれ違います。企業や学校の研修などで教わる対応に「坂道では車いすは後ろ向きに押しながら下りましょう」っていう基本的なフォーマットがあるんですが、私が学校での講演会や旅館の研修のお手伝いをする時には「でも私はいつも前から降りちゃうんです」と伝えるんです。
注射される時に、刺される針を見る派か見ない派かって分かれるじゃないですか。見た方が怖くない人もいれば、見ない方が怖くない人もいる。それと一緒で、私は坂道は前を向いて下りたいんです。人それぞれで感じ方は違うんですよって。
もちろんそういう体験授業で車いすユーザーに触れるきっかけを作るのはすごくいいことなんですけど、「車いすユーザーへの対応はこうだ! こうすべきだ!」っていう教え方は違うと思うんです。
だからこそ、企業にしても学校の体験授業にしても、年に1回でもいいから当事者を呼んで、その人たちから実際にその人はどう対応されることがうれしいのかを教わる時間があればいいのにと思っています。それも、去年やったからオーケーというのではなくて、毎年呼ぶ障害者を変えてやる。当事者が変わればそれにあわせて対応する側も、いろいろと変わった体験ができるわけですから。
大切なことは互いに体験し、伝え、理解し合うこと!
――そう考えるようになった体験などがあったんでしょうか?
以前、バスに乗った時に運転手さんがスロープの出し方がわからなくて私に聞かれたんです。でもスロープのタイプってバスによって違いがあるんです。いつも利用しているので、スロープがだいだいこの辺にあるというのはわかるんですけど、その細かい使い方まではわからなくて…。その時は他の乗客さんが出してくれました。
タクシーもよく利用するんですが、実はスロープをお願いして乗ったことって、1回もないんです(笑)。私はそのまま乗っちゃうほうが早いんですよ。でもたまに、タクシーに乗ろうとすると、運転手さんに「スロープの使い方がわからないんです」って言われたりすることがあって…。
その時は「スロープは使わなくて大丈夫です」って乗るんですが、もし私がスロープが必須の人だとしたら、乗れないっていうことになっちゃうじゃないですか。なので、やはり企業はその運転手さんにスロープ付きのタクシーで営業させる時に、それらの使い方の研修をちゃんとするべきだと思うんです。
実際にそういった設備があるのにそれを使えない。設備がどうこうよりも、それを使う人の側のバリアフリー知識が伴っていないなと思うんです。
――そういったことから車いすユーザーの乗車拒否・入店拒否などが起きることもありますよね。
最近はタクシーやバスや電車とかでそういったトラブルがあった時に、ネットで炎上したりして話題になっちゃうと、次は絶対にそれが起こらないようにと、企業や自治体が守りに入っちゃうんですよね。そして「車いすユーザーへの対応はこうするべき」といったマニュアルが複雑化して手順ばかりが増えていく。その結果、複雑化した設備の使い方がわからない現場スタッフが増えてしまい、さらに悪い方向に行ってしまう。
もちろん、そういうトラブルがあって炎上したりする場合は、我々障害者側にも問題があると思っています。
SNSなんかでは「乗車拒否された、入店拒否された」とかっていうのをよく見かけるんですけど、私自身は乗車拒否や入店拒否はされたことは一度もないんです。
Instagramの質問でも「入店拒否されたことがありますか?」というのをたまにもらうんですけど、「いや、なったことないんだけど」って。そう言うと「それはあなたが若くてかわいいからだよ」とかって言われたりするんですけど、そうなってしまうのって、私は障害者側の伝え方の問題でもあると思うんです。
――伝え方の問題とはどういうことでしょうか?
私、京都に行く時にはだいだい着物をレンタルするんです。電話で車いすということをお店の方に伝えて、「お店の入り口が階段でも数段なら同行者に持ち上げてもらいます」とか、「着付け後は、自分で床から車いすへ乗れます」とか、そういう自分のできる範囲を詳しく伝えるんです。そうやって私自身ができることをちゃんと伝えると、お店側も想像しやすいらしくて「それでしたら大丈夫です」みたいな感じになります。
でも、もしその伝え方が「車いすだけど行けますか?」だけだったらどうでしょうか?そのお店が車いすのお客さんの対応をしたことがないお店だったら? 不安になって「車いすの方は…」ってなると思うんです。でも、それで「入店拒否された」って言っちゃうのはなんか違うんじゃないかなぁって。
何でもかんでもお店側が悪いってことじゃなくて、車いすの当事者側も悪いっていうケースもあるだろうと思っています。もちろんそれはお互いに悪気があってのことじゃなくて、ただただ「伝える言葉が足りない」ってだけなんじゃないかと思うんです。なので障害者の人たちにも「伝える努力」をしてほしいなと思っています。そうすることで、よりよい社会になっていくと信じています。
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