ミラノコレクションに参加して見えたイタリアのバリアフリー事情 葦原 海さんインタビュー(前編)

文●アカザー 編集●ASCII STARTUP 撮影●曽根田 元

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この記事は、国土交通省による歩行空間データの活用を推進する「バリアフリー・ナビプロジェクト」(外部リンクhttps://www.barrierfreenavi.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。

 16歳の時に事故で両足を失ったモデル・インフルエンサーの葦原 海(あしはら みゅう)さん。両足を失い車いすユーザーとなっても明るく前向きな彼女は「障害者と健常者の壁」を壊すためにSNSでの発信やモデルの活動を開始。現在はTikTokフォロワー数35万人(2022年12月時点)をはじめ、InstagramやYouTubeなどでも活躍。2022年9月、ミラノコレクション(ミラノファッションウィーク)に車いすユーザーとしては日本人初のモデルとして参加するという快挙を達成。

 そんな世界的にも活躍をし始めた葦原さん(以下、みゅうさん)に、ミラノコレクション挑戦のきっかけ、SNSでの活動の目的、車いすでの移動で思うこと、などをお聞きしました。今回と次回の全2回でインタビューをお届けします。

葦原 海さん
Instagramアカウント
https://www.instagram.com/myu_ashihara/
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車いすユーザーとしてではなく、ひとりのモデルとしてミラノコレクションに出演

――ミラノコレクションといえば、世界でも有数のファッションコレクションですよね。そこに車いすモデルとしてご参加された、そこまでの道筋をどのようなものだったのですか?

 きっかけは、2021年に海外で活躍する日本人デザイナーさんのミラノコレクションのオープニングムービーのオーディションを受けたことです。そのオーディションは一般の方からの投票審査もあったので、投票してもらうためにTikTokでライブ配信をやったんです。

 そのTikTokライブで、「なぜ自分が車いすでモデルの仕事をしているのか?」「どうしてミラノコレクションのオープニングムービーに出演したいのか?」そういったことをお話ししました。

 その配信を見ていたデザイナーさんのエージェントの方が「あーこの子はほんまに明るいんやなー」って思ってくれたみたいで、「車いすインフルエンサーとしてではなく、ひとりのモデルとして出演してほしい」とお声掛けをいただいたんです。ライブ配信ってなんというか、人柄とかが見やすいんだと思います。

ランウェイで服を美しく見せるためイタリアで電動車いすを調達

――ミラノコレクションでは、乗られていた車いすがいつもとは違う電動車いすでしたが、あれはどうされたんですか?

 私がいつも乗っているのは、自分で漕ぐタイプの電動アシスト車いすです。でも、今回の衣装は片方が振袖みたいになっていて、その袖の丈の長さを気にしながら車いすを漕ぐ必要がありました。でも、自分で漕ぐタイプの電動アシスト車いすだとランウェイを移動する時に、どうしてもそっちに意識がいってしまい、服をキレイに見せるというモデルとしての仕事に集中できないんじゃないかな?っていう不安があって…。そしてデザイナーさんからも、電動車いすのほうがいいんじゃないか?という提案をもらったんです。

ミラノコレクションにご出演された葦原 海さん。(写真提供:葦原 海さん)

 日本の電動車いすのレンタル業者さんにいろいろと聞いたんですが、往復の運送代だけで20万円以上かかると言われました。しかも電動車いすなので、飛行機に乗る際にバッテリー関係が危険物として取り扱われたりと、いろいろと手続が難しい問題もあったんです。

 さらに現場に届いた時に「壊れている!」みたいなケースもあるらしく、ちゃんと現地に届くのか?という不安もあって…。そういうのを含めてギリギリまで検討していたんですけど、やはり日本から持っていくのは難しいなということになりました。

 そこで、イタリアの車いす業者に連絡して現地で借りることにしました。なので、あの電動車いすは現地イタリアで調達したものなんです。

――海外で電動車いすをレンタルするのはハードルが高そうですね。

 かなり大変でした!

 電動車いすは不慣れですし、実際に乗って確かめることもできないわけですから、いろいろ心配もあるじゃないですか。だからレンタル業者とのやり取りで「その電動車いすは高さの調整はできますか?」みたいな質問をいくつも投げていたら、途中で急に「やっぱり貸し出しできないです」と返事が来て…「へ?」って。

 いろいろ質問しすぎてめんどくさい客だと思われたからかなあ、と思いました。

 もう時間もなかったので、とにかく「電動車いすを借りること」を最優先にして、次の業者さんにはあまり質問はせず(笑)、写真だけを送ってもらって、それを見て「まぁ大丈夫だろう」と決めました。なんとかなるだろうって(笑)。

初めて乗る電動車いすでのランウェイ

――他のモデルさんたちは皆さん健常者の方でしたが、その中で慣れない電動車いすを操作することへの不安は?

 不安はありました。

 そもそも普段は自分で漕ぐタイプの電動アシスト車いすなので、スティックで操作する電動車いすの操作がかなり難しかったです。スティックをどれだけ倒せばどれだけのスピードが出るのか?とか、回転する時にもスティックの使い方のコツがわかっていなくて。普段から電動車いすに乗っていて今回は機種が違う、という程度だったらまだ慣れは早かったかもしれません。

 しかも、レンタルした電動車いすが届いたのはショーの2日前なんです。なにしろ決まったのが3日前でしたから…。練習する時間もないですよね(笑)。

 とにかく慣れないと、ということで電動車いすに乗ってミラノ観光をしたんです。観光しながら操作に慣れればいいなと思って。

初めての電動車いすで移動するミラノの観光地

――初めての電動車いすで回るミラノはどんな感じでしたか?

 最初は「電動車いすでの移動のほうが楽かなぁ」と思っていたんです。ミラノの石畳のボコボコした歩道は、タイヤが太い電動車いすのほうが安定して走りやすかったので。

 でも段差に苦戦しました。歩道が車道より高くなっていて段差があるんですよ。歩道にはスロープがあるんですが、どこにでもあるわけじゃなくて…。スロープのある場所を探して歩道に上がって進んでも、降りたい場所にはスロープがなかったりするんです。なのでスロープのあるところから降りてかなり遠回りしたり、スロープがなければ来た道を戻ったりしていました。

ミラノを観光する葦原 海さん。(写真提供:葦原 海さん)

 自分の車いすであれば、段差があった場合に周りの人に上げ下ろしをしてもらうこともできます。けれど、電動車いすは重量があるので持ち上げられなくて。

 ミラノの観光地の古い美術館とかがあるような地区は、その周りも昔からの景観をそのまま保っていてバリアフリーにはなっていないんです。歴史を大切にしているんですよね。

 でも泊まったホテルがある地区は整備されていました。車道と自転車用の道路はアスファルトで歩道だけが石畳になっていてフラットな感じで移動しやすかったです。大きいキャリーケースを持っている人たちもその自転車用のところを通ったりしていたので、私も車いすでそっちを使ったんですけど移動しやすかったです。

車いす移動で感じたイタリアと日本のバリアフリーの違い

――他の公共交通機関を使われた印象はどうでしたか?

 タクシーや電車を利用しました。

 タクシーは日本の一般的なものよりひとまわり大きいんです。なので、車いすでも楽に乗れました。持って行った私の自前の電動アシスト車いすを畳んで、その上にさらにキャリーケースを乗せられるくらいの収納スペースがある感じでした。駅に着いてからホテルまでとか、電車がないようなルートはだいたいタクシーを使っていましたね。

――ミラノでの電車移動はどんな感じでしたか?

 電車の路線図って駅名が書いてあるじゃないですか。あれで車いす対応の駅かどうかがわかるんです。

 駅名の横に車いすマークがあるとことろとないところがあって、ある場合は基本的には車いすでもオーケー。エレベーターがあったり、構内がフラットだったりするよってことなので、自分の行きたい駅がどうなってるのか乗る時にそのマークがあるかどうかを確認し、そこに向かうという感じでした。車いすマークがない駅の場合は、その駅でスロープの対応をお願いしたりしました。

――日本とイタリアの交通インフラ双方を体験してみて、それぞれの違いなどがあれば教えてください。

 それぞれに良い点と悪い点はあると思っています。日本だったら、自分が降りたい駅がバリアフリーかどうかが駅の路線図を見てもわからなかったりする。なので、駅員さんに聞かなきゃいけなかったりするんです。

 私は普段から公共交通機関を使って移動しているんですが、例えば電車に乗る時だと駅員さんに降りたい駅を伝えて、その駅での手配が済んでから乗車します。すると、降りたい駅での手配ができるまで待つんです。山手線みたいに電車が2 〜3分に1本走っているレベルだと平均で4〜5本逃すんですよね。

 なので「この乗り降りが自分ひとりでできればもっと楽なのに~」って思うことがよくありました。

 でも、イタリアだとある程度自分でできるようになっているんです。車いすマークのあるバリアフリーな駅だと、駅員さんがいないこともありました。だから逆にひとりで乗車ができるんですけど、エレベーターのある出口を聞きたくても聞けなかったりだとか不便な面もありました。

 それで気が付いたんですが、自分だけでできる環境が整っているっていうのは、そこで生活をしている人にとっては優しい環境でも、その街を知らない観光客にとってはあまり優しくないんじゃないかなあと。

イタリアは駅の階段昇降機も自分で操作する!?

 イタリアでエレベーターがない駅とかエレベーターが工事中の場所では、階段に設置されている昇降機を使わなければいけないことがありました。でも、その昇降機ですら自分で動かすんですよ。やばくないですか?(笑)

 最初それがぜんぜんわからなくて、もちろん操作方法はボタンごとにちゃんと書いてあるんですけども、全部イタリア語なんですよ。英語ですらないみたいな。

 それでもなんとか理解しようとGoogleレンズで撮って翻訳するんですけど、やっぱりちゃんとは翻訳されなくて…。どこにも駅員さんが見当たらなかったので質問もできなくて「もうやるしかない!」って触っていたら警報を鳴らしちゃって(笑)。

 そうしたら裏から駅員さんが出てきて「このボタンを押したら警報器鳴っちゃうからダメだよ」って教えてもらいました。その後、昇降機を操作してくれて、やっと地上に出られました(笑)。

 そういう体験を踏まえた上で考えると、日本では自分がいろいろとわかっている場所だからこそ、「駅員さんに頼まないで自分ひとりで行けたら楽なのになぁ」って思っていたんですよね。でもそれはそこに住んでる人だけがうれしいことなんだなあって。

 初めてその土地を訪ねる観光客からしたら、日本みたいに昇降機を操作してくれるとか、いろいろと手配してくれるっていうのは、すごくありがたいことなんだなと気が付きました。

 イタリアは自分ででき過ぎるようなシステムで、住んでいたらありがたいんでしょうけど、観光客だとわからないし、イタリア語も理解できないし、全然知らない街だからすごく大変でした(笑)。

 次回インタビュー後編では、葦原 海さん流のSNSの使い方や日本でのバリアフリー推進についてなどをお聞きする。

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