スタートアップ支援は事業と知財の融合を学べる絶好の機会~特許2.0時代の専門家のあり方とは
【「第3回 IP BASE AWARD」エコシステム部門奨励賞】ソシデア知的財産事務所 弁理士 小木智彦氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
第3回IP BASE AWARDの奨励賞を受賞したソシデア知的財産事務所の小木 智彦氏は、宮崎県を拠点に九州地域のスタートアップや中小企業、個人事業主の知財支援活動を行なっている。佐賀大学発スタートアップである株式会社オプティムには上場前から知財支援を行ない、近年では宮崎市の個人発明家の特許から電気のいらないアシスト自転車「FREE POWER」が商品化するなど地方発のアイデアを全国・世界のビジネスへと発展させている。地方で活動する専門家のあり方、知財支援のポイントを伺った。
販売方法を知らずに強い特許は書けない
大学院を中退し、何をやっても中途半端で自信がなかった、という小木氏。弁理士を志したのは、外資系のシステム・エンジニアとして海外の研究開発部門とやりとりしていた経験がきっかけだそう。
「ボストンの開発者に対して、日本の厳しい顧客要求に応えられるよう細かい仕事を依頼する必要があります。依頼しても彼らから返信をもらえないことが多いのですが、自分が書いたメールには反応して仕事をしてくれることに気が付きました。そのとき自分は、メール等の文章で情熱を込めて客観的に説明することは、人よりも得意なのではないかと気付きました。
エンジニア時代は、将来、IT業界で生きていくには、他人よりも優れた技術を自分が持っていなくてはいけないと感じていて、英語が得意だったので、翻訳業を志そうと考えました。翻訳業のうち、特許翻訳が最も報酬が高いことに気が付き、特許業界の存在を知りました。そこで、弁理士という資格を知り、予備校に通い始め、当時、予備校の人気講師をしていた弁理士の先生と出会い、思い切って退職し、その先生の事務所で働きはじめました」(小木氏)
弁理士に面白味を感じるようになったのは、前職の特許事務所の所長との出会いだ。「先生に出会ったとき、あまりにクリエィティブな方だったので、僕もそうなりたいと思いました。先生や事務所の諸先輩方から、この業界で働く喜びと大変さを教わりました」
修業時代は、主に海外の大手IT系企業の権利化を担当。当時のIT業界では、ソフトウェアをCD-ROM等に記録したパッケージ販売からウェブサービスへと移行し始める時代であり、どうやってソフトウェアのアイデアを特許で守るかは議論になったそうだ。
「最近になってプログラムの特許が認められるようになりましたが、当時はシステムが保存されたハードウェアがないと権利化できませんでした。パッケージソフトを保護するのではなく、ASPやクラウドサービスを保護する必要があり、フローチャートをそのまま権利として取得する方法の特許を取ることに意味があるのでは、という議論をした記憶があります。その経験から学んだのが、販売方法を知らずに強い特許が書けないのでは、ということです。ソフトウェア特許に限らず、今では、ビジネスモデル特許が実質的に認められる時代になりましたが、事業家や投資家に説明する新商品が直接的に権利を取得できている必要があり、販売方法を含めたビジネスモデルを加味した特許を考える必要があります」
コーチングで経営者や事業の内的な個性を伸ばす
2011年に宮崎県でソシデア知的財産事務所を開業。佐賀県発のベンチャー、株式会社オプティムには上場前から知財支援を続けているほか、九州のスタートアップ、個人事業主や中小企業に対して知財支援を提供している。
「アイデアは都会の会議室で生まれるよりも、地方の現場で生まれるほうが強い特許になる」という信念から、地方の発明は決して軽視できないと小木氏。大企業のような高度な研究開発に基づく特許はあまり多くないが、事業に密接した効果的な特許を求められるため、経営者からは特許技術の説明ととともに、その技術をマネタイズする事業全体の説明を聞いて、特許をどう取得すれば効果的かという提案をしているそうだ。
「特許提案書と呼んでいますが、スタートアップ等の中小企業の方には、特許のための資料を作成して頂く時間がないので、特徴的な発明や技術の説明を口頭でしてもらい、その説明に基づいて、抑えるべき特許を、その会社の事業を含めて提案する提案書を作成して進めています。
個人事業主でもスタートアップでも、それぞれに熱い想いを持って事業に取り組んでいますので、その事業に基づく自信を持った技術が、新規性や進歩性が厳しく特許が取得できそうにないことも多々あります。しかし、新規性を否定する先行技術があっても、彼らの考える方向性で、さらに進んで未来の形を、その方の個性に沿ってコーチングすることが知財専門家に必要とされていると考えています。
技術の進歩は、発明の単一性に示される一定の方向性があり、考え方の方向性を伸ばしていけば、どこかで進歩性が担保されて特許が取得できるのです。今、特許にならなくても、この考え方をお伝えして、2ヶ月後にお会いすると、新たなアイデアが沢山出てきて、新規性や進歩性が担保でき、しかも事業にマッチした発明になることもあります。それが、経営者の個性を活かした発展を促すものであり、事業の未来も経営者に創造してもらうことができます。」(小木氏)
コーチングによって経営者や事業の個性を伸ばし、経営者自身のモチベーションを向上させていくのが小木氏の支援スタイルだ。
「特許は、その人や会社が、その技術分野において秀でていることを示すインデックス(指標)のような存在とも言えます。特許書類に、その技術すべてを記載することはありません。そのインデックスが示すものは、技術的な内容でありますが、特許権者の好奇心が突き進んだ証とも言えます。好奇心、もっと言うと自己実現のようなものです。個人でも法人でもこの個性を伸ばすように、インデックスに基づいて知財専門家が応援すれば、経営者のモチベーションが上がり、自然と特有の技術が出てきます。経営者の内的な発見を促すような、モチベーションを上げる力が知財活動にはあると思います」
個々の企業への支援のほか、地域エコシステムの活動として、(一社)くまもとデザイン協議会、大熊本証券株式会社との提携で無形資産マッチングサービス「iAm:アイ・アム」へも小木氏は参画。高齢化した旅館や養殖所をDX化し、若年労働者や障がい者が働きやすい職場づくりなど、知財の活用した地域課題の解決にも取り組んでいるそうだ。
地方発のアイデアが経済を変える
こうした地域企業を知財で支える活動が評価され、第3回IP BASE AWARDでは奨励賞を受賞。地域の専門家としてのあり方、大事にしていることを伺った。
「地域経済を自律的に成長させるための知財マッチングを行なっています。観光開発や災害支援など、ハードとなる建物をデベロッパーが建設しても、建設後の運用フェーズで関係者が撤退してしまっているケースがあります。そのような美味しいところだけを摘み食いされてしまっている状態では、地域の自律的なエコシステム構築は難しい。
そこで、地域企業が各々に持っている小さなネットワークを、シーズとニーズのマッチングとして考え、小さな特許等のアイデアを企業の技術課題にあてはめていく活動をしています。
地域の専門家について心掛けていることとしては、『お山の大将』にならないことです(笑)。その地域に根付く専門家が少なく、顧客との情報格差が大きいため、どうしても専門家が優位になりがちではないでしょうか。自分は弁理士として、機械やソフトウェアの特許に関してはある程度の自信はありますが、商標や意匠に関しては独立して10年しかやっていないのです。しかし、10人程度しか弁理士がいない宮崎にいると、当然、商標でも専門家と思われてしまいます。専門家に対して誰も疑っていないので、修行僧のように、自分自身を常に疑い続けないと危ない。自分自身が認める専門性と他人が専門家として求める分野を明確に区別して、謙虚に勉強しなくては……と自分に言い聞かせるようにしています」(小木氏)
知財専門家はそれぞれ得意分野があり、考え方も違う。しかし、専門家の数が少なく、事業特性に合った専門家に出会えないのは地方企業の弱点だ。小木氏は、地方の企業でも各分野の第一人者の専門家の知識を参考にできるように、全国で活躍している著名な知財専門家を九州に招き、地域の企業の経営者や自治体の支援担当者に講義するイベントを2023年に企画しているそうだ。
「日本の企業が競争力を高めるには、知財専門家の働きかけで、投資家や金融機関等を含めたビジネス界にもっと知財を理解してもらうことが必須です。幸い、2021年のコーポレートガバナンス・コードの改訂で、投資家及び金融機関が本格的に知財に興味を持ち始めました。私も、iAmで活動をして、地域の証券会社の方々と出会ったのですが、証券マンは、『企業の小さな情報でも株価に影響を与える』という感覚を元来お持ちなのか、丁寧に知財情報を扱っていただけるという印象を持ちました。知財専門家と金融のプロである証券会社が組めば、知財金融をうまく進められるのではという感覚を持ちました」
実際に、宮崎の発明家のアイデアが知財によって地域経済を変えた例もある。宮崎市の浜元陽一郎氏が開発した自転車用の高効率クランクギア「FREE POWER」は、その特許をもとに大手グループと業務提携し、今や全国で販売されている。
「7年前に浜元さんが自転車のギアの特許を持って、特許の事業化について相談されたときは正直、残念ながら自分にできることはあまりないなと思いました。しかし、浜元さんの継続的な努力で、今は地元の大手小売りスーパーでも販売されているわけですから、アイデアは実現するまであきらめてはダメなんだな、と僕自身が浜元さんから学ばせてもらいました。知財マッチングとしては、いわゆる『川崎モデル』(川崎市による大企業の開放特許を活用した中小企業の自社製品開発支援事業)のような支援が注目されていますが、その逆もあるべきと考えています。地方のアイデアを都市に出していく流れが当たり前になるシステムを作っていきたいです」
ただし、FREE POWERの成功は浜元氏の熱意と開発力があったからこそ、と強調する。地方発の発明を多くの人に知ってもらうため、九州のイベント会場で個人の発明品の展示や、SNSでの発信から地道に活動を広げているそうだ。
「浜元氏の例で学ぶのは、特許と事業が一体化する必要があり、特許だけで成功を目指すのはなかなか難しいと考えています。やはり試作品ができていないと、買い手には伝わりにくい。FREE POWERも、当時商品棚に並ぶほどの商品にはなってはいませんでしたが、技術的な効果がわかる製品にはなっており、効果を裏付けする実験データを取ることもできていました。後は商品化(工業デザイン化)して売るだけで良かったわけです。最も大事なこととして、浜元さんは、自転車のギアのデッサンを何枚も描かれていましたが、この絵が大変美しく、発明を愛していたことが伝わります。
iAmで現在、社会実装できていない特許をマッチングにより活用することを試みていますが、ビジネスモデルが見えない特許は全くマッチングが進みません。産学連携の成果が上がりにくいように、特許権者が社会実装する熱意がなければ、知財マッチングは成立しにくいでしょう」
企業の知財価値が変わる“特許2.0時代”
コーポレートガバナンス・コードの改訂によって無形資産に対する世の中の評価も変わってきている。これを小木氏は“特許2.0時代”と名付けている。
「特許といえば、まず、侵害してはいけない! という意識が先に働くと思いますが、それよりも特許がビジネスに大きなインパクトを与えていることがあります。上述のFREE POWERへの出資を前述の企業が公表した後、同社の株価は、急上昇しました。知財コンサルの調査では、数百億円の時価総額を生み出したと言われています。スタートアップ企業でも、特許を取得したプレスリリースや、知財IRを出すことで、株化上昇に貢献することがストップ高になった例はあります。
また、任天堂とコロプラの特許侵害訴訟の和解額は、33億円でした(コロプラ「和解による訴訟の解決及び特別損失の計上に関するお知らせ」より)。これを上述の数百億円と比較すると、特許侵害で損害賠償請求額を懸念すると同時に、特許を取得することで投資家や事業承継者から獲得できる資金を特許が大きく左右するのではないかという視点が必要になったのではないでしょうか。特許のビジネス上の意義が大きく変化してきたと考えています」(小木氏)
大手企業がSDGs関連特許への知財活動を公開するなど、投資家に知財を開示する試みが始まってきている。特許を活用した投資家へのアピールはこれから広がっていくだろう。「上述のストップ高となった企業のIRを見た証券マンは、この特許のプレスリリースは、金融関係者にとっても理解しやすく、金融関係者の用語が使われていると好評でした。知財関係者が、いかに金融関係者にわかりやすく知財情報を伝えるかが大切な例と言えるのではないでしょうか」
一方で、創業したばかりのスタートアップは、知財にかけられるお金がない。小木氏はスタートアップ支援に関しては、知財専門家側は、あまり利益は期待せず、勉強と考えているそうだ。
「大手企業の知財部とのやりとりでは、知的財産業務の一部しか見ることができませんが、スタートアップの支援では、事業戦略や広報まであらゆることに関われる。事業と知財の融合を学べる絶好の機会がスタートアップの仕事。僕の場合は、この経験で得たノウハウは、中堅や大手企業の仕事に役立っています。スタートアップは研究対象として取り組んでいけば、自然とほかの仕事が増えると信じています。なかなか、増えないのが現状で、それが弊所の課題です(笑)」
最後に、これから地方の専門家に求められる働き方について伺った。
「企業にオープンイノベーションをアドバイスする専門家自身が、オープンイノベーションをしていないようにみえることが日本の課題ではないでしょうか。これからの時代、企業を導く人もオープンでなくてはいけない。専門家も自分たちの知識を共有し、さらに高めていかなくては生き残れないでしょう。ただ、専門家は知識で食べているので、ほかの専門家に対して何をオープンにし、何をクローズにするかを切り分けていくことが重要になります。また、僕ら自身がオープンイノベーションするためには、情報が陳腐化しているのではないかと常に疑い、次のビジネスステージはどこなのかを探っていくことも大切です。
世の中は、「デザイン思考」から「アート思考」に変わっており、専門家もクリエイティブでなければ生き残れない。知財業界も、他人と共創する社会を創り出す集団であることが求められているでしょう。そのためには、情報とビジネスの瞬時の取捨選択ができる覚悟と思い切りが我々知財専門家にも求められます。とはいえ、知的好奇心こそ我々も企業も原動力ですよね。未来を楽しみながら創造していきます」