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小島寛明の「規制とテクノロジー」 第197回

給与のデジタル払い、メリットが見えづらい

2022年09月22日 09時00分更新

文● 小島寛明

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 給料をキャッシュレス決済の口座で受け取る、「給与のデジタル払い」が解禁されそうだ。

 2022年9月13日、報道各社が一斉に報じた。

 同日付の日経新聞は、新しい給与の振り込み方が認められる時期を「2023年春にも」と報じている。

 最短で2023年4月ごろから、PayPayや楽天ペイ、d払いといったスマホ決済サービスの口座で給料を受け取ることができる制度が始まりそうだ。

 キャッシュレス決済の口座で給与を受け取れるようになることで、暮らしが少し便利になりそうな予感はするが、一方で、いくつもの疑問が浮かぶ。

 銀行のように、気軽に現金を引き出すことができるのか。サービスを提供する企業が経営破たんしたらどうなるのか――。

 具体的な制度設計について、現時点で見えていることを整理してみたい。

仮想通貨は対象外

 このニュースを目にして最初に頭に浮かんだのは、ビットコインなどの仮想通貨は今回の新制度の対象に含まれているか、という疑問だ。

 仮想通貨の価格の高騰に注目が集まっていた4〜5年前、一部の企業が仮想通貨で給与の一部を受け取れる仕組みを導入し、ニュースになっていた。

 しかし、今回の新制度では、仮想通貨は対象から外れた。

 「デジタル払い」が議論されたのは、13日に開かれた厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会の場だ。

 この会議で配布された資料には「資金移動業者の口座への賃金支払について 課題の整理⑦」というタイトルが付いている。

 PayPay、LINE Pay、楽天ペイなどの事業者は、法律で資金移動業者と呼ばれていて、この資金移動業者の一部が新たな給与の支払い方法を担うことになる。

 一方で、仮想通貨の取引所は法律では「暗号資産交換業者」と呼ばれており、今回の新制度の対象には想定されていない。

 値動きの激しい仮想通貨で給与を支払うのは、そもそもリスクが高すぎるため、検討のテーブルに上らなかったのだろう。

月1回、手数料無料で現金引き出し

 8月末現在、資金移動業者として85社が登録されているが、給与のデジタル払いに対応する業者には厳しい条件が課せられる。

 多くの店でスマホ決済ができるようになったものの、やはり日常の暮らしの中で現金が必要なこともある。

 資金移動業者に対しては、利用者のスマホ決済口座に振り込まれた給与ついて、銀行やコンビニ、スーパーなどに設置されたATMで現金を引き出せる仕組みを整えることが求められる。

 しかも、月に1回まで、ユーザーの手数料負担は無料となる。

口座の上限は100万円まで

 経営破たんするケースに備え、デジタル払いに対応する業者に対しては、破たん時にユーザーの口座残高の全額を速やかに保証する態勢の整備も求められる。

 ユーザーが保有するスマホ決済用の口座の上限額は100万円となる。

 口座の残高が100万円を超えた場合は、ひも付けられた銀行口座に、自動的に超過分の金額が送金されるといった仕組みも用意する必要があるのだろう。

 さらに資金移動業者に対して、とても重く響きそうな条件がある。

 資料に記載された制度設計案には、「賃金の支払に関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ十分な社会的信用を有すること」との記述がある。

 「技術的能力」という文言はおそらく、金融機関のシステム障害が相次いでいる最近の状況を踏まえて盛り込まれたのではないか。

 こうした条件を見ていくと、「デジタル給与」に参入できそうな資金移動業者は、資金力、会社の規模、技術力、社会的信用などを備えた一部の大企業だけということになるだろう。

メリットが見えづらい

 たとえば、生活に必要な買い物のほとんどを、楽天ペイで完結させているため、給料の全額を楽天ペイで受け取りたい、という人も中にはいるのかもしれない。

 仮にそうだとしても、おそらくこうした人はごく一部にとどまるだろう。

 ほとんどの人が銀行口座を中心にスマホ決済、交通系の電子マネー、クレジットカードなどを場面に応じて使い分けているのではないか。

 そうなると、「給料の全額をスマホ決済用の口座に送金してください」とは言いづらい。

 「給料の7割をいままでどおり銀行口座に、3割をキャッシュレス決済用口座に振り込んでください」という方法を企業が認めるのなら、けっこう便利そうだが、経理担当者の負担が増えそうだ。

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