評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『シューベルト:交響曲第8番《未完成》&第9番《ザ・グレイト》』
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団, ヘルベルト・ブロムシュテット
95歳の現役大指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットの最新アルバム、1998年~2005年までカペルマイスターを、今は名誉指揮者を務めているライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とのシューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」、第9番ハ長調「ザ・グレイト」。
ブロムシュテットは1980年代に シュターツカペレ・ドレスデンとシューベルトの交響曲全集を録音しており、次なるプロジェクトではシューベルトとのつながりがあるオーケストラとの再録音を望んでいた。そこで、1839年にシューベルトの死後初めて交響曲第9番を演奏した歴史を持つ、世界最古の市民オーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を選んだ。古巣に戻ったのだ。
素晴らしい。もっともオーソドックスで、もっとも音楽的で、もっとも感動的なシューベルトだ。シューベルトらしい息の長いフレーズを、適度な緊張感を持たせながら、シューベルト的なロマンティシズムも同時に聴かせる手腕はたいしたものだ。この素晴らしく深い演奏がハイレゾの高音質で聴けることに感謝しない人はいないであろう。ライプツィヒのゲヴァントハウスでの収録だが、録音も実に明瞭で、細部への気配りと全体とのバランスが行き届いている。本オーケストラならではのピラミッド的な周波数バランスと悠々とした音進行が、耳に心地よい。2021年11月、ライプツィヒ、ゲヴァントハウスにて録音。
FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
日本を代表するフュージョンバンド、カシオペアに在籍していたドラムス・神保彰/キーボード・向谷実/ベース・櫻井哲夫の3人が結成した「かつしかトリオ」。かつしかシンフォニーヒルズで初回ライブを敢行したので、「かつしかトリオ」とネーミングしたのである。
本アルバムにはレッド、ブルー、イエローをテーマにした3曲が収録されている。「Red Express」、「Shining Blue」、「柴又トワイライト」---だ。各曲にキーワードが与えられている。「Red Express」のキーワードは「テクニカル」。演奏も録音もキレ味抜群。寄らば斬るぞというシャープネスとコントラストで、ハイスピードで迫り来る。楽曲中盤のソロ披露は、まさに名人芸の饗宴。神保彰のドラムスがどんな時でも盤石にサポートしている。「Shining Blue」は「メロウ」。向谷実のアコースティックピアノが実存感があり、聴き応え十分。独特の存在感を聴かせる。「柴又トワイライト」は「ダンサブル」。ドスの効いたリズム、風鈴の音と、日本的な五音音階のアコースティックピアノの明晰な調べが調和する。
FLAC:96kHz/24bit
株式会社音楽館、e-onkyo music
『Schubert: Piano Sonatas, D. 840 & 959』
Elisabeth Leonskaja, Franz Schubert
シューベルトはロシアの名ピアニスト、エリザーベト・レオンスカヤが長年、弾いてきた作曲家だ。「取り組めば取り組むほど、その先に行きたいという気持ちが湧いてくる作曲家。今の私にとってそれがシューベルトなのです。本当に多彩で音楽的、哲学的、文学的な創意にあふれています。どのソナタにも彼の個性や横顔が感じられて興味深く、初期のハイドン的な様相、後期のマーラーのような、時代を先取りしたものまでピュアなリリシズムが感じられます」と、語っている。本アルバムは15番ハ長調と20番イ長調の組み合わせ。
味わいの深いシューベルトだ。インテンポをそのまま続けるのではなく、ここぞというところでアゴーギクし、訴えたいフレーズを強調して聴かせてくれる。弱音のしっとりとした豊かな感情から、強音の強烈なアタックまで、音楽的なダイナミックレンジが極めて広大。ピアノの音色は喩えようもないほど、美しい。センターに定位するピアノの音像は適切なサイズ。響きは多いが、それはピアノの直接音を音響的にサポートする役割に徹し、ピアノ音自体はたいへん明瞭なのだ。旋律、副旋律、和音が、クリヤーに聞こえ、それらの総和も透明な響きを保つ。選曲、演奏、録音の3拍子揃った名ハイレゾだ。2015, 2017年、ブレーメン・ゼンデザールで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Warner Classics、e-onkyo music
『Off Course 1982・6・30 武道館コンサート40th Anniversary[Live]』
オフコース
1982年6月、オフコース日本武道館ライブ「1982 OFF COURSE Concert“over”」の映像作品『Off Course 1982・6・30 武道館コンサート』の音声をリマスタリングし、ハイレゾ化した。40年前のライブが新鮮に甦った。ライブらしく、ひじょうにリバーブが厚く、会場的な響きも多いが、ヴォーカル音像は明瞭に立つ。ドラムス、ギター、ベースなどのバックの音像定位も明確だ。ライブ的なハイファイなので、まさに1982年6月の武道館の現場にて、現実的に聴いているイルージョンが得られる。オフコースのファンにとっては思い出深きライブに違いない。
FLAC:48kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
『The Dvorak Album』
Jan Vogler, Juho Pohjonen, Kevin Zhu, Matthew Lipman, Chad Hoopes, Tiffany Poon
ニューヨークのチェリスト、ヤン・フォーグラーのドボルザーク集。彼が芸術監督を務めるモーリッツブルク音楽祭(ドレスデン近郊のモーリッツブルク城で、毎夏開催される室内楽を中心とした音楽祭)に出演する若きアーティストとの協演だ。
チェロは、あらゆる弦楽器でもっとも感情表出が濃い楽器だが、フォーグラーがチェロとピアノのためにアレンジした名曲「わが母の教え給いし歌」を聴くと、それがありありと分かる。最初は低音で旋律が奏され、それはそれで感情的なのだが、オクターブ上で奏される繰り返しが凄い。高い音域で、深くヴィブラートを掛けられると、涙腺神経が大いに刺激されるのである。その効果をしっかりと使うのはさすが。音場は深く、響きも豊潤。音像は輪郭で聴かせるというよりは、ホールトーンと共に臨場感がたっぷり感じられる。
FLAC:192kHz/24bit
Sony Classical/Sony Music、e-onkyo music
吉田拓郎のラストアルバム。以前の作品に比しても、76歳にして声質がまったく変わっていないのは驚異的だ。「1.ショルダーバッグの秘密」はリズムが明解なシンプルなロック。左右にギター、センターにドラムスとベースという明瞭なレイアウト。ダブルトラックの拓郎のヴォーカルは威勢がよく、前進力が強い。これほど心地好い進行の曲が作れ、歌えるのだから、今後とも頑張って現役を続けて欲しいものだ。
「2.君のdestination」はラテンロック。流れがスムーズで、自然に生まれたグループが気持ち良い。「3.Contrast」はまったく典型的なタクローのメロディ進行であり、マイナーとメジャーを行き来する分かりやすいコード進行だ。「4.アウトロ」は焦燥的に感情が深い。「7.雪さよなら」は1970年に発売された1st アルバム「青春の詩」に収録された「雪」の完結編として新たに歌詞が加えられ、タイトルも「雪さよなら」として新録された。かつてはこのアルバムをよく聴いていた。シンプルなコード進行の「イメージの詩」が好きだった。「雪」のイメージを残し、それからの50年の譜が加わった歴史的な名曲。間奏のアコースティック・ギターが味わい深い。掉尾を飾るタイトルチューン「9.ah-面白かった」は人生に悔い無しの詩。これはシングルトラックであることも、シンプルに別れを告げるメッセージではないか。
FLAC:48kHz/24bit
avex trax、e-onkyo music
『Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021[Live]』
久石 譲
「Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021」は『もののけ姫』交響組曲の2016年改訂版をさらに改訂したもの。最新録音だけあり、音調がフレッシュ。「5.Ⅴ. Mononoke Hime[Live]」は女声ヴォーカルがテーマソングを歌う。センターに定位し、オーケストラときれいに溶け合ったいる。オーケストラは細部まで徹底的にえぐり出すという方向でなく、ライブの雰囲気を活かした、ソノリティ豊かなもの。21年7月、すみだトリフォニー、東京芸術劇場コンサートホールで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Universal Music LLC、e-onkyo music
元祖アニソンシンガー、森口博子。これまでもe-onkyo musicで配信しているガンダムソングカバーが人気を博している。本作は『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』主題歌「Ubugoe」を中心にしたミニアルバム。明瞭な語り口とアーティキュレーションで、作品の世界観を十全に語るという意味では、森口博子は抜群の表現力を持つ。大きなヴォーカル音像が中央に定位し、リバーブは最小だから、森口の優れた歌唱のディテールをダイレクトに堪能できる。伴奏ではドラムスを特に明瞭にフューチャーしている。
FLAC:96kHz/24bit
キングレコード、e-onkyo music
『Beethoven: The Symphonies』
Chamber Orchestra of Europe, Yannick Nezet-Seguin
もともと2020年4月にベートーヴェンの生誕250年を記念して計画されたプロジェクトだが今、やっと陽の目を見た。ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管弦楽団のコンビではシューマン、メンデルスゾーン交響曲に次ぐ、3回目の共演。
軽快で、雄暉、そして敏捷……聴き慣れた音楽から、まったく新しい曲想を引き出す。実に新鮮で、聴いたことの無いベートーヴェンだ。あらゆるフレーズにヴィヴットな生気が漲り、ハイスピードで駆け抜ける。爽快で、痛快な最先端のベートーヴェンだ。俊速な中にもアクセントが籠もり、メリハリの効いたダイナミックな音楽が展開する。「英雄」第1楽章の3拍子はまるで俊速舞曲のよう。「運命」の休止符の短さにも驚く。「田園」も田舎の情緒を感じる間もなく、田舎道をフルスピードで駆け抜ける。7番第4楽章は、まるで新幹線。ハイスピード、ハイシャープネス、ハイコントラストな新時代の超特急ベートーヴェンだ。録音は極上。ソノリティとオーケストラの直接音が、上手くバランスしている。2021年7月、バーデン・バーデンの祝祭劇場で収録。
FLAC:192kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Ella At The Hollywood Bowl: The Irving Berlin Songbook[Live]』
Ella Fitzgerald
エラ・フィッツジェラルドの発掘音源は、1962年のベルリンでの『エラ ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』が有名だが、本アルバムは最近、見つかった未発表音源だ。1958年のロサンゼルスはハリウッド・ボウル公演のライヴ録音。ポール・ウェストンの編曲・指揮によるハリウッド・ボウル・ポップス・オーケストラの伴奏になる、アーヴィング・バーリン特集だ。ライブ収録的な臨場感と、オーディオ的な明瞭さを同時に備えた名録音だ。センターに、ヴォーカルが定位し、その背後をビックバンドが陣取る。バンドはマッシブで、細部はいまひとつ曖昧だが、エラのヴォーカル音像はたいへん明瞭で、輪郭も鋭い。ボディ感もたっぷりとし、伸びがクリヤーで、透明度も高い。剛性感が強く、徹底的に濃いのである。いかにもアナログ的な音調が今、聴くと実に心地好い。1958年8月16日、ハリウッド・ボウルで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Verve、e-onkyo music
訂正とお詫び:ジャケット画像に誤りがあったため訂正しました。(2022年8月30日)
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