まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第75回
〈後編〉アニメの門DUO 福原慶匡×まつもとあつし対談
モンスタークライアントを増長させないためにできること
2022年05月29日 18時00分更新
クライアントは「自分の給料が担保される」ほうを選びがち
まつもと アニメの世界でも段階的にチェックバックがありますよね。たとえば原画の段階、動画検査の段階とか。
福原 アニメの現場にはプロしかいないので、そこでのトラブルはこだわりというすごく高い次元でのチェックバックの違いはあると思います。対して、僕らが本で書いているクライアントとクリエイターのトラブルはもっと基本的な内容です。
まつもと となると、今まさに福原さんが手がけられているクリエイティブ――YouTubeで公開するミュージックビデオのためのアニメを個人クリエイターに依頼する――って、プロ集団であるアニメ制作スタジオとは異なる作り方ですよね。おそらくその世界では、先ほどまで福原さんが仰っていたレベルのやり取りが展開されるはずなので、この本に書かれている内容は重要性が高まっていくはずです。
福原 そうですね。さらに、最近は経団連も終身雇用型/メンバーシップ型から、アメリカっぽい“スキルありき”のジョブ型に移行させたい。すると、ここで語っているようなことが多かれ少なかれ様々な場所で噴出すると思います。
まつもと メンバーシップ型の「みんなで一丸となって頑張りましょう」は責任の所在があいまいになりがちです。一方、ジョブ型は責任の範囲を明確にしないとやっていけませんし、そこを評価するための制度です。
福原さんの著書では「クリエイターとクライアント」という書き方ですが、今後は組織の内部でも両者のような関係性がそこかしこで生まれるはずなので、そういった新しい働き方で起こりがちなトラブルを知っておく上でも有用ですね。
納品チェックバックって本当にトラブルが多い箇所で、完全になくせる話ではないけれども、福原さんはクオリティーを追求するクリエイターと、たとえばきっちりした枠組みの中でやってほしいテレビ局のようなクライアントとのバランスはどのうように取っていたのですか?
福原 これは、ホント難しいです(笑) 「何を本当に求められているか?」というシチュエーションによりますね。
僕はかなりクリエイターの肩を持ってしまう側なんです。結構限界までなんとかするためにサポートしたり、クライアント側に掛け合ったりする立ち位置になるので、そのときの僕はどちらかと言えばクリエイター側の肩を持って喋っていますね。
ただ、この立ち位置は「誰に指示されることによって自分の給料が担保されるか?」で変わります。仮に「それは上司だ」と考えたとき、“まだ見ぬ作品がバズってすごい数のお客さんを新規で獲得できて、そのおかげで上司に褒められる”というのは確定していないプラスの未来です。それに対して、“1日納期を割ってしまう”は確定しているマイナスの未来じゃないですか。
まつもと 間違いなく怒られると。
福原 間違いなく怒られる、でももしかしたら1日延ばしたことでクオリティーが高まって人気が跳ねるかも。このとき会社員は立場上、間違いなく怒られるほうを潰さざるを得ないのでは。ただし、社員ではなく会社の代表であれば「いや、この子に賭けた。いいよ、ちょっとくらい。もっと金も使え!」と言えるかもしれません。ですが、決定権を持っていない人では無理でしょう。
まつもと 現在、福原さんは社長の立場で、プロデューサーの部下がいますよね。「何日までに出せ」って言っていたのに、彼らがクリエイターの肩を持って「いや、1日延ばさせてください!」と返してきたら、それはOKを出すんですか? ごめんなさい、ちょっと意地悪な質問かもしれないですね。
福原 事前のさばきだと思います。その熱量って客観的には見えないものじゃないですか。だから事前に説明があれば、延期によって多少なりとも良くなるなら、失敗も込みで経験してもらわないと。
ちょうど似たようなことがありました。うちの社員が「今日リモートでいいですか?」と言ってきたので「どうしたの?」と聞いたら、「どうしてもこの動画で料理を出したいのだけれども、サンプルの映像がなかったから自分で料理を作って撮影したい」と言われたので、「撮ってもいいけれど君が1日かけて料理に注力したら、代わりにどこかが1日削られる。天秤は釣り合ってるの?」と聞きました。
サンプル料理を作ったことによって得られる効果を答えられないなら、それは無駄なこだわりであって、客観的に何かがお客さんに還元されるものではない。逆に、本当にお客さんに還元されるのであれば頑張ってと思います。そこにひとりよがりがないのであれば、良いのでは。
まつもと なるほど。
モンスタークライアントが増長する原因は……?
福原 あと、良い仕事をするためにはチーム全体が良くないとどうにもなりませんよね。クリエイター側だけで頑張るってできませんから。だから僕はクライアントを切ることが多いですね。
まつもと ほう、クライアントを切る?
福原 たとえばブラック企業の部長にめちゃくちゃ怒られるとするじゃないですか。でも、その部長の無理難題を聞くから、また部長は無理難題を言ってくるわけですよね。
まつもと 「こいつには言ってもいいんだ」みたいな。
福原 そうそう。結局、ダメなやつが部長をよりブラックに育てているんですよ。エサをどんどんあげてどんどんブラックにしちゃってる。こいつがエサをあげなかったら部長は死ぬんですよ。
まつもと 死ぬかなあ……死ぬか?(笑) 少なくとも図に乗ることはなくなるかも。
福原 なので、僕は結構言い返しますからね。そうしない限り、自分の良い環境は作れないので。
まつもと それはまったく同感ですね。言い返すのは大事ですよね。
福原 フリーランスのクリエイターがお仕事欲しさにモンスタークライアントの言うことを聞いてしまうと、モンスタークライアントは「あいつは言うことを聞いたから」と別のクリエイターにも同じように無茶ぶりを……というかたちでガンがどんどん広がってしまいます。
みんなで「そういうのはダメだよね」といじめっ子をボイコットしないとダメでしょ? 調子に乗ってるクリエイターも止めなきゃいけないし、ブラッククライアントも止めなきゃいけない。どちらにもなり得る可能性があるから、どちらにも同じくコミュニケーションが必要じゃないかなと思います。
極端な話、キッチンと料理長と店長の間でも同じようなことが起きていると思うんですよ。「こんなに揚げ物のオーダーが溜まっているのになんでまた揚げ物のオーダー取ってきたんだよ!」「お客さんが揚げ物食いたいって言ってるんだからしょうがねえだろ!」みたいな(笑)
そんなときに、「いま揚げ物が溜まっているので、こちらの焼き物とかどうですか?」とお客さんに勧められる店長がいたら円滑に回るよね、みたいな話で、詰まるところ思いやりの話なんですよね。
まつもと 今日は料理のたとえが多いですね(笑) でもわかりやすいです、ありがとうございます。
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