かつて角川アスキー総研などで実施されたセミナー「商人としての編集者」が、KADOKAWAセミナーに舞台を移して再始動。聞き手は以前と変わらず菊地悟さん(新書ノンフィクション課編集長/KADOKAWA)が務め、講師にはノンフィクション作品を得意とする岸山征寛さん(角川新書編集長/同)が登場。単行本の装丁に対するこだわりと本作りに対する考えを伺った。
目次
なぜ「デザイナー」ではなく「編集者」が装丁を語るのか
編集者を迎えるイベントにおいて、なぜ「書籍装丁」をテーマに選んだのか。テーマを設定した菊地さんのイントロダクションからイベントは始まった。
単行本の装丁に焦点を当てる際、その工夫や意図について語るのは装丁家やデザイナーであることが多い。しかし、あくまでも基本コンセプトを握っているのは書籍編集者だ。タイトルや装飾が示す意図、箔押し(※)に込めたニュアンス、紙材の選定なども含め、装丁家・デザイナーと密にやり取りする装丁の工程は、編集者も語るべきテーマであると言える。
出版界では、本を綴じて表紙などをつける作業を表す言葉に「装丁」という表現がある。この「装丁」について、菊地さんは伝説の編集者・岡茂雄の逸話を披露した。柳田國男、金田一京助、南方熊楠などの本を手掛けた岡は、常に「装釘」という表記を好んで使ったという。
岡が活躍した大正〜昭和初期は物流環境が劣悪だったため、綴じ方が甘いと流通の途中で本が壊れてしまうことも決して珍しくはなかった。だからこそ、岡は同じ読み方でも「装丁」ではなく「装釘」を使い、『釘』の1文字にこだわり続けた。完成した本を発送する直前、岡は本を手に取り床に叩きつけ、その強度を確認していたというから驚きだ。
一方、流通が安定した現代に場面を移すと、「最も重視すべき目的は書店で読者に購入してもらうことである」と菊地さん。より多くの人に本を買ってもらうために、装丁にできることとは何だろうか。
装丁に4〜5か月、本文版面だけでも1か月半
岸山さんが多く手掛けるノンフィクション、ルポルタージュ作品の場合、書籍企画は発売の遅くとも1〜2年前から動き出し、装丁は4〜5か月前から準備を始めるという。原稿も何もないところから装丁を考えることはできないため、岸山さんは多くの場合作家と毎月のように定例会を設け、できたところまでの原稿をその都度読む。完成原稿がなくても、ある程度の全体像や話の展開が把握できるので、タイトルやキャッチコピーの方向性についても著者と齟齬(そご)なく進めることができる。
編集者の中には、原稿が完成してから装丁を考える人も多いという。しかし「それでは練られたものが作れない」というのが岸山さんの考え。天地の開き具合やフォントの検討にも時間を要するし、書籍の雰囲気を左右する本文の組版には少なくとも1か月から1か月半は必要だと語る。
書籍のビジュアルについて考えるとき、カバーや帯にばかり意識が向きがちだが、「本文版面にこそこだわりを持つべき」と語る岸山さん。1ページに何文字入るのか、行間を何ミリにするか。新書や文庫では決まっているそれらが単行本でまちまちなのは、想定する読者が本によってそれぞれ違うから。菊地さんも「自分が想定する読者に合った版面を考えるのも編集者の役割」と明言した。
タイトルが違うだけで売上が変わる、企画から買われるまでが編集者の守備範囲
岸山さんの本作りには、店頭での見せ方、見られ方に対する意識も強く反映されている。例えば、上原善広氏のルポルタージュ『四国辺土』は、当初『四国辺土記』『四国辺土紀行』というタイトル案だった。しかし「記」「紀行」という言葉に引っ張られて旅行、紀行文コーナーに置かれてしまうことを懸念し、『四国辺土』に落ち着いた。
一般的に、書店で出版社別に並べられるのは文庫、新書、コミック、児童文庫の4種のみで、単行本はジャンル別に棚が分けられる。歴史的背景から人間ドラマを鋭く描くルポルタージュが観光ガイドの棚に並んでしまうと、本当に関心のある人へリーチしづらくなり、売上にも大きく影響を及ぼす。
最近手掛けた本では、岸山さんは帯の背の著者名までも削りキャッチコピーだけを入れたという、掟破りともいえる試みを紹介。作品・著者特性を鑑みた上で、棚差しされた時には著者名よりもコピーを優先した方がより多くの読者へリーチすると想定し、選んだ結果だという。
本のテーマやジャンルによって、優先して伝えるべきことは大きく変わる。だからこそ、本づくりのコンセプトが明確な岸山さんは、装丁においても読者へのアプローチを盛り込むことができる。企画から本文、装丁、売上まで、本作りにおいて編集者の舵取りがその本の出来を左右するのだと改めて感じさせる話を伺うことができた。
※箔押し・・・箔を、プレス機を使って熱と圧力で紙に転写する特殊印刷方法。
【講師プロフィール】
岸山 征寛
株式会社KADOKAWA/角川新書編集長
書籍編集者。1980年千葉県船橋市生まれ。神奈川県立相模原高校卒業後、一橋大学社会学部入学。2004年KKベストセラーズに入社。書籍編集部に配属。『六星占術によるあなたの運命』(著:細木数子氏)チームの一員となりつつ、学術ノンフィクション(以後、NF)を作りたいので佐藤優氏、大澤真幸氏、森達也氏らにアプローチ。07年に占いと自己啓発のない世界を求め、角川書店(当時)に転社。主に文芸書を担当しつつNFも作り続け、14年からは新書・NFをメインに。新書の主なベストセラー作品は10年『デフレの正体』(著:藻谷浩介氏/50万部/新書大賞2011第2位)、13年『里山資本主義』(著:藻谷浩介氏・NHK広島取材班/40万部/新書大賞2014第1位)など。単行本の主な受賞作品は18年『八九六四』(著:安田峰俊氏/第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞)、19年『狼の義 新 犬養木堂伝』(著:林新氏・堀川惠子氏/第23回司馬遼太郎賞)など、担当作品の受賞数は10個を超える。15年には三省堂書店京都駅店で岸山フェアが開催された。20年より現職。
菊地 悟
株式会社KADOKAWA/新書ノンフィクション課編集長
PRSJ認定PRプランナー。1980年山形県村山市生まれ。山形県立山形東高等学校卒業後、横浜市立大学商学部経営学科入学。2004年角川書店(当時)入社。販売部に配属され、書籍及び新書の販売企画・マーケティングを手掛ける。09年の角川つばさ文庫創刊にともない、事業計画立案や宣伝・販促プロモーション分野を担当。10年に書籍編集部に異動し、11年新書『信頼する力』(著:遠藤保仁/11万部)、12年単行本『上昇思考』(著:長友佑都/25万部)、13年新書『自律神経を整える「あきらめる」健康法』(著:小林弘幸/20万部)などを手掛ける。13年、角川EPUB選書の立ち上げを副編集長として経験したのち、角川oneテーマ21副編集長、角川新書編集長などを経て現職。2017年1月に刊行した『うつヌケ』(著:田中圭一)は単行本編集時より担当、主にプロモーション分野を手がけて34万部となり(電子書籍含む、2018年3月現在)、同書タイトルはユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。