特許出願するかの判断基準など、起業家が知るべき知財戦略
「起業家が知るべき、サービスリリース前にやっておきたい知財とPR」レポート
特許庁ベンチャー支援班は、近畿経済産業局が取り組む「U30関西起業家コミュニティ」とともに、知財セミナーイベント「起業家が知るべき、サービスリリース前にやっておきたい知財とPR」を2021年7月8日にオンラインで実施した。
このセミナーイベントには、特許庁総務部企画調査課ベンチャー支援班の今井悠太氏、経済産業省 近畿経済産業局 産業部 創業・経営支援課の久本氏、iCraft法律事務所 弁護士・弁理士の内田誠氏などが参加し、特許庁や経済産業省が提供するスタートアップ向け支援施策や、スタートアップ知財戦略の考え方などを紹介。また後半では、U30関西起業家コミュニティに参加する起業家3名による知財戦略に関する質疑応答が行なわれた。イベントの司会進行は、角川アスキー総合研究所 ASCII STARTUPのガチ鈴木が担当した。
特許庁と経済産業省が提供するスタートアップ向け支援施策を紹介
まずはじめに、特許庁の今井悠太氏が、特許庁が提供しているスタートアップ支援施策を紹介した。
「IP BASE」は、特許庁が運営する、スタートアップが知財について知りたい情報を提供しているサイトで、国内外ベンチャー企業の知財戦略事例集や、先輩スタートアップ経営者の知財に関するインタビュー記事を提供。この他、全国各地で無料のセミナーやイベントや、メンバー限定の勉強会などを開催したり、SNSやYouTubeなどでの情報発信も行なっている。
また、創業期のスタートアップに対してビジネス専門家及び知財専門家から構成される知財メンタリングチームが知財戦略の構築を支援する「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」も提供。このIPASは2018年にスタートし、これまでに支援企業が40社、資金調達に成功した企業が22社といった成果をあげている。合わせて、過去のIPASの事例集をIP BASEで公開している。
このほかにも、スタートアップに対して特許の審査請求料や特許料、国際出願に係る手数料の減免制度や、短期間で審査が行なわれる早期審査制度の提供、47都道府県での無料相談窓口の設置なども行なっている。
次に、経済産業省の久本氏が、「U30関西起業家コミュニティ」について説明。
U30関西起業家コミュニティは、関西の若者起業家のネットワーク構築を目的として、3月末にFacebook上で立ち上げたクローズドなコミュニティだ。参加対象者は、30歳未満の近畿に所縁のある起業家もしくは起業を志している人とされ、同世代の起業家との交流や、信頼できる支援者などとの出会い、限定イベントなどによる知見を得る場となっている。また、コミュニティには、起業家以外に、起業家支援組織や専門家メンター、先輩起業家なども参加している。
活動内容は、Facebook上での交流や、隔月1回程度のオンライン交流会やメンターによるオンラインメンタリング、不定期のイベント実施、起業の体験談やナレッジ共有といった週2~3回の記事投稿などが行なわれているそうだ。
スタートアップの知財戦略のポイントとは
続いて、iCraft法律事務所 弁護士・弁理士の内田誠氏が、知財戦略の意識の持ち方や考え方について紹介した。
はじめに、内田氏が知財戦略を構築する際に注意していることを箇条書き形式で説明した。
まず、特許権の取得について「スタートアップの中には、特許権を取得することが目標となっていて、特許権を取得する目的が失われているケースをよく目にする」と指摘。特許権とは本来、製品やサービスの模倣などを防ぐために特許権を取得して事業を守るためのものである。ただ、特許権を取得したこと自体をアピールしたいというスタートアップも存在しているそうで、内田氏はそういったスタートアップとのヒアリングを通して特許権取得についての本来の目的を見つめ直すようにアドバイスしているそうだ。
また、スタートアップは知財についての知識が乏しく、そもそも何が発明なのかも分かっていない場合があるとし、「スタートアップでは、じっくり時間をかけてヒアリングを行なうとともに、競合他社のビジネスを踏まえて特許発明の権利範囲(クレーム)を検討する必要がある」と説明。
「無理な特許出願は行なわない」ことも非常に重要だ。自社のサービスや製品が権利範囲外になっているにもかかわらず特許権を取得しようとするのは無駄にコストをかけるだけであるとともに、ベンチャーキャピタルなどの投資家は権利範囲外の特許権をどれだけ取得していても「この特許権では意味がない」と報告書をあげる場合もあるとのことで、無理な特許権を取得すべきではないと内田氏は述べた。
そして、特許権はその権利範囲が広ければ広いほど他社のサービスや製品を排除しやすくなる。そのため、特許出願をする場合には、権利範囲がなるべく広くなるように発明の構成を最小にするように意識しているそうだ。例えば、そのサービスや製品を実現する上でどうしても避けられない技術的な部分に絞って出願すれば、第三者が模倣をしたときに特許権侵害を指摘しやすくなるため、そのように出願するのがポイントだという。
合わせて、設計変更などで簡単に回避できないような発明の構成にすることも重要だという。設計変更が簡単にできるようになっていると、特許権侵害を簡単に回避でき、その特許権を取得した意味がなくなってしまうため、この点も非常に重要となる。
ところで、スタートアップでは同じような分野の競合が複数存在することが多い。そこで、市場を席巻するには競合が進むであろう事業の将来の方向性を見極めて、あらかじめその事業に関する特許権を取っておくというのもビジネス判断としてありうるという。同様に、将来、自社のサービスや製品が実装する可能性のある構成があれば、まだ実装していないとしても特許出願が可能なので、それらをあらかじめ特許出願して権利化しておけば、将来のサービスや製品を守れることに繋がる。
こういったことを踏まえつつ、内田氏がスタートアップ企業の発明の発掘を行なう場合には、そのスタートアップ企業の人と一緒に会議を行なってクレーム案や明細書の内容を検討するようにしているという。これは、「将来は(知財戦略について)スタートアップが自走できなければならない」(内田氏)と考えてのことで、知財に関する手続きや作業など内田氏が実際に行なっている内容をスタートアップの人に見てもらったり一緒に行なうことで学ぶ機会を与え、OJTをしているそうだ。
続いて、特許出願の検討にあたってどういった基準で判断しているのかについて説明した。
まずひとつめがマネタイズポイント。マネタイズポイントとはお金が発生する要因となる技術的特徴点のことだが、それが権利範囲に入っていないと特許権を取得する意味がないため、マネタイズポイントがしっかりと権利範囲に含まれるかどうかを出願の判断基準にしているという。
2つめが模倣の容易さ。特許出願しようとしている技術内容が、簡単に真似できるようなものであれば、特許権を取得して守るべき必要性が高くなるため、これも重要な判断基準となる。
3つめが技術解析の容易性と秘密保持の可能性だ。例えば、ある特定の人しか知らないブラックボックスされた技術やノウハウは、特許権を取得しなくても真似される危険性が低い。他方、特許出願をすればその技術内容は公開されてしまう。そのため、技術内容を公開してまで権利化を取得する必要があるのかどうかをしっかり考慮する必要がある。
4つめは技術の価値の長さ。早期審査制度を使った場合は別だが、通常特許申請の審査には1年前後の時間がかかる。そのため、技術の進化が速く、1年もすれば技術が陳腐化してしまうようなものであれば、出願する意味が低くなる。
5つめは、競合他社の出願動向や権利化動向のチェックだ。競合他社の出願動向などをチェックしていると、その競合他社が将来進もうとしている方向性が見えてくることがあるため、相手の将来の事業に先手を打ってくさびを打つことも容易になるという。それによって、競合他社をけん制できたり、何かあった場合にクロスライセンス契約で自社の特許権侵害問題を解決することできるため、他社の出願動向などをチェックすることも重要なポイントだと説明した。
スタートアップ3社の知財相談
イベント後半では、U30関西起業家コミュニティに参加する起業家3名が登場し、それぞれが内田氏などに知財戦略に関する相談を行なった。
最初に登場したのは、美share株式会社の岡田万耶子氏だ。美shareが提供する動画配信サービス「美share」は、まつ毛美容技術者専用の動画配信サービスで、経験で得たスキルやノウハウを動画にして共有できるサービスだ。
岡田氏によると、まつ毛美容業界では定期的に新技術が登場するものの、技術盗用などのトラブルも多く目にするという。そういったトラブルにどう対応すればいいのかという相談が内田氏に投げかけられた。
それに対し内田氏は、「プラットフォームの参加規約に、シェアされた技術を自分で利用するのはいいが、他の人に教えるのはだめ、といった契約を行なうことはありえる。ただ、動画配信サービスに掲載した時点で、その技術を使うなと言うのは原則無理なので、公開する前にその技術を意匠で押さえたり、新しい技術の部分について特許を押さえるなどすることが、トラブルを減らせることになる」と回答。
また、公開する技術の方法自体に特許が取れるのか、という岡田氏の問いに対して内田氏は「方法の特許はあるにはあるが、権利としては強くない。ただ、特許は技術を保護するもので、人の行為は特許にならないので難しい。まつげ美容技術者のノウハウは知財では守りづらいので、契約で守るしかないと思う」と説明。合わせて今井氏は「どういったものが特許になって、どういったものが特許にならないのかは、IP BASEで解説しており、疑問について相談もできるので活用してほしい」と述べた。
次に、Bridge UI株式会社の前田慶士郎氏が登壇。Bridge UIは、さまざまな人が迷いなく様々なことにチャレンジできることを目指し、コンピュータと人間の関わりをもっといいものにしたいと考え、”デザインと体験を科学する”という考えのもと、アプリなどの使い勝手を高めるようなデザインを追求しているという。
前田氏の質問は、Bridge UIでは特許の絡むさまざまな独自技術を持っているが、ピッチイベントなどに出席するとそういった独自技術を説明する必要があるため、どう対応すればいいのか、といったものだった。
それに対し内田氏は、「特許権の取得には新規性が必要となるため、ピッチイベントなどで話してしまうと特許権を取得できなくなってしまう。ただし、公表から1年以内であれば、”新規性喪失の例外”という例外規定を利用した出願が可能で、そちらを利用するのがオーソドックスな方法」と回答。また注意点として、「国によって新規性喪失の例外の規定の内容が異なっている。たとえばヨーロッパは博覧会等での公開の場合しか新規性喪失の例外の規定の適用が認められていない」といった点も指摘しつつ、「どうしても技術内容の話をしないといけないのであれば、参加する人との間で秘密保持契約書を締結したり、秘密保持の誓約書を提出してもらうことで非公開となり新規性は失われなくなる」と説明。
また前田氏は、他社が持つ現存する特許技術を応用し、追加の改変を行なって自分の技術としているものがあるが、それを既存特許技術を包括して特許として出願できるか、という質問も行なった。それに対し内田氏は「理論上は可能で、既存技術に対するプラスアルファの部分で新規性があれば権利化できる可能性はある。ただし他社が持つ特許の部分(既存特許技術の部分)を常に侵害する関係にあるので、別途、既存特許技術の部分についてライセンスを得ることが必要」と回答。
合わせて今井氏は「SNSで何気なくアイデアを書く例も見られるが、広く特許を取ろうとした場合に構成要素が狭くなったり、SNSに書いたアイデアが同じぐらいの抽象度だと新規性がないと判断され特許が取れなくなる場合もあるので気を付けてほしい」と語った。
最後に、KIAIの石崎祐太氏が登壇。石崎氏は、国籍にとらわれず誰もが自由に生きられる社会を目指して様々な取り組みを行なっており、現在は世界中の人が伝統工芸職人の技術を体験できるような仕組みを作りたく、ウェブサイトのKIAIを立ち上げたいと考えているそうだ。そういった中で取り組みのひとつとして考えている。職人の技術を体験できるVRコンテンツの販売において注意すべき点はなにか、という質問を行なった。
それに対し内田氏は、「VRコンテンツの販売以前に、職人の技術が流出してしまわないのか、という点が気になる部分。職人に不利にならないスキームを作らなければならない」と問題点を指摘。そして「職人がVRコンテンツの売り先をコントロールできるようにすることが重要。またVRコンテンツのモールを御社が作って、その管理だけを行ない、ノウハウ動画の売買は直接職人がユーザに対して行なうという方法にすると、職人がノウハウ動画を誰にうるのかという販売先のコントロールが可能となる」と回避法を説明。合わせて「VRコンテンツは非常に発達しているので、職人のノウハウ流出に繋がる。そのため、職人側の意向を踏まえて、職人が開示したくない部分と公開する部分をしっかり切り分けるとともに、職人が適切な対価をもらえるようにすることがポイント」と回答した。
(※2021年7月8日、イベント収録時の内容となります)