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フジテレビプロデューサー赤池洋文が紡ぐ!読むだけで美味しいラーメン「物語」 第36回

フレンチ出身の若き「変態」が作る「伝統と革新」……対極をなす2つのラーメン、そして「賄い」 らーめん稲荷屋(東京・稲荷町)(後編)

2021年06月16日 12時00分更新

文● 赤池洋文 編集●ラーメンWalker

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 私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏愛に溢れた「物語」を紹介します。

 前代未聞の圧倒的な創作ラーメンで、注目度急上昇中の「らーめん稲荷屋」。実際私が、多くのラーメン店主から「『稲荷屋』の限定、美味いですか?」「どんな店主さんなんですか?」と聞かれることが、今一番多いのがこのお店です。そんな「稲荷屋」の高橋店主が紡ぐ「物語」、後編のスタートです!

【前回(https://ramen.walkerplus.com/article/4057388/)までのあらすじ】

 結婚式場やゲストハウスなどの大箱のコックとして、本格的にフレンチを学んだ高橋さんは、「自分のお店を持って自分の料理を作りたい」と思い、少ない資金でお店を持てるという理由で、2015年に「らーめん稲荷屋」を開業しました。醤油文化が根付いた浅草に近い立地ということで、高橋さんは醤油について徹底的に研究し、それをラーメンに落とし込みました。その味が評判となり、徐々に口コミでお客さんが増えてきたのですが、そこに新たな問題が。メインターゲットの40〜50代のお客さんにとって、バラ肉の大判なロールチャーシューはクドかったようで、残されることが頻発したのです――。

「らーめん稲荷屋」店主・高橋謙太さん

 高橋さんはすぐさまバラ肉をやめて、脂身の少ない肩ロースに切り替えることにしました。ただ、脂身が少ない肉は、そのまま煮たり焼いたりするとパサついてしまうことが多く、何かひと工夫凝らさないと美味しく仕上げられません。

 そこで高橋さんは、試行錯誤の結果、余熱でロゼ色に仕上げることにしたのです。低温でじっくり火の入ったロース肉は、しっとり柔らかく、肉の旨味も引き出され、とても美味しく作ることができました。まさにフレンチでいうところの「ローストポーク」の応用のようなチャーシューでした。そう、高橋さんはラーメン屋になって以来、ほとんど使うことのなかったフレンチの手法を取り入れたのです。

ロゼ色に輝く見た目にも美味しいチャーシュー

 これが瞬く間に「ピンク色の美味しいチャーシューを出すお店がある」と、お客さんだけでなくラーメン店主の間でも話題になったのです。この頃、まだラーメン界には「低温調理チャーシュー」がそこまで浸透していなかったので、まさに先駆け的な存在でした。

 この結果、これまで全く交流を持つことのなかったラーメン店主たちが、このチャーシューをきっかけに「稲荷屋」を訪れて会話するようになったのです。ようやく高橋さんの「鎖国時代」が終わりを告げたのです(笑)

 ただ、今でこそ低温調理器が普及したおかげで、手軽に低温調理が可能になりましたが、当時はまだほとんど普及していなかったため、高橋さんは「金串をチャーシューに刺して芯温を測る」という本格的なフレンチの技法を用いて作っていました。なので、他のラーメン店主に作り方を教えても、誰も気軽に真似することができなかったのです……。

チャーシューは盛り合わせとしても注文可能

 またこの頃、塩ラーメンも提供し始めたのですが、それもきっかけは「塩も食べたい」というお客さんからのリクエストでした。どこまでも高橋さんの「お客さんファースト」という姿勢は変わりません。ベースの鶏出汁は醤油と同じモノを使いつつ、カエシで変化を出そうと、貝出汁と洋酒を使って洋風テイストに仕上げました。

「塩ラーメン」

 そして高橋さんは「鶏のスープなのに豚肉(チャーシュー)を入れても合わないのでは?」と考えました。醤油ラーメンはカエシに豚を使っているので、チャーシューとの相性も問題ありませんが、塩ラーメンは一切豚を使っていません。そこで、チャーシューの代わりに鶏団子を入れることにしました。この鶏団子も本当に絶品で、「稲荷屋」の名物のひとつです。

鶏団子は単品トッピングとしては注文できないので、塩ラーメンを頼んだ時のみのお楽しみ

「自分のこだわりの味ではなく、あくまでも地元客に愛される味」。高橋さんの信念は一貫しています。こうして生み出されたラーメンは、決して派手さはありませんが、どれも途轍もなくハイレベルな一杯に仕上がっています。このラーメンのクオリティーをもって、「普通に美味しいラーメンを食べたい」という浅草界隈の地元客の舌を満足させることに成功した「稲荷屋」は、いつしか行列を作るようになりました。

こちらもレギュラーメニューの「辛味まぜそば」。パンチのある辛味がやみつきに!

 こうして、納得できる味のレギュラーメニューを作り上げた高橋さんは、今度は「自分が学んだフレンチの技術を忘れないように」と、フレンチの技法を用いた限定ラーメンを作り始めました。目指したのは「フレンチシェフが賄いで作る、フレンチがそのまま入ったような本格フレンチラーメン」。

 そう、かつてのフレンチ修業時代の、自分のセンスと技術を全て注ぎ込んで作ったあの「賄い」。再びそれを作る感覚で限定ラーメンに挑んだのです。そんな想いを込めて作られた限定、どんなモノがあったかと言うと……。

「冷製マリニエールと野菜のテリーヌ」

「シュブルイユ(鹿)のグランヴール 蓮根ガレット」

「ガスパチョと貝出汁の泡」

 えーと、すいません、改めまして……

「ココ、ラーメン屋さんですよね?(笑)」

 本格的なフレンチの技法を駆使して、フレンチでおなじみの高級食材をふんだんに使用した、想像のはるか上を行く、創作感溢れる衝撃的なラーメン。さらに、恐ろしいのがこの限定の値段です。ナント、たったの900円! もう一度言います。たったの900円です!! どういうことですか!?

「この限定はあくまでも自分のために作るモノだったので、ここで利益を取るワケにはいかなかったんですよ」

 いや、その心意気は素晴らしいですが……。結果、原価率100%はおろか120%に達することもあったと言います。赤字も赤字、大赤字。高橋さんの「変態性」が大爆発! もはや正気の沙汰ではありません(笑)

 「あくまでも『賄い』の延長」。そう考えた高橋さんは、作るのも1日10食程度。しかも当時、高橋さんはSNSをやっておらず、一切告知はされてなかったのでまさに幻の限定でした。ただ、アンテナを張っていた一部のフリークの間ではすぐ知るところとなり、瞬く間に話題になりました。これだけ鮮烈なラーメンですから、当然といえば当然です。

 それでもしばらくはこの限定を続けたのですが、さらに反響は大きくなり、限定目当てでわざわざ遠征してくるような新規客も増えてきました。ところがそれに伴い、高橋さんの心境に変化が出てきたのです。

「ある時、限定の提供に時間がかかってしまっていたら、待てずに帰ってしまうお客さんがいました。その瞬間、『原価で出しているのになんで待ってくれないのか?』と思ってしまったのです。本来ならば、そこまでお客さんを待たせてしまった自分の段取りの悪さを反省すべきです。でも、自分の中で限定は『賄いの延長』としか思っていなかっただけに、『あくまでも自分が作りたいモノを作っているだけで、これを食べている人はお客さんではない』という考えに、いつしか自分自身が支配されてしまっていたのです」

「これでは本末転倒だ」。高橋さんは、この限定のスタイルに限界を感じるようになってきました。

「中途半端な杯数を作って、中途半端な値段で売っていても、結局そこに妥協が生まれるだけで何の意味もない。そうではなくて、ちゃんと『商品』にして利益を取って、それなりの杯数を作って、ちゃんと『お客さん』に食べて頂かないとダメなのではないか?」

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えてきた時に、高橋さんの背中を押すような事件が起こりました。それは、高橋さん自身もお客さんとしてよく通っていたラーメン店「覆麺 智」の及川店主がパーソナリティを務めるウェブラジオ番組「悪いラジオ」に、ゲストとして出演した時のことでした。

「覆麺 智」店主・及川智則さん

 番組内で、高橋さんが「これまで一切SNSをやってこなかった」という話になった際、突然及川さんから、

「高橋君が近隣のお客さんを優先にやっていきたいという気持ちは分かったけど、そうではない外部のお客さんも発信して、呼んだ方かいいんじゃない? Twitterやろう!」

 と水を向けられて、半ば強制的に(笑)Twitterを始めることになったのです。この時の実際のやりとりが実に秀逸なので、是非「悪いラジオ」をお聴きください!

↓↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=4Pp6NkrhJ9o

 Twitterでちゃんと広く世間に告知するからには、「商品」を作らなくてはなりません。適正価格にして、ある程度の杯数を作る。これまでのように、自分の技術やセンスを見せるために作りたいモノをただ作るのではなく、お客さんが求めているちゃんと美味しいと思えるモノを作ることにシフトしたのです。

 及川さんはその場のノリ半分で高橋さんを追い詰めたのかもしれませんが(笑)、結果的にはこの時のやりとりのおかげで、高橋さんは吹っ切れて、限定ラーメンとの向き合い方を変えることができたのです。

 こうして解き放たれた高橋さんは、さらにパワーアップした限定を次々と繰り出していきました。いずれも、「えっ、ここラーメン屋さんですよね?」と二度見したくなるような(笑)、見たこともない独創性に富んだラーメンたちばかり。

 前編冒頭の「ラパンのフリカッセ」もそうですが、他にも「フォン ド フェザン シュー ファルシ」という「何の呪文?」といったようなメニューもございました(笑)

呪文のような(笑)「フォン ド フェザン シュー ファルシ」

 ちなみに、高橋さんがTwitterでこのラーメンについて書いた解説が、

「本日はフェザンのフォンです。内容はほぼかけラーメンに近いですが、味付けは塩だけです。アイテムはシュー ファルシ。ファルシは、フォアグラ、トリュフ、フェザン、ポー。崩すとスープの香りが変わるように作りました」

 読んでも全然分からない(笑) フェザンとはフランス語でキジのこと。シュー ファルシとはフランス版ロールキャベツ。

こちらが「シュー ファルシ」。何かの必殺技ではありません(笑)

 つまり、

 「キジの出汁のスープに、フォアグラ、トリュフ、キジ、豚肉(ポー)で作った餡を詰めたロールキャベツが乗ったラーメン」

 ということになります。このあたりの解説は、お店に行けば、提供時に高橋さんが嬉々としてやってくれますのでご安心を!

 一見「随分お高く止まったラーメンだな」と敬遠したくなる人もいるかもしれません。ただ、騙されたと思って是非一度食べて下さい! いずれもフレンチならではの気品を感じつつも、ちゃんとラーメンに落とし込まれているので、「見た目は凄いけど、食べるとしっかりラーメンだ」と驚くハズです。このフレンチとラーメンの絶妙な融合具合こそ、高橋さんの真骨頂なのです。

 メニュー名にあえてフレンチの用語を使っているのも、「せっかくフレンチを知ってもらえるチャンスなのだから、言葉から全てお伝えしたい」という高橋さんの想いの表れです。

 そんな高橋さんのフレンチの技術を最大限に発揮した、現時点でのスペシャリテとも言うべきメニューが、「コンソメ」のラーメンです。「コンソメ」と聞くと、固形や顆粒の調味料をイメージしてしまいがちですが、本来「コンソメ」とはフランス語で「完成された」という意味である通り、牛の肉や骨、そして野菜を長時間煮出して作られる、非常に手間と時間のかかる贅沢な一品なのです。

 実際高橋さんの作る「コンソメ」、特に昨年末に限定で提供された「コンソメドゥーブル」は、その工程を聞くだけでも気が遠くなるくらいの手間暇がかかった、圧巻の一杯でした。

稲荷屋のスペシャリテ「コンソメドゥーブル」

 材料は、牛のモモ肉、すね肉、すね骨。そこに数種類の野菜を加えて、まずは煮込むこと10時間。それを濾して、今度はかなり弱火で、丁寧にアクや脂を取り除いて、透明の澄んだスープになるまで6時間煮詰めます。これを通常営業をしながら仕込むワケですから、この時点ですでに2日作業です。

 本来ならこれで「コンソメ」は完成なのですが、「ドゥーブル」とは「ダブル」という意味。つまり、一度出来上がった「コンソメ」をベースに、もう一度「コンソメ」を作るのです。牛挽き肉や野菜をさらに追加して8時間煮込み、それを濾して、再び弱火で6時間。当然、焦がしたり煮詰めすぎてしまったら全てが水の泡なので、片時も目が離せません。

 こうして、実に4日かけて作られた「ダブルコンソメ」。見た目はどこまでも透明に澄んでいながら、牛肉の旨味がこれでもかと言う程に詰まっているリッチなスープです。

「とにかくこの磨き上げたスープの旨味を、余計なモノを一切入れずに堪能していただきたい」

 そう考える高橋さんは、カエシも使わず、塩のみで味付けしました。もちろん、これはフレンチではなくあくまでもラーメンなので、一番重要なのは麺との相性。アルカリ性の中華麺との組み合わせを考えて、スープに適度な酸味を持たせています。細部まで計算し尽した上で、完璧にラーメンに落とし込まれていました。

完璧な計算のもと、ラーメンに落とし込まれた「コンソメ」

 見た目は極めてシンプルですが、これこそ高橋さんだから成し得る究極の「ラーメンとフレンチの融合」。もうあまりに旨すぎて感動すると同時に、旨さの向こう側にはやはり高橋さんの狂気と「変態性」が垣間見えました……。普通の感性の持ち主には、到底これを作り上げられることなどできません!

 ちなみにこの「コンソメ」は、牛だけなく鶏や鹿などでも作られることもあり、時々限定でお目見えするので、その際には是非食べて頂きたい至高の逸品です!

鹿のコンソメは牛よりも軽めの仕上がりだったので、鹿肉のシュー ファルシとフレッシュトリュフをトッピング

 また、高橋さんの技術はフレンチだけにとどまりません。独学で培った和食の技法も取り入れた、魚や肉をメインとした限定ラーメンも多数作っています。その中でも個人的に度肝を抜かれたのが、

 「子持ちアユのコンフィ キノコ出汁の和えそば」

 「セコガニの冷やし和えそば」

 「西洋式鴨南和えそば」

 以上の3杯でした。いずれも食材の持つ旨味を効果的に引き出すために、フレンチや和食の技法を駆使して、さらに盛り付けも大胆かつ繊細で非常に映えるモノとなっています。

「それこそスープや麺にこだわるお店はたくさんあって、もう掘り尽くされた感もありますし、自分みたいなラーメン店としては半端者がそこで勝負しても勝ち目がありません。だとしたら、自分が戦えるのは上物の具材だったりするのかな、なんて思ってます」

 と言う通り、まさに上物のクオリティーは他の追随を許さない圧倒的な旨さと迫力があります。前編にも書きましたが、私は自分のTwitterに色々なラーメン店で食べたラーメンの写真を上げていますが、他人から「あれ凄いね!」「何あれ?(笑)」と言われるモノの多くは「稲荷屋」の限定ラーメンです。しかも、そうやって聞いてくる人の多くが知り合いのラーメン店主だったりするので、高橋さんへの注目度が上がっているのを実感しています。

 ただ面白いのが、これだけ魅力的な限定があるにもかかわらず、近隣の常連客は見向きもせずに、レギュラーメニューを食べていることです。これもひとえに、限定ばかりに走らず、常連客との会話を大切しながら、レギュラーメニューの改良も怠らない、という高橋さんの地道な努力の賜物です。

 こうして現在の「稲荷屋」は、限定を求めて遠方からでも通うフリーク系の常連と、馴染みの店として普段使いしている地元の常連という、2種類の常連客によって支えられています。このようなお店は他になかなか例がなく、真似したくもなかなか真似できない、ある意味理想的なお店のスタイルだなと思います。

 32歳の若さで、ここまでのモノを作り上げた高橋さん。もし私が高橋さんだったら、現状におもいっきりあぐらをかいてしまいそうですが(笑)、まだまだ高みを目指しています。

「やはりフレンチを麺とスープにどう合わせるのか、というのは永遠の課題ですね。まだまだ可能性があるハズなので追い求めて行きたいです。それから、自分はフレンチの世界からケツを割った半端者です。その事実は常に胸に秘めながら、逆に半端者にしかできないことがあると思うので、それをやり遂げたいです」

 さらなる成長を求めて、自ら進んでフレンチの世界から離れたのも事実であれば、歴史と伝統のあるフレンチの世界から志半ばでドロップアウトしてしまったというのもまた事実。ひとつの事実に対して、この相反する2つ想いを持ち続ける高橋さんだからこそ、歩みを止めることなく、向上し続けることができるのだと思います。

「誰もやってないことをやりたいと、常に思っています。誰もやってないということは、それは『美味しくない』ということを意味しています。では、それをどうしたら美味しくなるのか? そんな自問自答を絶えずし続けたいです」

 フレンチの世界も絶えず進化していて、実際高橋さんが辞めた後にも新たな技法がたくさん生まれているそうです。高橋さんは常にアンテナを張って、そのような最新技法もチェックし続けて、情報をアップロードしています。「あくまでも自分の原点はフレンチ」。その想いを体現しているのです。

 さらに、高橋さんの興味はフレンチだけにとどまりません。他の料理に関する技術も貪欲に吸収しようと、情報収集に余念がありません。そのツールとして最も使えるのが、意外にもYouTubeだと言うのです。実は昨今、有名料理人たちがこぞってYouTubeに動画を上げており、そこで調理技術はもちろんのこと、素材や季節感などの解説、そして料理人の思想や哲学まで知ることができて、とても勉強になるそうです。

 そして得た知識の実践として、上記のような限定ラーメンに落とし込むのですが、それだけにとどまらず、ラーメンに使うつもりがない食材まで取り寄せて、「賄い」として色々な料理を作っているのです。そう、またもや「賄い」です。高橋さんは、フレンチ修業時代に染み付いたあの習慣を大切にして、今もなお貪欲に研鑽を積んでいるのです。

 そして、この「賄い」を時々、常連の方々に振る舞ってくれるのですが、コレがいずれも「賄い」にしておくのがもったいないくらいのハイレベルなものばかり。一流フランス料理店でも十分通用するような逸品を、ラーメン店の限られた厨房設備で、しかもラーメンを作る片手間の時間で、さっと作ってしまうのです。

 「エクルビス(ザリガニ)のベアルネーズソース」

 「鴨ロティとそのジュとソースポルト」

 「パンタード(ホロホロ鳥)のコンフィ」

「仙台牛カメノコのロースト」

 この絶品「賄い」を食べる度に、もちろん高橋さんの「変態性」を感じつつも(笑)、やはり本物の天才なんだなと思い知らされるのです。本人は「自分は天才ではない」と否定しますが、やはりここまでできるのは、天才に間違いありません! フレンチのキャリアを捨ててラーメン屋さんになったり、原価120%でラーメン作ったり、4日もかけて「コンソメ」作ったり……これらは「変態」でもあり「天才」でもないと、決して成し得ない偉業だと強く思うのです。

 そんな高橋さんを見ていると、ふと疑問がよぎります。

「将来的にこのままラーメン業界に残るのか? それともフレンチのお店を出すのか?」

 いちラーメンファンとしては、「このままラーメン業界で斬新かつ絶品のラーメンを作り続けてほしい」という想いもある一方で、「これだけの調理技術とセンスを併せ持つのだから、ラーメンだけにとどまらずに、フレンチやもっと色々な料理を作るようなシェフになった方がいいのではないか?」と考えてしまうのです。

 そんな私の疑問に対して高橋さんは、

「その答えはまだ出てないですね。自分の中で『今はラーメンを作るのが正解』と思っているので、しばらくはこのままやれるところまでやろうと思っています。その後、フレンチをやるのか、他の料理をやるのか、はたまたずっとこのままなのか? その時お客さんに求められるモノで、自ずと決まってくるのだと思います。とりあえず僕は、自分のお店で自分の作りたい料理を作って、お客さんが喜んでさえくれれば、それでもう満足なので(笑)」

 どこまでも謙虚で、無欲で、お客さんファーストな高橋さん。とりあえずしばらくは、この「変態」をラーメン界で独占できそうなので、たっぷり堪能するとしましょう!

 浅草の醤油文化に根差した「伝統」を感じるレギュラーメニューと、フレンチの技術と多彩な食材を駆使した「革新」に満ち溢れた創作メニュー。この二本柱をベースとして、さらなる進化を遂げるべく驀進し続ける高橋さんは、今日もさらに美味しいモノを求めて、まずは「賄い」を作ります。全ては、お客さんの「美味しい」のために!

 是非あなたにも「稲荷屋」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べていただきたいです。

赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)

2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。

百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/

本人Twitter @ekiaka

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