Hondaの軽スポーツカー「S660」の2022年3月生産終了に伴い、最後の特別モデル「S660 Modulo X Version Z」が登場するというのは既報の通り(ホンダの軽スポーツ「S660」が2022年に生産終了! 記念バージョンが発売に )。誰もが比較的入手しやすく、誰もが楽しめるスポーツカーが一つ消えてしまうのは残念な限りです。
これまで、愛すべきS660の様々な角度からクルマの魅力、そしてアイテム群をお伝えしてきました。ですが今回はサーキットにおけるスポーツ走行の面から、S660シリーズの最終シン化形態であるS660 Modulo X Version Zを交えながら、今一度S660シリーズの魅力に触れたいと思います。
霞が関の偉い人が「後出しジャンケン」をして
僕たちからS660を奪った!
S660が登場した2015年当時、国産スポーツカーの数は少なく、あっても高額で手が出しづらかったり、パフォーマンスが高すぎて一般道では楽しめない車ばかりでした。この状況は、スポーツカーが増えた今も、大きく変わらないように感じます。となると、スポーツカーを手に入れたオーナーは、サーキットで愛車を思いっきり走らせたいと一度でも考えるものです。
とはいえ、クルマが自分の運転技術よりも遥か上のレベルにあるゆえ、意のままに扱いきれないという場合が多いのでは? そして走行後はタイヤがボロボロになりますし、オイルやブレーキ類も消耗するので、その交換費用に驚くことになります。
S660は違います。まず軽自動車枠ゆえの馬力の少なさから、誰もが終始アクセルは踏みっぱなしにできるほど、クルマが手の内にある感覚が味わえるのです。ストレートは遅いものの、シャーシ性能は高さからコーナーリングは、2クラス上のクルマをも余裕で上回る旋回速度が楽しめます。
しかもフォーミュラカーのようなドライビングポジションと地上から近い目線は、まるでゲームやレース中継の車載カメラのよう。非日常に溢れたこの感覚は、一度体験すると本当に病みつきになること間違いナシです。ほかのクルマ同様、タイヤ代が心配になりますが、車体が軽いがゆえにタイヤが思ったほど減らず、お財布に優しいのもうれしいところ。たとえすべてのタイヤを交換してもサイズが小さいゆえ、15万円しないかもしれません。
もちろん走行後は、エンジンオイルの交換はもちろんのこと、場合によってはブレーキフルードのエア抜きはした方がいいでしょう。それとて工賃含めて1万円もしないハズ。 そんな楽しいクルマを作ってくれたHondaには感謝しかありません。とはいえ、7年で生産完了はあまりにも早すぎるとも。そうなってしまったのには、当然理由があります。霞が関の偉い人が決めた、お約束事が原因なのです。
それは「2022年以降に販売する車には、衝突被害軽減ブレーキ装着の義務化をはじめ、ポール側面衝突基準の強化、タイヤ騒音規制の強化など、新しい道路運送車両の保安基準に関する規定に適応しなければならない」というもの。この新しい保安基準に、現在販売されているS660は対応できないのです。
売り続けるためには、規定に対応するクルマへと改修しなければなりません。ですが、新しい保安基準を満たすには、イチからクルマを作り直すほどの大規模な改修が必要なのだとか。よって販売台数との兼ね合いから、改修をあきらめざるをえなくなったというわけです。交通安全は誰もが願うところですが、後出しジャンケンで負けてオモチャを取り上げられたような気持ちになりました。
そのようなクルマ好きのために、Hondaは心意気をみせてくれました。それが、1年後に生産終了するとアナウンス。メーカーとしては計画生産を立ててフェードアウトしたり、数量限定生産で煽ってもよかったところ、事前に告知をしてくれたのです。さらに究極のS660である「S660 Modulo X」(304万2600円税込)をベースに、様々な特別アイテムを取り付けた特別仕様車「S660 Modulo X VersionZ」(315万400円税込)を発表。しっかりとお別れの舞台を作ってくれたのでした。しかも、そのS660 Modulo X Version Zは、315万400円税込と、Modulo Xと比べて10万7800円アップに抑えられているあたりにも良心を感じるのは私だけではないと思います。
Modulo Xは「小さなGT3」「究極のS660」だ!
そんな究極にして最後の特別仕様車である、S660 Modulo X Version Zとはどんなクルマなのでしょうか。その前に、VersionZのベースであるS660 Modulo Xについて少し説明をしましょう。S660 Modulo Xが登場したのは、S660販売開始から3年後になる2018年5月のこと。レーシングドライバー・土屋圭市氏をアドバイザーに迎え、Honda車を知り尽くしているというエンジニアのひとりである松岡靖和氏を中心に、軽自動車というエクスキューズなしに「小さなGT3車両をつくる」「究極のS660を目指す」ことを目標に開発されました。
手を入れたのは、エアロと足回り。エアロパーツは「日常の速度域でも体感できる空力性能=実行空力」という考えのもと、直進安定性や路面に凹凸があっても車体の揺れが少なく、路面の変化に対しても車体の揺れの変化が少ない良好な乗り心地(フラットライド)、ステアリングの応答性に注力をして設計。注目すべきは、コンピューターによる流体解析(CFD)や風洞実験、そしてHondaのテストコースなどで実走を重ねた「使えるエアロ」に仕上げられているところ。
松岡氏によると、ノーマルのS660はフロントに荷重がかかりやすく、前輪を中心にヨーイング(Z軸まわりの回転モーメント)が発生するのだそう。それを空力によって接地荷重を4輪に均等配分することで、フロントを軸とするヨーイングの発生を抑え、気持ちのよいドライビングに寄与するのだとか。
サスペンションは軽自動車初となる5段階の減衰力調整機構を搭載。街乗りでは減衰力をソフト方向にして乗り心地重視に、サーキットなどでは減衰力を強めにセットして、と走りのステージに合わせた乗り味が楽しめるのはうれしいところです。
ホイールは純正アクセサリーとしてS660発売当時に発表されたもの。ですが見た目だけではなく、実際に効果のあるアイテムとするべく剛性の異なる仕様を試作。実走を繰り返して、純正タイヤであるADVAN NEOVAのポテンシャルをフルに発揮できるポイントを見つけ出したというから恐れ入ります。
ブレーキパッド及びローターも、純正アクセサリーとしてS660発売当時に発表されたもの。ですが、放熱効果のあるドリルドローターの採用は、このサイズのクルマとしては異例といえるものです。ドリルドタイプですので、ブレーキング時にシャーという音がするのですが、それがまたイイ!
インテリアも専用パーツが奢れられて、よりスポーティーな印象に。赤い差し色は一見派手に見えますが、これが落ち着きのある色合いとすることで、実車を見るとオトナなクルマという印象を与えてくれます。
Version Zは、これらModulo XをベースにエクステリアにS660発売当初から設定されているプレミアムスターホワイト・パールのほか、Version Z専用色としてソニックグレー・パールを設定。このソニックグレー・パールはシビック・ハッチバックでも採用されている色ですが、あちらは海外生産の輸入車ですので、国内生産車では初採用となります。
さらにエンブレムをブラッククローム調へと変更され精悍な印象を与えてくれます。電動スポイラーも、従来はスポイラー本体はボディカラー、ガーニーフラップは黒だったのに対して、可動部分を黒一色として、よりストイックな印象へと変更。
インテリアもModulo Xをベースに、カーボン製加飾パーツを奢ることでスポーツ度をアップ。さらに普段使いに便利な専用のシートセンターバッグも奢られています。センターバッグの下方、ドリンクホルダー近傍には、専用のVersion Zロゴ入りアルミ製コンソールプレートを配置。特別なクルマであることをさり気なくアピール。オーナーの所有感を満たしてくれます。