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スポーツアナリティクスジャパン2021「スポーツアナリストの未来を創る」

試合に勝つから、社会的価値の向上へ 進化するスポーツアナリスト

2021年03月11日 18時00分更新

文● 末岡洋子 編集● ガチ鈴木/ASCII編集部

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AIの台頭、大きくなるスポーツの社会的影響力――スポーツアナリストの未来はどうなる?

 データを使ってアスリートやチームのパフォーマンス改善を支えるスポーツアナリスト、日本でも珍しい存在ではなくなりつつある。この職種の認知と地位向上に大きく貢献したのが、日本スポーツアナリスト協会(JSAA)だ。JSAAの年次カンファレンス「SAJ(スポーツアナリティクスジャパン)2021」の最終セッション「スポーツアナリストの未来を創る」、JSAA代表理事の渡辺啓太氏、そして理事の千葉洋平氏、小倉大地雄氏の3人がこれからのスポーツアナリスト像について語った。

モデレーターに日本スポーツアナリスト協会 理事の小倉大地雄氏(左上)、同理事の千葉洋平氏(右上)、同代表理事の渡辺啓太氏(下)が登壇

「あればいい」から「必須」になり始めたスポーツアナリスト

 渡辺氏、千葉氏、小倉氏の対談はこれまでの振り返りから。2014年に渡辺氏らがJSAAを立ち上げた当時は、まだスポーツアナリストという仕事についての認知が進んでいなかった。自身はバレーボールチームのアナリストを務めていた渡辺氏、「ロンドンオリンピックが終わって、さまざまな競技にアナリティクスが広がっているなと感じていた。一緒に勉強したり意見交換できる場が必要と感じて、JSAAを立ち上げることにした」と振り返る。目指すは、「スポーツアナリストが活躍できるフィールドをつくる」――「当時は、そもそも『スポーツアナリストってなに?』と言われており定義も難しいし、需要も『必須』ではなく『あればいい』ぐらいのものだった」と小倉氏が付け加えた。

 それから6年、2019年のラグビーワールドカップでも、日本チームのデータ活用が話題になるなど、スポーツとアナリティクスの距離は縮まっている。特に、2020年の東京オリンピックが2013年に決定したことは大きな後押しになったという。

 3人はSAJなどのイベント、コミュニティ活動、コンテンツなどの情報提供、学生向けの育成プログラムやキャンプなどの活動に触れながら、成果を少しずつ実感しているようだ。なお、SAJも初回は200人だった参加者が、2019年は900人と4.5倍に増えたそうだ。

スポーツ分析だけでは生き残れない?

 では、本題であるスポーツアナリスト像は今後、どうなっていくのか? 千葉氏は、スポーツを取り巻く背景の変化からスポーツアナリスト育成にあたっての課題を挙げた。

 スポーツが勝利だけでなく社会に与えるインパクトが大きくなりつつある。それに合わせて、スポーツアナリストの役割も、それまではパフォーマンス課題の克服が中心だったが、選手やチームの目的の達成を支援する存在になるなど変わりつつある、と千葉氏。

 渡辺氏も、「これまでは目の前の試合に勝つために配備されていたが、今後はAS ISの部分は当たり前、TO BEの領域について何ができるのかがアナリストの価値を高めるために必要になりそう」とコメントした。小倉氏はスキルに着目し、パフォーマンスの分析だけではなく全体統合型になるとし、「勝利はスポーツにおいて大事だが、そのさきに何があるのかみたいな部分はスポーツの価値を問う上で重要になってくる。アナリストを目指す人も、その勝利がなぜ必要なのかなど、勝利の先までを考えられる人材であるべきかもしれない」と述べた。

 千葉氏は、さまざまなアナリストにヒアリングしてまとめた必要なスキルを専門能力構造にまとめたスライドを見せ、「パフォーマンスデータや情報を取得する、パフォーマンスを可視化する、問題・課題を発見する」をコアの能力と説明する。これを勝利につなげたり、パフォーマンス向上に貢献することに繋げるなど、目的に合わせて使えるようにすることが求められるという。

 これを受けて渡辺氏は、「コアの部分は当たり前としてスポーツアナリストに求められるが、その周辺にあるスキルセットが身に付いているかどうかが重要」という。体制が変わってもチームに必要な存在となったり、別の活躍の場を作れるかどうかはここにかかっているとも述べる。

 千葉氏は、パフォーマンス課題に対して構造分析を行なった結果も披露した。ゲーム構造、パフォーマンス遂行、パフォーマンスリスクなど対象となる課題により収集するデータが異なり、科学的専門性も異なるというものだが、「全体を把握できると効果的に力を発揮できると思うが、全部学ばなければならないというわけではない。全体を知っておくことが大事」とした。

 基調講演に登壇したトレバー・バウアー投手が課題にあげた「データの翻訳」に触れながら、「専門的な課題について当事者にどう伝えるか、専門性をもったまま伝えると伝わらないことがある」と千葉氏も同意する。その選手の目線に立ち、「咀嚼した状態で渡す」ことが大切、とアドバイスした。「分析とは要素を分けていくこと。しかし、要素だけを見て選手に伝えてしまうと、全体が崩れてしまう可能性がある。そこを理解した上で、選手たちにコミュニケーションを取る能力やスキルが必要になってくると思う」と千葉氏は述べた。

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スポーツアナリストがAIにとってかわられないためには

 参加者からの質疑応答では、「人工知能(AI)など技術の発展とアナリストという人間の関わりについて、今後5年の展望は?」という質問に、「アナリストはチームなど組織の中でテクノロジーに明るい存在でなければならない。すべてを理解する必要はないが、他の人よりも高いレベルの知識が求められる」とした上で、「(AIの登場で)審判がいなくなるなどと言われるが、過去の大量のデータから何かを導くというところでは機械が得意。(人間のアナリストは)過去を見渡すためのデータの使い方ではなく、未来を照らすためのデータの使い方になる」と考えを述べた。

 なお、渡辺氏の専門競技であるバレーボールで一番やりたかったことは、「相手チームのセッターが次に誰にあげるのか」――未来の予測だったという。「予測プログラムなどチャレンジしたが、なかなかできなかうまくいかなかった。未来を照らすためのデータ活用は、私もできていないが、もしかしたら5年後に誰かが達成しているかもしれない」と期待を寄せた。

 この質問に「ガンガン使うべき」と即答したのは千葉氏だ。「労働集約型の作業だけをしているアナリストだったら、仕事がなくなるかもしれない」と述べ、アナリストは選手やチームに接する部分で強みを持ちながら「共存」することが重要になるとした。

 最後に、求められるスポーツアナリスト像として、千葉氏は「データを分析できるだけではなく、いかにその選手をデザインしていくのか、チームに対して貢献していくのかという広い目線で仕事ができるアナリスト像が求められてくる」と述べた。

 渡辺氏は、「理想像は1つではない。求められるスポーツアナリスト像がどんどん増える状態を作っていくことも大事」と語る。

 これらを踏まえ、小倉氏は「社会的に求められる人材を作ることは重要。スポーツアナリストを目指す人がスポーツアナリストになることも重要だし、その後のキャリアパスもさまざまな道ができる……。そういう未来があるといい」とまとめた。

 JSAAでは今後の取り組みとして、「発信」「学ぶ環境」「チャレンジできる場」の3つを柱にしていくという。

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