2021年1月15日、横浜・関内のベンチャー企業成長支援拠点「YOXO BOX」にて、特許庁は無料セミナー「スタートアップ&投資家向け知財支援のイロハ」をオンライン開催した。特許庁総務部企画調査課ベンチャー支援係長の今井悠太氏を講師に招き、スタートアップや中小企業の経営者や、ベンチャー投資家ほかスタートアップの支援に従事している人向けの知財戦略やトラブル対策についての解説、ノウハウの伝授などが行なわれた。
実は充実しているスタートアップ向け知財支援施策
セミナーは2部構成で開催され、1部では「スタートアップ向け支援施策の紹介」と題してスタートアップ向け知財ポータルサイト「IP BASE」および知財アクセラレーションプログラム「IPAS」の紹介が行なわれた。
スタートアップ向け知財ポータルサイト「IP BASE」は、知財についてよく知らないスタートアップが、学ぶ場所であり、弁理士や弁護士など知財の専門家と繋がる場所でもある。
IP BASEでは、「一歩先ゆく国内外ベンチャー企業の知的財産戦略事例集」と題した国内10社、海外8社の事例を紹介。知財戦略だけでなく、その活動体制や活用事例なども掲載されるなど、具体的にイメージできる内容となっている。
ベンチャー投資家向けには、「ベンチャー投資家向け知的財産に対する評価・支援の手引き」と題した資料にて、知財に対する評価・支援の手引きほか、失敗事例に基づいた投資ラウンド別の落とし穴を整理、その他海外におけるベンチャー支援の先進事例などが掲載されている。
そのほか、先輩スタートアップ経営者へのインタビュー、取材、コラムを掲載。どのように知財を使っているのか、どういった問題があってどう対処しているかなど、経験をシェアするコンテンツも提供されている。
さらに、現在はオンライン開催がメインとなっているが、全国でセミナー・イベントを企画、開催。現地のスタートアップをゲストに招いて、どういう取り組みを行なっていたかなどの発表や、集まった起業家やベンチャー関係者との情報交換をするセミナーイベントを実施していた。
IP BASEでは、登録メンバー限定コンテンツも用意されている。「専門家検索機能」は自社の状況に応じて、ニーズにマッチした専門家にコンタクトが取れるというもの。弁護士や弁理士などの専門家でもそれぞれ得意分野があり、ジャンルや知財の性質に応じた専門家を探すのは困難だ。特にメンバーが少なかったり経験が浅いスタートアップではなおさらだが、こちらの検索機能を使えば例えば、バイオ系の知財を持ったスタートアップが海外で出願したいと言った場合、「バイオ×海外知財」などのキーワードで検索すると、そのキーワードに詳しい専門が一覧で表示される。それだけでなく、その専門家にコンタクトが取れる機能もあるので、検索からコンタクトまでワンストップで行えるのが便利と言える。
「オンラインQA」は、オンライン掲示板のような形式で、日々の知財の疑問やこういう時はどうするのかなどの問い合わせに登録された専門家が答えてくれるというもの。
そのほか、各種勉強会なども開催されており、充実した内容となっている。と言っても、メンバー登録は無料なので、スタートアップの皆さんにはぜひ登録してもらいたいということだ。
続いて知財アクセラレーションプログラム「IPAS」の紹介が行なわれた。
IPASは、創業期のスタートアップに対して複数の専門家からなる「知財メンタリングチーム」が適切なビジネスモデルの構築と、ビジネス戦略に連動した知財戦略の構築を支援するもの。2018年から始まり、当初60社程度の応募から10社が採択されたが、2019年には2期に分けて15社を採択、2020年も100社以上の応募があり15社が採択され支援を実施した。
スタートアップは技術開発やビジネスなどにリソースが割かれ、知財の確保まで手が回らないということが多い。また、とりあえず特許は取得したもののビジネスに関与していない、ビジネス知財が連動できていないという課題があった。
ビジネス面と知財面の専門家による知財メンタリングチームをつくることで、スタートアップ経営と知財が両方わかる専門家育成もできるといった面にも期待されている。
2018-2019年の2年間の成果としては、支援企業25社について、特許件数が81件、資金調達した企業が10社、EXITした企業が1件(2020年9月時点)となっている。
2年間のIPASプログラムの経験からまとめた「知財戦略支援から見えたスタートアップがつまずく14の課題とその対応策」もIP BASEにて公開されているのでこちらもぜひみて欲しいと紹介があった。
「モデル契約書ver1.0」は、大企業から一方的な契約、取り決めをされないように改善策、ガイドラインの作成の方針が示された「未来投資会議」の結果を受け、独占禁止法に基づくガイドラインを策定されたもの。
公正取引委員会が行なったスタートアップへのアンケート結果などから、大企業などから納得できない行為を受けた経験があるスタートアップのうち、約75%のスタートアップが納得できない行為を受け入れているという実態が明らかになった。
今回明らかになった問題事例に対応できる契約書の雛形を作成し、モデル契約書ver1.0として公開した。各問題事例に対してどのように解決しているかというのがわかるようになっているのが特徴だ。
これらの資料は、オープンイノベーションポータルサイトから入手できる。
その他の支援施策として、以下を紹介しよう。
知財支援総合窓口の案内
企業経営の中で抱える知的財産に関する悩みや課題に対して相談を受け付け対応を行なうワンストップサービスを提供する無料相談窓口。弁護士や弁理士など専門家のアドバイスも無料で受けられる。
産業財産権専門官によるハンズオン支援
産業財産権専門官(特許庁職員)が企業を訪問(コロナ状況下ではオンラインにて実施)し、企業が抱える知財に関する課題を抽出。課題が明確になったら、INPITと連携し、弁理士など企業の課題に応じた専門家を派遣するといったプログラム。
知財の経営資源としての重要性を認識してもらったり、事業戦略に応じた知財活動計画の立案実施などステージに応じた支援が行なわれるという。
さらに、特許の審査請求料等の手数料減免制度も紹介された。スタートアップは手数料が1/3になるなどの減免制度があるので、こちらも産業財産権専門官に問い合わせて欲しい。
さらに、経験が少ないベンチャー企業の早期権利化を支援するため、面接などのコミュニケーションなどをきめ細かなサポートをする「面接活用早期審査」制度や、とにかく早く権利化したいというニーズに対応する「スーパー早期審査」なども紹介された。通常の審査ではおおよそ9ヵ月くらいかかる一次審査への着手が、面接活用早期審査では2ヵ月程度の期間で、スーパー早期審査では1ヵ月を切る期間で一次審査がなされるので、早く権利取得したい場合にはぜひ気軽に活用して欲しい。
知財総合窓口や早期支援などに関してはパンフレットにまとまっているので、特許庁のパンフレット一覧ページからダウンロードして欲しい。と締めくくられた。
2部:ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き〜よくある知財の落とし穴とその対策〜
第2部は、特許庁がまとめた知財に関する資料「ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き〜よくある知財の落とし穴とその対策〜」から、主要な項目の紹介が行なわれた。
本資料は、IP BASEのホームページからダウンロード可能な資料で、投資の際に実際に起きたリアルな落とし穴を集めたもので、国内外の事例を取り扱っている。
知財支援をすると投資家サイドに大きな利益がもたらされる事例が増えてきており、知的財産支援により、投資額よりはるかに大きい金額で買収されるなど、大きな結果となって返ってくる事例もあ出てきているが、ベンチャー投資家が留意すべき事例が紹介されている。
知的財産とは特許権だけではない
サービスやプロダクトの名前は商標権、デザインは意匠権、アイディアや顧客情報などは営業秘密、制作物は著作権で保護されるなど、いろいろな知的財産がある。
知財戦略は、発明について「いかに広い特許権を確保するか」ではなく、経営戦略全体を考えていく中での各所で常に知財の要素を考慮することにある。
投資家が知財戦略の視点をもって
ベンチャーは技術を守ろうとしがちで、知財専門家も権利化には長けているが経営の観点を持つわけではない。投資家の視点を入れることで知財戦略に市場やアライアンス先の視点をもたらし、技術と知財のバランスをとる役割が期待されている。
知財トラブルの事例と対策
本資料のなかから、主なトラブル事例、落とし穴の事例と、どのように支援していたら防げたかが紹介された。
・事業計画の中に知財戦略がない
競合が自社特許を迂回して参入したり、自社が他社特許を侵害していることが発覚するなど問題が噴出するケースがある。
競合の知財情報を調べていないというケースが意外にあるので、知財戦略の責任者を決め、事業計画の中に知財戦略を入れ、競合の知財情報を調べるといった対策が重要である。
・コア技術の出願前に学会・論文発表や共同研究先への開示を行なってしまい、基本特許が取れない
出願時期と論文発表のタイミングを考える必要がある。特許や意匠は公知化してしまうと権利化が難しくなってしまう。CEOと技術者、開発者が異なっている場合だと、意図せず公知化してしまっているということもありがち。
公知化の例として学会、デモ、サンプル提供等が挙げられ、これらの発表、提供が公知とみなされることを理解した上で、発表しなければならない時は内容を一般化する、公知になっていたら別の表現方法を考える、といった点に留意する必要がある。
また、研究者とは、事業に使う技術はどの部分であるのか、出願と論文のタイミングをどうするのか、合意する必要があることも添えられた。
・共同研究契約の条件で知的財産の活用に制約がつき、大学からライセンスできなくなる
共同研究を企業と始める際は、契約前にベンチャー設立の可能性があるかどうかなど検討し、企業と交渉、契約をする必要がある。また、ベンチャー設立の際の権利使用に問題ないかなど、大学の共同研究契約のライセンス条項などに注意すること。起業に必要な知財を大学単独で権利化する(共同研究とは別の実現方法の技術を単独で出願)など、起業に際しての制約がないように事前の手配が必要。
・知財がビジネスモデルと対応していない
ターゲット市場から異なる市場へシフトした際、追加開発を行ない、知財の権利化を忘れたため、周辺特許を他社が出願してしまい、事業戦略をねり直さざるを得なかったケースもある。
事業範囲をカバーする知財戦略を立て、実行するのはもちろん、ビジネスモデル、EXITに知財を合致させる、ピボットしたら知財と対応しているか確認する、知財の取得をマイルストーンとして設定するなど、知財化を意識したワークフローの構築を行なう。
経営者、投資家、弁理士の定例会で知財戦略を検討し、見直すなど定例化することでピボットにも対応できるので常に知財を意識した経営を心がけたい。
・基本特許は確保したが、他社に周辺知財を抑えられてしまい、事業がスケールしない
基本特許だけで押さえても、周辺知財を取得していないと共同研究企業や競合他社によって周辺知財を押さえられてしまうこともある。事業成長に必要な知財ポートフォリオを構築し、基本知財だけでなく周辺知財も評価するようにしたい。提携の場合は、情報管理、共同出願に留意し、周辺知財を押さえられないよう注意を払いたい。
・EXITシナリオを自社との協業だけにフォーカスし過ぎてしまう
CVCがサイドレターで共同研究契約等を締結後、自社との潜在的な競合との協業を過度に制限したことで、ベンチャーコミュニティでの評判を落とした事例がある。
投資家は、ベンチャーファーストの姿勢で成長とEXITを支援してほしい。ベンチャー企業の成長を優先的に考えて多彩なEXITシナリオを考えるのが良い。
エコシステムでの評判の失墜は致命的となるので、リターンにも影響するおそれがある。
知財評価・支援のための体制づくり
・社内の評価プロセスを仕組み化し、ノウハウを共有しよう
米国のあるVCでは、投資プロセスのはじめの段階で知財のデューデリジェンスを行なっている。この際に、社内だけでなく、必ず社外の専門家であるアドバイザーから、技術や知財、市場についてのレファレンスをとるプロセスを入れ、知財の活用方法まで踏み込んだ評価を行なっているという事例が紹介された。
今井氏は、セミナーの締めくくりとしてあらためて投資家がベンチャーの知財戦略を支援する意義が高まっていることを強調。経営戦略を考えていく中の各所で知財の要素を考慮する知財戦略が重要で、投資家の役割は、知財戦略の視点を拓くことと期待を寄せた。
知財の落とし穴に陥らないために、事業計画に知財戦略を落とし込む必要があるが、ラウンドごとに投資家・ベンチャー企業が陥る知財の落とし穴がある。早い段階で戦略面からの支援を講じることで、落とし穴を回避できるので、社内外で知財の評価・支援ができる体制・仕組みを構築することが重要とセミナーの内容をまとめた。