フジテレビプロデューサー赤池洋文が紡ぐ!読むだけで美味しいラーメン「物語」 第34回
「二郎」「さぶちゃん」……偉大なる2つの名店の遺伝子を継承する男が初めて語る過去と未来 のスた(東京・大井町)(後編)
2021年02月24日 12時00分更新
私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏愛に溢れた「物語」を紹介します。
「ラーメン二郎」と「さぶちゃん」。
偉大なる2つの名店でラーメンを学ぶという、奇跡のような経験を積み、現在「のスた」でその2店舗のイズムを継承したラーメンを提供する山中正人店主。20年に渡って、これまで2つのお店への想いを語ることはなかった山中さんが、今回初めて重い口を開いてくださいました。最初で最後かもしれない山中さんへの貴重な取材と、私のささやかな「のスた」体験を元に紡ぐ「物語」。クライマックスの後半戦です!
(※前回までのあらすじ)
「ラーメン二郎 目黒店」、そして今はなき神保町の「さぶちゃん」でラーメン作りを学んだ山中さんは、1999年、大井町に「凛」をオープンさせました。その後、「のスた」への改名や、支店展開、そして最大のピンチに陥った店舗火災を乗り越えて、2015年に現在の「のスた」の店舗に移転しました。そして、その店舗を弟子に譲り、さらに別の場所に新たな本店を構えようとした矢先に、新型コロナウイルス感染症の問題が勃発。計画していた本店の移転が白紙に戻ってしまったのです──。
「コロナウイルスがこれだけ蔓延する状況で、本店移転は不可能」。山中さんは苦渋の決断を下しました。またそれと同時に、もう一つの問題が発生。お弟子さんのお店「社井田」をこのまま営業させるのが難しい状況に陥ってしまったのです。
「ラーメン作りって、結局最後は作る人間の人間力がモノを言うんですよね。味云々もありますが、そこが圧倒的に足りてなかった。残念ながら、まだ早かったんですよね。でも彼は今、『凛 渋谷店』で再修業中なので、一人前になったら、またお店をやらせようと考えています」
個人的には「社井田」のラーメンも好きだったので、彼が一回りも二回りも大きくなって帰ってくることを期待してます!
こうして、本店が出戻りする形で、2020年7月に復活を遂げることになりました。山中さんは、この復活を機に大幅リニューアルに踏み切ることに決めました。期せずして、20年に渡りお店を続けてきた山中さんの集大成とも言える再出発の場となったのです。
まず、店内のレイアウトを大々的に変更。コロナ対策の一環として、厨房を壁で囲いました。これによって、ラーメンを作っている山中さんの姿が一切見えなくなってしまいました。コロナ対策なので致し方ないとは言え、せっかく復活された山中さんの姿を拝めず、残念でした。
ただ、今年になって、壁の一部に穴を開けて、厨房の様子が見えるようになりました。私は店主がラーメンを作る姿を眺めながら待つのが大好きなので、これはとても喜ばしいことです。
そして、メニューを一新。これまでの「太麺」「細麺」という名前を、「守」「破」「離」と改めました。「守破離」とは、日本の武道や芸道などに伝わる修業の過程を表した言葉。極真空手をやってきた山中さんならでは命名です。
「守」とは、師匠の教えを守ること。つまり、今はなき「さぶちゃん」の教えを守って、これまで20年間続けてきた「細麺」を今後も提供していくことを意味します。「細麺」の塩はそもそも山中さんのオリジナルであったり、麺も国産小麦によるしなやかな自家製麺であったり、細かい部分では手が加えられていますが、その根底には間違いなく「さぶちゃん」のイズムが流れています。
「『太麺』に関しては、『二郎』が健在なワケだし、自分がどうこうすることもないのですが、『細麺』に関しては、もう他に誰もやる人がいないので、自分がやるしかないのかな、と」
「細麺 醤油」はまさに古き良き「さぶちゃん」を彷彿とさせる味。動物系の出汁に生姜の効いたスープは、食べ進めるうちに尻上がりに旨味が増していく感じで、食べ終わる頃にはすっかり中毒になってしまう、そんな魅惑の旨さです。
そして「細麺 塩」。個人的には、山中さんが生み出したこの味は、ラーメン界に燦然と輝く偉業だと思っています。それ程までに圧倒的に個性があり、圧倒的に旨いです!ベースは「さぶちゃん」でありながら、別次元の旨さを構築しています。塩なのに、醤油よりはるかにパンチが効いて攻撃的です。塩ラーメンの一つの到達点だと言っても過言ではありません!
また、「さぶちゃん」と言えば「半チャン」。山中さんも、お店を開いた1999年当初は「半チャン」を提供していました。しかし、その後「太麺」も始めたことで、「細麺」「太麺」「半チャン」を一度に作るのはオペレーション的に難しくなり、結果20年の長きに渡って「半チャン」は封印された、幻のメニューとなっていました。以前の食券販売機には「半チャン」のボタンがあったものの、いつ行っても、何年経っても「売り切れ」の表示。「一体いつになったら提供されるのか?」とずっと待ち続けたものの(笑)、提供されることはありませんでした。
しかし今回のリニューアルで、ついにその封印が解かれました! 「細麺」と「太麺」の提供日を分けることで、「細麺」の日に「半チャン」も提供されることになったのです。待望の「半チャン」は、まさに往年の「さぶちゃん」の味そのもの。
「20年間作ってなかったのは、物理的に無理だったのもあるのですが、何より『あの半チャンは(「さぶちゃん」の)おじさんが作る物』という想いがずっとあったんですよね。でもそれがなくなってしまったので……あれは守るべきものですから」
いわゆるパラパラしたチャーハンとは真逆の、ベチャッとした食感。玉子もふんわりしたものではなく、しっかりと火が入ってフライドエッグ状態。これが途轍もなく旨いのです!
かつての「さぶちゃん」のチャーハンの味を知る者は、涙なしでは食べられないクオリティなのは間違いありません。あの味にお世話になった人は多いハズですが、それを今楽しめるお店があることは意外と知られていないと思います。
是非とも「細麺 醤油」と「半チャン」で、在りし日の「さぶちゃん」に想いを馳せながら、「のスた」で新たな「物語」を紡いでいただきたいです! もちろん、「さぶちゃん」を知らない人でも、シンプルにこの中毒性満点の味を楽しんでいただけるハズです!
「破」とは、師匠から教わった型を破り、自分に合った型を模索すること。つまり、「二郎」の型にとらわれることなく、自分なりの「太麺」を提供していくことを意味します。まさに山中さんが20年間ずっとやってきたスタイルを、改めて提示したものになります。中編にも記した通り、山中さんはこれまで塩・味噌・カレー・担々麺など様々なオリジナルの味を生み出して、ある意味出し尽くした感もある一方で、今多くのお店が追随して似たような味を出しているという現実があります。
「色々な味を出すことは、自分の中で少し飽きてしまったところもあって、今は『醤油』と『ポン酢』だけにメニューを絞ってますが、違うものも考えています。例えば自分は蕎麦が好きなのですが、栃木の方に『ちたけ』というキノコを使った『ちたけそば』というのがあって、これが物凄く美味いんですよ。そういったモノをつけ麺に落とし込んでみようかな、とか色々考えています」
先駆者としてのプライドもある山中さん。フォローたちのさらに先を行く新たな味を提示してくれることだと思います!
また山中さんは、味以外でも「もっと違う方向に振り切ろう」と、まさにこれまでの型を『破って』、新たな型を提示することにしました。それが「国産へのこだわり」です。
小麦、豚、モヤシ、キャベツ、醤油など、全ての材料を国産にしました。こんな時代だからこそ、「安心」「安全」にこだわり、その上で美味しいラーメンを作る。「二郎系」を提供するお店で、味のバリエーションを増やすことに注力するお店は多数あれど、このような視点に立っているお店は聞いたことがありません。これまで数々の既成概念を覆してきた、山中さんならではの発想です。
「離」とは、師匠の教えから離れ、自分の型で新たな流派を作ること。つまり、「破」をさらに突き詰めて、もはや「二郎」とは別次元の「太麺」を提供することを意味します。「全て国産の材料を使う」という「破」のコンセプトだけでも十分驚きなのに、「離」ではナント、その材料に使われている原材料まで日本産にこだわっているのです。
例えば、「離」で使われているモヤシ。一般的な「国産のモヤシ」とは、確かにモヤシの生産自体は国内で行われているのですが、その原材料となる黒豆はタイやミャンマー産であることがほとんどです。しかし「離」で使われているモヤシは、大変希少な北海道産大豆「ゆきしずか」を原材料とした、つまり純然たる「日本産豆モヤシ」です。この柔らかい歯ごたえは、少なくともこれまでラーメンでは味わったことのないモノで、とても貴重であり、とても美味しいです。
原材料まで全て日本産にこだわった結果、旨味調味料の原材料であるサトウキビだけではどうしても外国産のモノしかなかったものの(つまり、日本産のサトウキビを使用した旨味調味料は存在しない)、その他全てが日本産の原材料を使った、まさに「限界まで日本産」のラーメンが誕生したのです。
「国産に変えたことで、材料費がハネ上がりました。小麦粉は倍の値段になって、ニンニクにいたっては青森県産のモノにしたら10倍になりました(笑) でもやはり美味しいんですよ。『ゆきしずか』もそうですが、みんな小手先の味の変化しかやっていない中、こういう骨太で正統派な挑戦をしてみるのもいいかな、と」
最初にこの話を聞いた時、思わず「この人は正気なのか?」と疑ってしまいました(笑) しかし、山中さんの飽くなき探求心の結果、「日本産の特選食材で作り上げた、ジャンクなラーメン」という前代未聞の一杯が出来上がったワケです。まさに極限まで振り切って突き詰めた、これまでの「二郎系」とは別次元の、新たなる「山中流太麺」であることは間違いありません。
この「上品で下品なラーメン」を、是非一度ご賞味下さい。特に「二郎系」を好んで食べ歩いている若者に食べていただきたいです。今流行りのインスパイアとも、本家直系とも異なる一杯を堪能できると思います!
チャーシューに関しても改良が加えられました。これまでの「煮豚」に加えて、「二郎系」ではほとんど見かけない「焼豚」が新たに提供されるようになったのです。山中さんはリニューアルオープン前に、元々所有していたタンドール窯に加えて、吊るし焼き用の釜も購入し、様々な部位の豚肉を片っ端から焼いて試作しました。「焼きを重視したい時はタンドール窯、香りを重視したい時は吊るし焼き釜」と、目的によって使い分けながら調理された「焼豚」は、毎回その風味が微妙に変わるので、行く度に違いを楽しめます。
いずれも国産豚のウデ肉を使用しつつも、赤身の肉々しさと脂身のトロトロ感が同居した「煮豚」と、ジューシーでしっとりとした赤身の旨味と薫香が楽しめる「焼豚」。それぞれの魅力に溢れる2種類のチャーシューは、食べ比べ必須です!
さらに山中さんは、「バラ肉も美味いので、今後はウデ肉だけなく、バラ肉も使っていく予定」と、目論んでいるようなので、また新たなる「焼豚」と「煮豚」もお目見えするかもしれません。楽しみです!
これまで何度か記してきた通り、一見、無口で威圧的なオーラを放つ山中さん。それは単なるコワモテなイメージというだけではなく、ラーメンに対してストイックに向き合っているからこそ滲み出てくる迫力とも言えます。空手道を突き詰めるのと同じように「ラーメン道」も突き詰めてきた山中さん。しかし、大崎店での一人営業、支店展開、そして火事……など様々な経験を積んで、年を重ねたことで、かつてよりかなり柔和になられました。だって、こんな取材を受けてくださるんですから(笑)。
今回のリニューアルで、「守破離」というコンセプトを打ち出し、「限界まで日本産にこだわる」という、ストイックなラーメンを作り上げました。しかし、山中さんはその一方で、
「今回国産にこだわる形で作りましたが、限定で『オーションの日』を作って、オーション麺に外国産のデカい豚を使った、オールドスタイルの一杯を提供する、なんてことも考えてます。やはりそれはそれで旨いですから」
と、求道者のごとくこだわり抜いて作ったかと思いきや、その真逆を行くようなモノを、さらっと提案してくるのです。
さらに最近では、「太麺classics(古典)」と銘打って、2000年頃、まさに山中さんが「太麺」を提供し始めた頃の調理方法で作ったモノを再現したラーメンを提供しています。これはスープに脂を閉じ込めない、つまり乳化させない作り方で、そのイメージは「かつての二郎の味」だと山中さんは言います。
当時、山中さんは自身の若さと勢いもあって、「太麺」を磨き上げる過程で、スープは乳化していき、麺は太くて硬くゴワついていきました。それが「二郎より狂暴でワイルドな味」とお客にウケたのです。
しかし、今やその味が「二郎系」全体のスタンダードとなり、さらにエスカレートしています。その結果、非乳化のすっきりしたスープと、柔らかでしなやかな麺で作られる「あの頃の味」を提供するお店はほとんど無くなってしまいました。
山中さんはあえて、その時代に戻るかのようなラーメンを作ろうとしているのです。実際「太麺classics」は、今の「二郎系」を食べ慣れた舌には、驚くほどあっさりしています。しかし、スープそのものには豚の旨味がしっかり出ているので、コク深い力強さと醤油の切れ味を感じることができます。加えて、上に乗ったアブラを徐々にスープに溶かしていくことで、旨味がさらに深まります。この昔ながらの味は、オールドファンはもちろんのこと、最近の乳化したモノしか食べたことのない世代には逆に新鮮に思えて、きっと楽しめることと思います!
そして、スープだけでなく、麺もあの頃のモノを再現しようと考えているそうです。これまで山中さんは独自の製麺方法で麺を打ってきましたが、元をただせば三田の親父さんの麺を間近で見て、作り方も教えてもらったという貴重な経験の持ち主です。その経験をもって、はたしてどんな麺が作られるのか? 楽しみでなりません!
このように、自分の型にこだわらず、とにかく柔軟にやりたいことを楽しくやる。これが今の山中さんのスタイルです。この20年間、強靭なこだわりを持ってストイックに突き詰め続け、やり尽くしたからこそ、今はその反動で、何のこだわりもなくやれてしまう。さながら「肩の力の抜けた求道者」。その根底にはやはり、「『の』んびり、『の』びのび、『ス』トレスを『た』めず、『た』のしくやる」という「のスた」の精神が流れているのです。
「『二郎』と『さぶちゃん』。この2軒に寄せようと懸命やってきましたが、絶対に到達できないことは分かっていました。だからこそ自分なりのアレンジを施すことで、ここまでやってくることができたのだと思います。あの2人、そして若林さんには感謝しかないです」
山中さんは今でも、年に3回くらい匂いだけを嗅ぎに、「二郎 三田本店」まで行っています。「食べなくても匂いだけ嗅げば何となくどんな味なのか分かるから」と前置きしつつ、「やはり好きすぎるので、食べてしまうと全てその味に寄せてしまいそうで……。だから入らないようにしているんですよね(笑)」と、冗談っぽくも本音を語ってくださいました。
「さぶちゃん」に関しても、20年経った今でも、「おじさん」の所作を思い出して、忠実に同じ動きをして「半チャン」を作っています。かつて一挙手一投足を見逃すことなく脳裏に焼き付けたので、「『おじさん』の動きは鮮明に蘇らせることができる」と、山中さんは言います。
どれだけ時を重ねても、今も変わらずこれだけのリスペクトを抱き続けているのです。
冒頭にも書いた通り、これまで「のスた」は積極的に宣伝活動をすることはありませんでした。山中さんが最近ようやくTwitterを始めたとはいえ、今後それでバリバリとお店をアピールしていくこともないでしょう。のんびりマイペースでやっていくのが「のスた」ですから。
なので、私がここで「是非とも食べてください!」と宣伝すること自体、山中さんは望んでいないと思います。でも、こんな凄い歴史を持っていて、そしてこんな旨いラーメンを出しているお店を、ラーメン好きの人でも知らないかもしれないということがもったいない! 勝手ながら私はそう思ってしまうのです。
「二郎」や「さぶちゃん」を愛する往年のファンはもちろんのこと、改めて「『さぶちゃん』なんて知らない」という世代に是非とも食べていただきたいです。
今流行りの醤油のキリっと効いた淡麗系ラーメンがカミソリの切れ味だとしたら、「のスた」のラーメンはナタでぶっ叩かれたような味と言いましょうか。洗練されたすっきり感とは真逆の、雑味を含めた強烈な旨味を感じる骨太な一杯です。昔ながらでありながら、今なお途轍もなく旨いラーメンです!
偉大なる2つの大名店の遺伝子を継ぎながら、そのことを声高に叫ばずにのんびりと営業を続ける、静かなるレジェンド店「のスた」。山中さんは、「二郎」はともかく、「さぶちゃん」に関しては今や唯一の後継者。そんなラーメン界の「温故知新」と言うべき一杯を啜りながら、大名店を作り上げた偉人たちの「物語」に想いを馳せるのはいかがでしょうか?
是非あなたにも「のスた」のラーメンを、あなたなりの「物語」を紡ぎながら食べていただきたいです。
赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)
2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。
百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/)
本人Twitter @ekiaka
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