データサイエンス主導の政策決定の再発明・国民全参加型の議論フォーラムの可視化
オードリー・タン台湾デジタル大臣との対話 - 未曾有の危機に幅広く使える未来思考(前編)
2021年1月19日、『コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む』(翔泳社刊)が発売されました。医師の起業家からAIの研究者・ITの先端技術コンサルタントによって執筆されており、コロナ対抗策としてのAIの社会実装事例・AI研究事例・医療研究事例をわかりやすくまとめられています。今回本書の発売を記念して、収録されている台湾のデジタル大臣、オードリー・タンさんへの特別インタビューから、一部内容をご紹介します。株式会社キアラ 代表取締役の石井 大輔氏による寄稿です。(後編はこちら)。
Image from Amazon.co.jp |
コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む |
IQ180の天才エンジニア、世界でも大注目を集める台湾のデジタル大臣オードリー・タンさんに貴重なインタビューの機会を頂けた事は、私にとっても大きな勉強になりました。台湾は新型コロナウイルス対策で、世界でも最も成功した事例として知られています。インタビュー後の私の感想としては、大げさではありますが、”観音様に出会った孫悟空”の様な気持ちになりました。
コメントが上手な人はTVでもよく見かけます。オードリーさんはそういった人とは大きく違っていて、様々な事象に関する真理、それも様々な物事に適用できる汎用的で長期的な真理を短く抽象的な一言で、的確に深い洞察のもとコメントされていると思います。
インタビューが終わり数週間、いまでもジワジワと、”あの時のオードリーさんの一言は、きっとこういう場面にも使えるはずだ”という事に日々気づかされています。ぜひそういう目線で、楽しんで読んで頂きたいです。(以下、文中敬称略)
石井:質問は、シアトルの企業Pol.isとのコラボレーションについてです。Pol.isとのコラボレーションでは大変革新的な取り組みをされているそうですね。民主主義をリアルタイムに可視化するような試みと聞いています。私たちもここ東京で機械学習ハッカソンのコミュニティを運営していますので、オードリーさんの視点には非常に興味があります。人々が行う意見交換をデータ分析して、何か発見はありましたか? 次世代の政治システムへと繋がっていきそうですね。ここ日本でも同じことをするべきだと思います。
オードリー・タン:私たちはあらゆることにPol.isを使用しています。例えば登山やハイキング、マリンスポーツ等です。さらには、米国大使館との外交まで、本当に何にでもPol.isを使っています。
ちなみに、台湾のPol.isシステムのウェブサイトはgov.twというドメインで運用していますが、これは台湾国内のサーバーでホスティングされています。そのため(コンプライアンス上の要件もクリアしやすく)、我々の機関に非常に浸透しています。私がPol.isについて一番気に入っている点は、これが20世紀のAIを使用しているということです。
仮にディープラーニングのような21世紀のAIを使った場合、その仕組み上、なぜその結果が導き出されたのか説明するのが困難だからです。
Pol.is.が使っている20世紀型のAIは、ほとんどが主成分分析と呼ばれる手法を使っています。
また、多くの場合、"k-means clustering "と呼ばれるアルゴリズムも用いていますが、一次元の場合、時間をかけて概念を説明してあげれば、聞き手側でも検証が可能になります。
訳注:k-means clustering=ベクトル量子化手法の1つオードリー・タン:しかし、もしあなたがディープラーニングの最先端手法であるトランスフォーマーモデルを使って説明した場合、聞き手側で同じように検証するのは非常に難しくなります。
データを扱う能力を獲得するには、自らデータを作成して分析し、自信をつけることが必要だと思います。
データを扱う能力を獲得するには、データ分析の結果だけを見て満足するのではなく、自ら結果を導き出す能力が必要なのです。出来合いのメディアを見ているだけはメディアリテラシーが高くならないのと同じことです。
まずは20世紀のAIのようなわかりやすい技術から導入を始めて、各々の聞き手が結果を再現し、自前で分析できる能力を付けることが重要です。
そのうえで、ディープラーニングのような支援、例えばスマートな分類などを導入するのが良いのではないでしょうか。
中核技術を持つのはよいことです。ただ、その動作機構について説明可能でなければならないと私は思います。つまり、簡単に説明できて、導き出された結果が利用者にとって最善であることを示す必要があります。
石井:ありがとうございました。今ご説明いただいたことに関連して質問があります。機械学習が持つ特徴として、直感に反するような事実を発見できることがあると思います。今回、人の意見を分析して、何か直観に反するような事実は見つかりましたか?
オードリー・タン:Pol.isシステムによる洞察は、大半の参加者にとって驚くべき内容で、直観に反するものでした。ソーシャルメディアの中には社会にとって好ましくないものがあります。イデオロギー対立に関する論争により、人々はこれまで多くの時間を浪費してきたことが明らかになりました。
物議を醸すようなイデオロギー対立の原因はそれほど多くありません。意見が合わないこともありますが、大半の事については合意できるはずです。例えば、Uber-Xが台湾でサービスを開始した時、(白タクだということで賛成派と反対派の意見対立がありましたが、)ドライバーを登録制にすることや保険料を徴収することで合意することができました。
シェアリングエコノミーについての解釈も、人により様々です。知人だけで乗車する場合や単独で乗車する場合はシェアリングエコノミーに該当しないと主張する人がいる一方で、空いている車をマッチングするプラットフォームがあればシェアリングエコノミーに該当するという人もいます。
イデオロギーにとらわれてしまうと社会の進歩は止まってしまいますが、Pol.isシステムの直感的でない洞察を活かせば、意見の一致や価値の共有を促進することができると思います。
オードリーさんが第3次AIブーム以前の古典的機械学習(DeepLearning以前の歴史あるAIモデル)を、Pol.isの議論データ分析に選んでいる点に注目したいです。精度が十分でない場合、解析の中身のプロセスができるようなモデルを好んで使っています。
当然最新のTransformerなどDeepLearningニューラルネットワークモデルを使うことはできますが、政策は重要な意思決定という視点に立つと、プロセスがブラックボックス化しているニューラルネットワークは検証しづらいので向いていないという事でしょう。
同時に政策の立案はなかなか答え合わせ(=AIの精度の検証)をしづらい分野であるといった事に起因していると思います。
本件の書籍発売
2021年1月19日、翔泳社より我々の書籍『コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む』が発売されます。
今回のオードリー・タンさんインタビュー全編に加え、コロナ対抗策としてのAIの社会実装事例・AI研究事例・医療研究事例をわかりやすくまとめた書籍です。医師の起業家からAIの研究者・ITの先端技術コンサルタントまで、専門家の深い知識に基づいて書かれています。AIはコロナに苦しむ人類に光を与えるのか? ぜひお読みいただければと思います。
聞き手プロフィール
石井 大輔(いしい だいすけ) 株式会社キアラ 代表取締役。京都大学総合人間学部卒。AI・機械学習に特化した研究会コミュニティTeam AIを立ち上げる。シリコンバレーのアクセレレーター Y Combinator Startup Schoolと500Startups Kobe Acceleratorを卒業。100ヶ国語同時翻訳ChatbotアプリKiaraを海外向けにローンチ。
著書
『機械学習エンジニアになりたい人のための本 - AIを天職にする』(翔泳社・単著)
『データ分析の進め方 及び AI・機械学習 導入の指南』(情報機構・共著)
『現場のプロが教える前処理技術』(マイナビ出版・共著)
『コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む』(翔泳社・共著)
メディア出演
『AI共存ラジオ 好奇心家族』 (TBSラジオ)
『Abema Prime』 (テレビ朝日)
https://www.ishiid.com/