海中で輝く青い光を追って――東大・吉澤晋准教授インタビュー

「東京湾のバクテリア研究」なら今からでも第一人者になれる!?

文●石井英男 編集●ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

海の微生物はなぜ青色に光るのか?

―― なるほど。この連載のテーマの1つが「研究者という進路があることを若い人に伝えたい」です。身近に研究者ってあまりいませんよね。博士を見るのってテレビぐらいでしょう。今回の記事では「研究者という職業の面白さ」も伝えていければと思っています。さて、吉澤先生は大学1年生のときに、光る微生物を見て衝撃を受けたと仰いましたが……。

吉澤 たとえば地上に居るホタルは黄色く光ります。対して海に居るヒカリキンメダイは青く光ります。海の生物は基本、青色に光るのです。夜光虫やホタルイカもそうです。

 それがなぜ青色である必要があるのか? 体内にGFP(Green Fluorescent Protein/青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するタンパク質)が見つかったオワンクラゲは珍しく緑なのですが、なぜ彼らは緑色に光る必要があるのか? その疑問が現在の研究につながっています。色に興味があったのです。

吉澤先生のWebサイトより。発光微生物は生息海域で最もよく見える色を選んで光を出しているという。海中で一番遠くまで届くのは青色なので、青い光を出す生物が多くなる

―― 言われてみると青く光っているイメージが強いですね。逆に、赤く光る生物って聞いたことありません。

吉澤 僕は学生時代、その赤く光る生物を探していました。世界中の海から発光細菌を採ったのですが、赤はいませんでした。そして、やはり青く光る理由があり、赤では光る意味がない、というのがたどり着いた結論です。

 赤色の光は海の中で透過しづらく、太陽の光も赤は深いところまで届かないので、海で生活する多くの生き物は赤が見えない、要は赤色の光がない世界で生きているのです。そしてもっと深い海中には青色光しか届きません。そのような環境では、生物発光が青色でないとコミュニケーション手段として意味がないということがわかってきたのです。

 洞窟に棲む生き物は目を退化させていて、オオサンショウウオはほとんど目が見えないと言われますよね。でも深海生物はみんな目があります。深海魚を想像してもらうとわかりやすいですね。

―― 確かに大きなギョロ目のイメージがあります。でも不思議ですね。海の中は光が届きづらいのだから、目が大きい必要なんてないのに。

吉澤 まさにそこがポイントです。みなさん『海には光がない』と漠然と思っていますが、光があるからこそ海の生物は目を持っているのです。では、なんの光かというと、太陽光ではなく生物由来の光です。その光を見る必要があるので、魚は基本目を持っています。そして生物発光の色は、生物が認識できる青色である、というわけなのです。

―― ああ、なるほど!

吉澤 そして最近の僕の疑問は緑色なのです。

光合成に緑色が使われない理由を知りたい!

―― 緑色は、海よりも植物のイメージがありますが……。

吉澤 植物がなぜ緑色である必要があるのか、僕はいまいちわからないのです。それはいつ決まったのか? 緑色に見えるということは、光合成に緑色の光を使っていない、ということでもありますよね。

 教科書的には、葉っぱが緑色に見えるのは「クロロフィルが緑色を吸収しないから緑色に見える」と説明されていますが、クロロフィルが緑色を使わない理由は教科書のどこにも書かれていません。

 生態系はエネルギーの取り合いですが、陸上生態系では緑色のエネルギーは余っているわけです。それなのに、余っている緑色を使う生物が地上にいないのはすごく不思議です。一方、海には緑色の光をエネルギーとして使う生物がいるのです。

海洋微生物のサンプリング風景。旧家の庭先で……?

―― 地上では余っているはずなのに、使われていないのは疑問ですね。

吉澤 我々を含む全生物が活動するために使うエネルギーは、基本的に太陽光に由来します。植物は太陽から光を受け取って成長し、そのエネルギーを生態系に流しています。海洋だと、植物プランクトンが作り出した有機物を微生物が食べ、ちょっと大きい生物が食べて、それを我々人間などが食べている、という順番です。

 太陽から光エネルギーを受け取れる生物は、教科書には光合成生物しか書いてありません。しかし35億年にわたる生物の進化のなかで、光エネルギーを使える生物が光合成生物1種類なわけがない。光合成とは異なる手段で光エネルギーを使う生物が地球上にはいて、教科書には書いていない光を受け取る装置が存在し、その窓口を通して光エネルギーが生態系に流れ込んでいるはずです。そして実際、20年ほど前に海で発見されました。

―― おお!

吉澤 いわゆる微生物型ロドプシンと言われるもので、僕も研究していますが、未だにどれくらいの太陽エネルギーを受け取っているのかわかっていません。

―― 私の高校時代にはそんな話、聞いたこともありませんでした。

吉澤 ロドプシンのシステム自体、まだ高校の教科書に載っていませんし、そもそも教科書には微生物ってほとんど出てこないのです。じつは地球上の酸素の半分は微生物が作っているのですが……このことも教科書には書いていませんね(笑) あと、高校の教科書って基本的に淡水の生き物のことしか書いてません。じつは、海の生き物ってほぼ習わないのです。

―― 植物の進化の方向によっては、そこらへんに生えている植物が片っ端から青い世界もありえたということですよね。

吉澤 青くてもいいし、1種類である必要もありません。緑青赤が混ざっていて、一年中紅葉しているような生態系でもおかしくないのですが、現在の地球はそうではなく、元気な植物はみんな緑色なので不思議ですよねえ……。

過去記事アーカイブ

2022年
01月
02月
2021年
01月
03月
09月
10月
12月
2020年
02月
04月
05月
08月
09月
10月
11月
12月
2018年
09月
10月