IBM Quantum Summit 2020 産業界において量子コンピューティングが可能にすることを探る
日本IBM
ビジネスとテクノロジーは、特に情報技術の分野で、連携しながら進歩してきました。産業界は、従来のコンピューターでは限界がある問題の解決に対する取り組みを目指しており、情報処理について、原子と同じ物理法則を活用する量子コンピューターに注目し始めています。すでに、100を超える企業、研究機関、政府機関がクラウドでアクセス可能な当社の量子コンピューターによって、ビジネス上の困難な課題を解決する方法を研究するためにIBMとパートナーシップを結んでいます。
毎年開催しているIBM Quantum Summitの今年のパネルディスカッション「産業界において量子コンピューティングが可能にすること(The Promise of Quantum for Industry)」では、量子コンピューターがチャレンジするにふさわしいビジネス上の課題に焦点をあてました。その中で最も注目すべきは、現在のコンピューターでは不可能な、複雑な化学化合物や化学反応を研究者がシミュレーションすることを支援する能力です。このようなシミュレーションは、バッテリー・テクノロジーを向上させたり、腐食性を高めたり、再生可能エネルギーの効率向上やコスト削減をもたらす新素材の開発に大きな影響を与えると期待されています。
当社の顧客である、ボーイング、エクソンモービル、メルセデス・ベンツの親会社であるダイムラーAGの3社究者が、IBMのシニア・マネージャーで量子アプリケーション・アルゴリズム・セオリー担当のジェイミー・ガルシア(Jamie Garcia)と私とともに、パネルに参加し、IBMの量子コンピューターを用いた取り組み、期待されるメリット、取引先企業との適切な期待の設定方法についての考えを共有しました。
腐食性への対応
ボーイングはIBMと共同で航空宇宙のイノベーションの重要な分野で、量子コンピューターを用いて、計算および情報伝達を加速度的に速める可能性を追求しています。ボーイングはクラウドベースのIBM Quantum Experienceプラットフォームを有効に活用して、量子コンピューターやその他の強力なリソースへのアクセスを研究者に提供しています。これらは、素材のテストや最適化など、航空宇宙産業の困難な課題を解決するテクノロジーの最適な活用方法を決定するために使われます。
ボーイングのような製造業は、これらの素材が長期間にわたって稼働条件に耐えられるかを判断するために、その特性に基づいて素材を評価します。素材の選択、適合化、テストには多大な時間と労力が割かれます。しかし、現在の素材テストの枠組みでは、研究所でのスクリーニングが何か月にもわたり、さらに、屋外での暴露試験または実際に使用した上での評価に何年もかかっています。ボーイングは、包括的な素材評価の実施、環境条件に対する素材の反応のモデル化、耐用年数およびパフォーマンスの推定を、量子コンピューターを用いることによって、従来のコンピューターよりはるかに効率的かつ包括的に行うことを計画しています。
最適化は量子コンピューティングが適用できるもう1つの重要な分野で、これには、物流ルートの決定や工場での組み立てに向けた計画およびスケジュールの最適化などが含まれます。ボーイングの研究者は、IBMの量子コンピューティングを用いていくつかの最適化アプリケーションに取り組んでいます。
再生可能エネルギーの推進
エクソンモービルは、同社の重点方針である、より多くの再生可能エネルギーの提供に役立つ新素材の開発を加速するために、量子コンピューティングの活用を計画しています。より少ない炭素を使用してエネルギーを生み出すことが同社の最優先事項の1つで、このためにはより少ないエネルギーで機能する新しい触媒の創成が必要になると、エクソンモービル・リサーチ・アンド・エンジニアリング・カンパニー(ExxonMobil Research and Engineering Company)の物理・数理科学担当ディレクターで、パネリストのエイミー・ハーホールド(Amy Herhold)氏は話しました。
「(IBM Quantum Summitでは)多くのプレゼンターが素材開発のボトルネックや、開発を実際に加速させる量子コンピューティングの可能性について話していました。ある分野(モデルの有効性に関する実験的検証が多くある分野)では非常にスムーズに物事が進みますが、それ以外の分野ではそうはいきません。モデルは、事実を確かめた後に何が起こったかを推測するために用いられます。このため、私たちは実験に依存しなければならず、それはとても時間のかかるプロセスなのです」と述べました。
エクソンモービルは、量子コンピューターによって、素材の化学的特性のシミュレーションをより正確に行うことを期待しています。同社はIBMと協力して、最小の分子である水素について、量子コンピューター上でこのシミュレーションを実施する方法を開発しました。「今度は、コンピューターの能力の向上に伴って、もっと大きな分子の正確な熱力学特性を得る方法にまで拡大することに挑戦します」とハーホールド氏は述べました。
バッテリーの改良
バッテリーの調査および開発は、ダイムラーのメルセデス・ベンツにとって注力分野です。「新素材のシミュレーション、テスト、発見において、解決すべき非常に困難な問題が存在します」とメルセデス・ベンツのオープン・イノベーション担当ディレクターで、パネリストのベン・べーザー(Ben Boeser)氏は話しました。「これらの問題をなんとかシミュレーションの世界に持ち込みたいのですが、それを手助けしてくれるものならなんでも、全社的レベルでみれば巨大な差別化要因になるはずです。特に電気自動車の拡大を目指している今はそうです。ここが最大の投資分野となっています」
新しいバッテリー・テクノロジーのテストや有効性の検証において、長年にわたるプロセスに遅れが生じると、市場での機会を逃すことになりかねませんと同氏は述べました。「この分野では、開発サイクルは非常に長期間にわたります。新しい化学化合物を今作成できれば、今後の5年程度で製品を世に送り出せるでしょう。時間軸の短縮は顧客に大きな影響を与えるのです」と指摘しています。
バッテリーの化学的性質は非常に複雑です。「素材の表面が他の相(液体または気体)と接触する時には常に非常に複雑な反応が起こりえます」とIBMのガルシアは話しました。彼女は現在、メルセデス・ベンツとの共同研究に携わっており、化学およびエンジニアリングの限界のために今のところは実現困難な、次世代バッテリーに関する反応メカニズムおよび経路を研究しています。
「表面的な現象の裏で何が起こっているかを理解することは、次世代電池を現実化することに役立ちます」とガルシアは続けました。「私たちは非常に複雑になり得る特定の化学品に注目してきました。また、アルゴリズムの改良に役立つ従来の方法にも注目しています。これは、必要となる量子ビットの数を最小化したり、ハードウェアのノイズが存在していても計算がうまくいくようにするためです」
量子コンピューターは業界大手以外にも
また、IBM Quantum SummitでIBMは、ゼネラル・アトミックス、テネシー大学、Miraex、Nordic Quantumなど、官民両部門に跨るIBM Q Networkの新たな参加団体を発表しました。
ゼネラル・アトミックス:ゼネラル・アトミックスは、米国エネルギー省科学局によるDIII-D国立核融合施設の運営会社として、数十年にわたり核融合エネルギー研究の第一人者です。オークリッジ国立研究所ハブの一機関として、ゼネラル・アトミックスは、核融合エネルギーのトカマクでの極限環境内におけるプラズマ対向材をさらに理解するべく、IBM Q Networkハードウェアで計算化学技術を進歩させています。容器の壁で発生する表面反応の経路を十分にシミュレートすることは計算上非常に困難な問題で、量子コンピューティングのような新しい機能が必要になります。こうしたことを理解していくことは、核融合からクリーンで持続可能なエネルギーを獲得するために重要です。
テネシー大学:同じくオークリッジ国立研究所ハブの一機関として、テネシー大学准教授のルーカス・プラッター(Lucas Platter)氏と彼のチームは、物理システムの量子シミュレーションにIBM量子リソースを使用することを計画しています。この研究チームは、NISQシステムで最適に実行できるよう既存のアルゴリズムを調整する方法について特に関心を示しています。
Miraex:Miraexは、スイスのローザンヌにあるEPFLイノベーション・パークを拠点としており、経験豊富な量子サイエンティストおよびエンジニアのチームによって設立されました。このスタートアップ企業は主に、フォトニクスベースのハードウェアやアルゴリズムを使用して、さまざまなQPU(量子処理ユニット)を安全に接続する量子インターネットの開発に取り組んでいます。同社のチームはQiskitを使用して、ノイズあり中規模量子(Noisy Intermediate-Scale Quantum、NISQ)デバイスおよび未来の量子デバイスネットワークによく適合した、量子ハードウェアのシミュレーションおよびパルスレベル制御の開発も行っています。
Nordic Quantum:NQCGは、IBM Quantumを活用して、産業用アプリケーション用の量子アルゴリズムの開発や、アプリケーション性能のスケーリングのシミュレートを目指しています。NQCGは、量子フォトニック・ハードウェアのシミュレーションも実施予定です。NQCGはIBM Q Networkを通じて、IBMの量子システムにアクセスできるだけでなく、量子コンピューティング技術の専門開発者や専門ユーザーが集まった、国際的に認められた世界有数のネットワークにアクセスできます。これにより、NQCGはIBM Quantumや、IBM Q Network内の世界的組織とともに、理論的および実験的研究における新しい潜在的なパートナーやコラボレーターを特定してつながりを持つことができ、テクノロジーの製品化、商品化を進めることができます。
実用的な量子コンピューティングへの道
量子コンピューティングを向上させるには、ハードウェア、ソフトウェア、理論が同時に進歩していくことが求められます。ガルシアは次のように述べています。「これらの類いの計算に対して量子コンピューティングが力を発揮できるように、すべて同時に成長させなければなりません」
量子コンピューティングを実行可能なオプションにするためのビジネスにおける最大の課題の1つは、業界が今後数年間に期待できる進歩を記したロードマップを作成することです。このため、Quantum Summitで、IBMは2023年までに1,000キュービットに到達するためのロードマップを発表しました。IBMが新たに発表したロードマップは、「今は現状を維持して、テクノロジーの準備が整った時に組織全体がいつでもそれを利用可能にできるように準備をする後押しとなりました」とべーザー氏は述べています。
量子コンピューティングが業界で成功するために、量子技術を支持するリーダーは、楽観的な見方と現実を見据えた立場の間で適切なバランスを取れるようになる必要があります。「私たちは将来の可能性を引き続き楽観的に見ていく必要がありますが、楽観的な見方と、実際まだそこに到達していないという現実的な見方とのバランスをとる必要があり、バランスの取れた見方をするためにするべきことはたくさんあります」ボーイングのディスラプティブ・コンピューティング&ネットワーク部門でシニア・テクニカル・フェロー兼チーフ・エンジニアを務めるジェイ・ローウェル(Jay Lowell)氏はこう語ります。「事業投資にはその投資に対する見返りが期待されます。量子のビジョンに向かって前進し続けるために、投資した時間と性質について現実的な見方をしなければなりません」
ベーザー氏はこの意見に同意し、こう述べます。「メルセデス・ベンツでの私たちの目標は、テクノロジーと歩調を合わせ、ハードウェアの進歩と私たちとの距離を可能な限りなくしていくことです。これらの技術の進歩が、おそらく2年前には予測できなかった速さで加速しているのを見るのは興奮するに値する出来事です」