メルカリが進める5つの知財戦略を披露 キーワードはOpen & Defensive
「メルカリ知財担当がレクチャー 先輩企業に学ぶスタートアップ知財強化勉強会」レポート
特許庁は6月5日、ASCII STARTUPの協力のもと、知財専門家がお届けするセミナーイベント「メルカリ知財担当がレクチャー 先輩企業に学ぶスタートアップ知財強化勉強会」をオンライン(Zoomでのウェビナー形式)にて開催。事業戦略と知財戦略の一致をテーマに、株式会社メルカリで知財を担当する上野 英和氏を講師に迎え、メルカリにおける5つの知財戦略と、具体的な活動の事例が紹介された。
“知財戦略と事業戦略の一致”は20年来言われ続けているが、重要とわかっていても実現するのは容易ではない。両者を一致させるには、知財戦略に対する経営陣からの承認を前提として、その内容が企業活動と矛盾せず、企業活動を促進するものであることが必要だ。株式会社メルカリでは、知財活動として、どのような活動を推進・計画しているのか。現在、メルカリが進めている5つの知財活動を例に解説した。
会社の“価値観”に沿った知財戦略とすれば、自ずと事業戦略に一致する
メルカリでは、知財戦略を会社の“価値観”に沿って進めることで、事業戦略との一致を図っている。メルカリの“価値観”は、ミッション・バリュー・カルチャーの3つにある。
ミッションは、「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」こと。バリューは、会社が社員に求める行動基準として、「Go Bold(大胆にやろう)」、「All for One(全ては成功のために)」、「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」の3つを掲げる。
カルチャーとしては、「Trust & Openness」、つまり会社が社員を信頼して、ルールは最低限にし、社内で情報を共有する文化がある。
このミッション、バリュー、カルチャーを社内に浸透するため、OKR(Objectives and Key Results:目標と成果指標による管理制度)で、ミッションやバリューに基づいて目標を設定、評価する仕組みになっている。メルカリの社内Slackには「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」のスタンプがあり、社員同士の気軽なリアクションとしても浸透しているそうだ。
メルカリのOpen & Defensive戦略とは
知財戦略としては、上野氏が入社した2018年からOpen & Defensive戦略が構想されてきた。
知財業界における一般的なオープン&クローズ戦略は、特許出願の可否やライセンスの可否などを指すが、メルカリのOpen & Defensive戦略は、社会やコミュニティ、パートナーとの信頼性の構築といった広い範囲でオープンを捉えている。Defensive戦略として基本に忠実にミッションに掲げられたマーケットプレイスを知財で守りつつ、Open戦略として社会への貢献を考えて知財を公開していく、というのが大きな方向性だ。ちなみに、米国のテック業界ではOpen & Defensiveに近い知財戦略をとる企業も存在する 。たとえば、Microsoft社の知財保護プログラム「Azure IP Advantage」もその取り組みのひとつだ。
2020年に発表されたメルカリの事業戦略は、「CONNECT」をコンセプトに「パートナー 企業との連携を通じた出品施策の拡大」「データ連携を通じた一次流通と二次流通の融合」、2019年に発表されたメルペイの事業戦略は「OPENNESS」をテーマとしており、Open & Defensiveの知財戦略と一致していると言える。
メルカリだからこそ必要な知財戦略の内容とは?
続いて、具体的な知財戦略の内容として、「特許防衛団体への加入」「オープンソース」「模倣品対策」「カウンター特許の取得」「模倣/ただ乗りの取り締まり」の5つが紹介された。
1)特許防衛団体への加入
メルカリは、2020年3月にOpen Invention Network(OIN)およびLOT Networkの2つの特許団体に加盟。OINは、Linux、Android、Pythonなどのオープンソースソフトウェア(OSS:Open Source Software)※に関連する特許を互いに無償クロスライセンスする仕組み。世界で3000社以上が加盟。全メンバーの特許を集めると概算で300万件以上とされる。LOT Networkは、パテントトロールの攻撃から守るため、あるメンバー企業がパテントトロールに特許を売却した場合、ほかのメンバー企業にその特許のライセンスが自動的に発生することで、パテントトロールを活動できないようにするという仕組みをもつ。
※オープンソースソフトウェアとは無料、変更自由といった緩やかな条件で広く利用することが認められたソフトウェアを指す。
この2つの団体へ加盟した理由は、Defensiveの観点はもちろんだが、OINへの加盟はOSSを守ることの表明、LOT Networkへの加盟はパテントトロールを撲滅するという意思の表明になり、意思をともにするほかのメンバー企業との関係構築を行なうというメルカリが進めるOpen戦略としての意義も大きい。また、特許防衛団体にはコミュニティの側面があり、その組織運営はメンバー企業で構成されるボードが主体となって行なわれている。メンバーイベントなどコミュニティ活動を通じて、諸外国の企業と関係を築いていけるのもひとつの魅力だ。
2)オープンソース
メルカリでは、オープンソースに関する活動の前提として“コミュニティへの恩返し”という観点があるという。メルカリのエンジニア情報ポータルサイト「Mercari Engineering」では、このようなスタンスを「オープンソースの考え方」という文書で表明している。この考え方に基づき、GitHub等で自社のオープンソースを公開。また、ソフトウェアに限らず、社内の語学講座のカリキュラムやSlackの利用ガイドなど社内のノウハウもオープンソース化し、一般公開している。Open戦略が明確に表れた一面といえる。
また、Defensiveな側面として、ライセンス違反を防ぐためのオープンソース・コンプライアンスも重要だ。メルカリではOSSスキャンツールを導入し、マーケットプレイスを支えるソースコードに含まれるOSSをチェックし、ライセンス違反を起こさないよう対策をとっている。
メルカリでは、こうしたオープンソースに関する活動に、CTOをオーナーとして、エンジニア部門・セキュリティ部門・知財部門の各部署の有志が立ち上げたプロジェクトにより取り組んでいる。このような部署を横断するプロジェクトが進めやすいのも、オープンソースの公開という“価値観”がメンバーに共有されているからだといい、ここにも知財戦略を会社の“価値観”に沿ったものとする利点があるという。
3)模倣品対策
ルール違反の可能性のある出品を人力・機械学習で検知する仕組みを構築し、権利者や省庁とも連携しながら模倣品等の知財侵害品の撲滅に努めている。マーケットプレイスに模倣品等が出品されていることが権利者から報告された場合、侵害の有無を確認して削除に応じている。
通常は、カスタマーサポート部門が対応に当たっているが、出品された野菜や植物が種苗法の保護対象かどうか、手作りされた有名人のファングッズはパブリシティ権の侵害に当たるのか、といった判断の難しい案件もあるため、その場合は、知財部門で調査・確認作業を行なっているそうだ。
このような模倣品対策はメルカリの進める「あんしん・あんぜん」なマーケットプレイスの実現に向けた活動の一環として行なわれていて、Open & Defensive戦略におけるDefensiveの側面に当たる。
一方、模倣品対策にはOpenの側面もあるという。メルカリでは「権利者保護プログラム」という権利者がより簡易な方法で知財侵害品の削除を依頼できるプログラムを用意したり、権利者団体と意見交換を行なうなどにより権利者との関係構築をはかっている。また、省庁との連携にも積極的で、本セミナーの主催者である特許庁と共同して「コピー商品撲滅キャンペーン」を行なったり、東京税関と模倣品についての定期的な意見交換を実施などしている。
4)カウンター特許
カウンター特許とは他社からの特許に基づく侵害の主張に対して、他社にカウンターとして提示する特許をいうとのこと。メルカリでは、特許でカウンターすることはマーケットプレイスを守ることであるという認識のもと、Defensiveな活動のひとつとしてカウンター特許の取得に取り組んでいる。
5)模倣/ただ乗りの取り締まり
メルカリを模倣したアプリやメルカリの顧客吸引力にただ乗りするような行為がないか監視し、場合によっては特許・商標等を行使し、取り締まる。このような取り締まりはマーケットプレイスを守るというDefensiveな目標を達成するために必要であると認識されている。
最後に、スタートアップが知財戦略を進めていくうえでのポイントとして、「時間軸の視点をもつこと」を挙げた。メルカリは、“価値観”に沿った知財戦略を進めてきたが、スタートアップは、立ち上げ期だからこそ、この“価値観”に沿った知財戦略を構築しやすい。企業が成長し、複数の事業部を抱えるようになると、“価値観”を統一させることが難しくなってくる。
業種・時期によって知財戦略は変わるので、他社事例を参考にする場合は、自社のステージと同じ時期の活動を見るといいだろう。