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戦わずして勝つ手順書ビジネス 海外・リモートワークでも活躍

株式会社スタディスト 代表取締役 鈴木 悟史氏 インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。


 株式会社スタディストは、クラウド型のマニュアル作成・共有プラットフォーム「Teachme Biz」(https://biz.teachme.jp/)を開発・販売するスタートアップ。独自のアイデア・技術について積極的に権利化を進め、2010年の創業から1年1件のペースで11件の特許を取得している。ベンチャーにおける知財の守り方、成長を見据えた知財戦略について、代表取締役の鈴木 悟史氏に伺った。

株式会社スタディスト 代表取締役 鈴木 悟史(すずき・さとし)氏
明治大学大学院卒。株式会社インクスにて、3DCADの機能仕様検討業務や設計システムの開発に従事し、製品開発プロセス改革のプロジェクトリーダーを歴任。その後、同社パートナー職を経て、2010年2月インクスを退社。同年3月に株式会社スタディストを設立。

手順書のビジュアル化で業務効率化や人材教育を促進する「Teachme Biz」

 鈴木氏は、前職でコンサルタントとしてメーカーからの委託で製品開発のための業務システム構築を担当していた。納品の際には必ず操作手順書を作成するが、作成が大変なうえに膨大なページ数の分厚いファイルは知りたい情報を探しづらく、実際にはほとんど読まれることがないまま、ロッカーに保管されている。手順書は必要なものだが、本来の機能を果たしていないことに気付き、もっと効率よく手順を伝える方法はないだろうか、と考えるようになったのが起業のきっかけだ。

 スタディストのミッションは、「伝えることを、もっと簡単に」すること。文字だらけの手順書をビジュアルで簡潔に表現し、読み手が簡単に理解・再現できれば、ミスを防ぎ、業務効率を上げられるのでは、という発想から「Teachme Biz」が開発された。

「手順を文字で伝える手法は、粘土板に文字を刻み始めた古代エジプトの時代から変わっていない。これをビジュアルで見る手順書に変えたのは大きなイノベーションだと思っています」(鈴木氏)

 ビジュアル付きのわかりやすい手順書が簡単に作れるだけでなく、作業指示や実行管理が可能で、8月末にはトレーニングコースの設計と受講の進捗確認といった人材育成機能も搭載される予定だ。マニュアル作成コストの削減、人材育成の効率化、顧客満足度の向上といった成果が期待できる。

 同社によれば「ビジュアルSOP(Standard Operating Procedures)マネジメントプラットフォーム」であるTeachme Bizは、現在2000社以上の企業に導入されており、製造業、小売業、宿泊業、ITサービス、農業など業種は多岐にわたる。具体事例として、ディスカウントストアの株式会社ビッグ・エーは、店頭オペレーションのマニュアル化や新人研修に採用し、これまで14日間かかっていた研修時間が10日に短縮できたという。また製造業では、手順書のQRコードを工場の壁に貼り、作業員が知りたい手順をその場で確認できる仕組みを作っているそうだ。

 このような仕組みを成立させるため、Teachme Bizの「ビジュアルSOPのマルチデバイス化」「タスク配信機能」「スナップショット機能」の3つの機能には、環境に適したフォーマットで手順書を表示させる特許や撮影した動画から適した画像を切り出すスナップショットでのプロセスなど5件の特許が使われている。

 すでにPCT国際出願も進めており(一部は特許取得済み)、タイとマレーシアに進出。海外では、日本よりも人材の流動が激しいため、マニュアルのニーズは高い。コロナ禍の現状では多くの店舗が閉鎖となったが、Teachme Bizの導入店舗では、自宅待機中の従業員にリモートで指示を伝えるのに役立っているそうだ。リモートワークに移行した企業の業務手順の共有や遠隔研修のニーズで、この3、4月も順調に事業は成長しているという。

ある弁理士との出会いから、1年1件ペースで特許取得が加速

 株式会社スタディストはここまで、創業11年目で11件の特許を取得している。鈴木氏の知財意識は、前職のインクスで培われたものだ。「インクスではアイデアは特許化することが基本習慣で、在籍中に3、4件の特許を出願しています。出願前には必ず他社の特許を調べる、といった特許に関する基礎知識も社内で教育されていました」と鈴木氏。

 創業1年目はプロダクトの開発を優先し、事業化の見通しが立ったタイミングで権利化を考えた。だが、今でこそ順調に特許化を進めているスタディストだが、当初はなかなか特許が獲得できず、ある弁理士との出会いから大きく流れが変わったと鈴木氏は語る。

「出資を受けているベンチャーキャピタル経由の紹介で、創業6年目にしてようやく巡り会えました。それまではなかなか権利化できずにいたのが、その先生とは非常に相性が良く、急にサクサク取れるようになったのです。もし会えなかったら今はないでしょうね」(鈴木氏)

 スタートアップが自力で専門家を探すのは限界がある。権利化が思うように進まないときは、広いネットワークをもつVCや投資家に改めて相談するのも一つの手だ。

「大事なのは、事業の世界感を共有できるかどうか。事業の背景を理解したうえで、こうすればとれるよ、とアドバイスを適切にいただけたのが大きかったように思います。我々はただ権利がほしいわけではなく、事業をやっていきたいのです」

 これまでは鈴木氏が先頭を切って知財活動を進めてきたが、海外へも事業が拡大し、今後はいかに組織的に進めていくかがテーマだ。現在は、法務と知財の強化を検討しているとのこと。

 既存の事業については、社内からも知財を発掘するため、開発の初期段階でアイデアをレビューして、特許になりそうなものを見つけるプロセスが同社にはある。Teachme Bizのスナップショット機能の特許も、このプロセスから生まれたものだ。

 今のところ、新規事業アイデアの発案は鈴木氏が主体に進めている。鈴木氏にとって、新規事業のアイデアは基礎研究のような感覚だそう。アイデアが生まれた段階でドキュメント化し、価値がありそうであれば、すぐに権利化に動いている。

 新規事業に関する特許は2件を取得済みだ。ひとつはカスタマーサクセス領域を支援するもので、すぐに事業化予定はないものの、スタディストの社内ツールとして運用されている。もうひとつは、小売業向けの売上向上に関するアイデアを2月に権利化。現在、小売店で内々の実証実験を進めており、今年の秋にリリースされる予定だ。

「事業アイデア自体の発案も徐々にメンバーに移管を進めていきたいフェーズだが、単純にワークフローを定めるだけでは、そこにある知財には気付けない。我々の事業展開でコアになるのは、手順書。カスタマーサクセスや小売店の売上向上のアイデアもコアはTeachme Bizです。手順書をどう生かすかによって新しい事業が生まれる。その使い方をどのように権利化していくかは、なかなか手順化できない領域ですね」

 創業から10年が経過し、手順書だけのビジネスは飽和しているが、市場をスタディストが拓いたぶん、ビジネス的な模倣なども生まれている。そのような点で知財が重視されるのはもちろんだが、鈴木氏の目線は、単純な手順書作成・閲覧、管理・共有といった部分から、業務の実行・人材育成・深度確認など、より深いところまで顧客の生産性向上や永続的な成長支援といった先にある。セールスフォースとのアライアンスや上述した新たな新規事業取り組みも、業務改革のための基盤ソリューションとしての在り方を目指したものだ。

ビジネスを成功させるポイントは無用な争いを避けること

 海外展開では、タイを皮切りに2019年12年にマレーシアへ進出。東南アジアでは知財に対する意識が低く、特許を持っていても安心はできない。そのため、サービス模倣のリスクには細心の注意を払っているそうだ。

「海外では、スピードを高めすぎると注目され、一気に競合が出るリスクがあります。今は目立ちすぎずにじっくりと浸透させていく段階だと考えています」(鈴木氏)

 鈴木氏は、古代中国の歴史好きで、孫子の「戦わずして勝つ」を信条にしているそう。ビジネスのコアとして手順書に注目したのもその視点からだ。

「事業選定では戦わないのが基本。チェックポイントは2つあり、1つは自分の周りにいる5人全員がほしいものであること。もう1つは取り組みたい人が少ないこと。私にとっては、これが手順書でした。手順書は重要なのに、地味であまり人がやりたがらない。コンサルタント個人としても手順書の作成業務にうんざりさせられていました。だからこそ、ビジネスになります。競合が現れにくい手順書の特性だと思います」

 これから事業を始めるスタートアップへメッセージでは、「悲しみの谷は絶対にきます。弊社もどん底になったことが2度ほどありました。私には『手順書でイノベーションを起こす』という思いがあったから乗り越えられました。そのような思いを大事にしてください」とエールを送った。

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