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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第542回

Indigoを買収してデジタル印刷ビジネスに参入したHP 業界に多大な影響を与えた現存メーカー

2019年12月23日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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 前回はほぼItaniumへの移行の様子をまとめただけで終わってしまったが、この当時Itaniumへの移行に関して言えば、海外だとSGIがやはりMIPSから同時期に移行しているが、そのItaniumを搭載したAltixシリーズがSGIにとどめを刺したと言われるほど、移行作業に手間取ることになった。

 国内では2004年10月にNECが同社のACOS-4シリーズのメインフレーム向けに、自社製のNOAH-5プロセッサーを捨ててItanium 2を採用したが、約8年後となる2012年6月、そのItaniumを捨てて再びNOAH-6という自社プロセッサーに戻るという動きになっている。

 余談であるが、インテルとの関係の深さから2001年にはItaniumベースのサーバー/ワークステーションをラインナップしていたDellは、2002年にワークステーションを、2005年にはサーバーをそれぞれ段階的に販売終了しており、SGIの苦境も2004年後半には明らかになりつつあった。

 一方2004年頃のHPは、メインフレームクラスの製品のItanium 2への移行はおおむね終わっていたものの、この先のロードマップにやや疑問符がついていた時期である。

 もっとも連載540回の冒頭で書いた通り、ほかに選択肢がなかった時期でもあるわけで、HPのサーバー部門は不安を感じつつもItaniumと心中するしかなかったわけだ。

Ann Livermore氏の指揮のもと
コンサルティングビジネスを開始

 さて、サーバーの話はしばらくおいておき、HPのその他の動きに目を向けてみる。まず2001年1月、William R. Hewlett氏が逝去する。87歳であった。David Packard氏はこれに先立ち1996年3月に83歳で亡くなっており、これで本当にHPは創業者が消えたことになる。

 その2001年、HPは新たにHP Services部門を立ち上げる。要するに連載539回で説明したPwCの買収は失敗したものの、だからといって「ではコンサルティングはやめます」というわけにもいかない。手間はかかるが自前でビジネスを立ち上げたわけだ。

 このHP Servicesの部門のトップにはAnn Livermore氏が就いた。Livermore氏は1982年にHP入社、1995年にはCompany Execitiveに昇格する。HP Servicesの前はHP Softwareのトップを務めていた。

もう少しのところでCEOになり損ねた(しかも2回)Ann Livermore氏。彼女がCEOだったらHPがどうなったかを想像すると、それはそれでおもしろいことになった気もする

 実はLewis Platt氏がCEOを辞任した時、Livermore氏も後継者リストの中に含まれていたらしいが、理由はともかく結果としてFiorina氏がCEOの座を射止めている。

 その後、Fiorina氏に代わりMark Hurd氏がCEOになり、そのHurd氏が2010年にHPを去る際に、もう一度Livermore氏が後継者として取り沙汰されたものの、結果として外部からCEOを招聘。結局Livermore氏は2011年4月にHPを辞任している。

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