データと学習ではなく「人と仕事」の議論を、FRONTEO「AI Business Innovation Forum 2019」レポート
イオン銀行、ソラストの実業務における「AI活用」のリアルを聞く
2019年12月18日 07時00分更新
ソラスト:高い離職率を低減させるメンタルケアのために「人とAIの協業」
「AIと人の協業による定着率の向上」をテーマに講演を行ったのは、医療事務のアウトソーシング受託事業や介護サービス事業などを展開するソラストで、人事領域のHRtechを推進する菊池雅也氏だ。医療事務社員のメンタルケアやリテンションを目的とした取り組みで、KIBITによるAIテキスト解析技術を活用しているという。
菊池氏はまず、3年前のソラストの状況から説明した。医療事業に従事するソラストの社員数はおよそ2万1000人だが、入社数は毎年およそ5000人に及ぶ。
「この数字からもわかるように、非常に入社と退社の多い構造になっています。特に3年前の状況は『入社1年未満で辞めてしまう方がおよそ4割』と、非常に高い離職率になっていました」(菊池氏)
離職率の高さは人材育成コストの無駄や収益構造の悪化を生むだけでなく、中長期的にはサービス品質の低下、そして企業価値そのものの低下にもつながる。また外部環境として国内の労働人口が減少しており、将来的には人材確保が困難になることも予想される。ソラストが持続的に成長していくためには「離職率の改善」を経営課題と捉え、早急に対策しなければならない。そうした経営層の合意形成に基づいて、菊池氏はリテンションの取り組みを進めることにした。
短期で離職してしまったスタッフとその上司の声を集め、原因と対策を精査すると、トレーニングの充実や勤務/処遇制度の改定と同時に「ケア・フォローの拡充」が必要であることがわかった。その一環として「メンタルケア」の取り組みをスタートさせた。
これは新入社員の入社後1年間に、上司との面談機会を合計7回設ける取り組みだ。この「通常面談」の結果から離職の予兆がある社員を判断し、離職予兆のある社員にはフォロー面談を実施。課題を双方で話し合い、サポート体制強化や勤務時間/配置変更までも含めた具体的な対策をとるという。
通常面談の実施前には、社員に「事前アンケートシート」の記入を依頼している。このシートには「職場には慣れましたか?」「周りの人に声をかけてもらっていますか?」「総合的な満足度は?」などの問いに回答する項目に加えて、「困っていることや聞いておきたいこと」など自由に書き込んでもらうフリーアンサー欄がある。
「フリーアンサー欄にはおよそ8割の社員が何らかのコメントを書いており、業務の習熟だけでなく、家庭環境や人間関係の悩みについてのコメントも多く含まれます。これは非常に貴重な“個人からの訴え”であり、何とかこれを活用して、会社としてもっと手厚いサポートができないかと考えました」(菊池氏)
そこでソラストでは、過去のフリーアンサーコメントを収集し、一定期間経過後に離職してしまった社員のコメントを教師データとしてAIに学習させた。これを使って、過去の離職者と同じ特徴を持つコメントを現役社員のアンケートから発見し、離職予兆の判断を行うしくみだ。いくつかのAIツールを試した結果、離職者のコメントの特徴を最もうまく抽出できたのがKIBITだったと、菊池氏は語る。300件ほどの教師データを学習させてスタートした。
菊池氏は、実際にいくつかの具体的なフリーアンサーコメントを示したうえで、KIBITがそれをどう判断したのかを紹介した。表面上は仕事や職場には不満がないというコメントであっても、KIBITが「離職予兆あり」と判断したためフォロー面談をしてみたところ、実は家庭の事情で悩んでいたというケースもあったという。
「これらのコメントを読んでわかるとおり、特に(コメントと離職の間に)法則性はありません。過去の離職者コメントという、当社固有のデータに基づく判断だからこそ実現できています。法則性がないので、たとえば統計解析ではその結果を踏襲することはできず、AI解析ならではの結果ということになります」(菊池氏)
それでは、AIはどの程度正確に離職予兆を察知できたのか。AIが「辞める可能性はない」と判断したグループの6カ月後離職率は17%、一方でAIが「辞める可能性がある」と判断したグループ(フォロー面談なし)の離職率は40%と、離職予兆のある社員を正確に抽出できている。また「辞める可能性がある」社員にフォロー面談を行うことで、離職率を40%から20%に引き下げる大きな効果があることもわかった。
つまり「AIが」離職予兆のある社員を正確に抽出し、「人が」その後のケア・フォローを適切に行うことができれば、社員の離職を防げる可能性がかなり高まるという結果だ。菊池氏は、AIだけでは「社員のリテンション」というゴールは達成できず、面談によるケア・フォローを行う人との役割分担、協業が必要だったとまとめた。
「AI活用の考え方についてよく質問されるのですが、AIは万能ではないし、AIを活用すること自体がゴールでもない。ソラストの場合、ゴールは『リテンション』でした。ではその達成のために何をするか、さらにその具体的施策にはどんなものがあるか――。こうした“課題のツリー”を設定したうえで、手段として適合するならばAIを使えばいいし、統計解析のほうが適するなら統計解析を使えばよい。そうした考え方でAIとお付き合いされるのが良いと思います」(菊池氏)