がん治療の希望の光、表彰された大学発スタートアップの注目技術
大学発ベンチャー表彰2019特集レポート
イノベーション・ジャパン2019が開催
「イノベーション・ジャパン2019 ~大学見本市&ビジネスマッチング~」が8月29日、30日の2日間、東京ビッグサイトで開催された。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と科学技術振興機構(JST)の共催。
注目の大学発ベンチャー6社が揃い踏み
本稿では、イベント内で開催された「JOIC presents NEDO Dream Panel & Pitch」のうち、「大学発ベンチャー表彰2019」で表彰を受けた大学発ベンチャー6社のピッチの模様をレポートする。ピッチは、会場内の特設会場で実施された。
文部科学大臣賞 株式会社テンクー
がんのゲノム医療×AI
株式会社テンクーは、がんのゲノム医療のAIソリューション「Chrovis(クロビス)」の開発と、サービス提供を手がけるスタートアップ企業。元東京大学 助教授の西村 邦裕氏が代表取締役社長を務め、東京大学 医学部附属病院 女性外科 准教授 織田 克利氏らの支援を受け、臨床試験などの面で協力業している。
医療現場でがんの細胞を解析すると、DNAを構成するヌクレオチド・ATGCの情報が大量に出てくるが、文字列にするとその量は数億行、容量に置き換えると数GBから数十GBにも及ぶという。ゲノム医療の現場では、この中で遺伝子が書き換わっている部分を見つけ、治療方針を決めることが必要になるが、Chrovisを用いると、データの入力から、レポートの作成までをほぼ全自動で行なってくれるとする。
解析にあたっては、医学に関するさまざまな情報を集積したAIを活用。遺伝子の書き換わりがどのような原因によるものか、どのような薬があるのか、医師が判断しやすくし、治療方針を決めるディスカッションに貢献するレポートができあがるという。
代表取締役の西村 邦裕氏は「世界中の医療に関する情報をどう集めるのかや、日本語への対応、データの更新をどう自動化するかという仕組み作りにかなりの時間を使った。医療の現場にAIを組み合わせ、ユーザーエクスペリエンスの優れたソリューションを提供できているのが強み。がんのゲノム医療の現場に貢献していきたい。技術をより多くの分野に提供していきたく、今後は提供のフィールドを世界にも広げていきたい」と話した。
経済産業大臣賞 株式会社Kyulux
究極の発光技術Hyperfluorescenceで有機ELの未来を創る
株式会社Kyuluxは、有機ELディスプレイや照明に用いる、次世代有機EL発光材料の開発に取り組んでいる。九州大学とハーバード大学からライセンスを得た技術を基に、低価格で長寿命、高色純度の発色、高効率な発光を実現するとうたう「Hyperfluorescence/TADF発光技術」を開発。また、九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター センター長 安達 千波矢氏の協力を受けるほか、QBキャピタル合同会社(代表パートナー 坂本 剛氏)の支援を受けている。
代表取締役社長の安達 淳治氏は、「従来型の有機ELに使われている『イリジウム』というレアメタルは、金よりも高い。このせいで、有機ELはコストが高くなってしまいがち。有機ELの市場の拡大は著しく、2020年にはスマートフォンの分野で液晶のシェアを追い抜き、2021年には、大型テレビの分野で10%以上のシェアを獲得すると見込まれている。このために、発光技術の革新が求められているが、Hyperfluorescence/TADF発光技術では、レアメタルを使用しないため、低コストでの製造が可能」と話す。
現在は、外部機関と連携しながら、Hyperfluorescence/TADF発光技術の事業化を目指している。韓国や台湾メーカーのディスプレーメーカーが台頭する中、優れた技術を持った日本初のディスプレーメーカーとして、将来的に大きな注目を集める可能性のある企業だ。
科学技術振興機構理事長賞 エディットフォース株式会社
世界初をうたうRNA編集技術で新市場を創出
エディットフォース株式会社は創薬、種苗、化学等産業への応用を目的とした、DNAとRNA編集技術の共同研究開発とライセンシング事業を行なっている。
基盤技術となるDNA編集、世界初をうたうRNA編集の2つは、九州大学 農学研究院 准教授 中村 崇裕氏が開発。「世界のバイオ産業に貢献すること」を目的として2015年に設立された。「PPRたんぱく質」というたんぱく質をレゴブロックのように組み替えてる技術を活用し、世界初のRNA編集技術を日本から発信し、ポスト・ゲノム編集の新市場の創出を目指す。
「日本、米、欧州、オーストラリアなどで既に特許を取得済みで、既存のゲノム編集技術のツールに抵触することなく、サービスを提供できるのが強み」(エディットフォース株式会社 取締役CSO中村 崇裕氏)。
新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞 Icaria株式会社
尿中miRNAによるがんの早期診断
小野瀨 隆一氏が代表取締役CEOを務めるIcaria株式会社は、尿中miRNAによるがんの早期診断事業を展開する企業。
名古屋大学 大学院工学研究科 生命分子工学専攻 准教授 安井 隆雄氏の研究をベースとし、ANRI パートナー 鮫島 昌弘氏の支援を受けている。
エクソソーム・miRNAを尿から高効率に捕捉する独自デバイスを開発。これらの生体分子を機械学習で解析し、高精度でのがん診断を可能にしている。既に、肺がん、脳腫瘍を早期ステージをふくめて98%の精度で検出しているとし、2020年には尿検査によるがん10種診断サービスを日本とアメリカで提供開始する予定だ。
「最適な治療を選んだり、新しい治療法の開発に貢献したい。私たちの目標は、人々が天寿を全うする社会の実現です」(代表取締役CEO 小野瀨 隆一氏)。
日本ベンチャー学会会長賞 株式会社KORTUC
がん治療の効果を安全に高める増感剤の開発
株式会社KORTUCは、放射線によるがん治療の効果を安全に高める増感剤(KORTUC)の臨床開発と製品開発をしている。
増感剤KORTUCは高知大学 名誉教授 小川 恭弘氏が開発。「世界のがん患者の6割が受ける放射線治療が抱える基本問題を初めて解決しうる」とうたう増感剤だが、低コストであるという特徴も備える。小川 恭弘氏は、がんの治療にたずさわる中で、放射線治療によってがんのサイズが大きくなったり、放射線がまったく効かないといった現象に出会い、解決方法を模索した人物という。
「世界の新規のがん患者は毎年2000万人ほどいるが、その内およそ6割が放射線治療を受け、さらにその内の3割ほどの患者さんは、腫瘍のサイズが大きく、放射線が効かないという大問題がある」(代表取締役 松田 和之氏)。
松田 和之氏のピッチによれば、原因は「腫瘍の中に十分な酸素がないこと」と判明しているそう。放射線が腫瘍に対して効果を発揮するためには、腫瘍の中に十分な酸素が存在していることが条件なのだという。この問題を解決するのが、過酸化水素水とヒアルロン酸の混合材であるKORTUC。KORTUCを患部に注射してから放射線を照射することで、腫瘍内に酸素を発生させ、放射線の効果を高めることが可能になるとする。
現在、局所進行乳がんを対象とした臨床試験を英国で進めており、安全性と効果はすでに確認されているという。今年中には欧州での承認申請に進む予定で、実用化されれば、低コストで大きく治療効果を高めることが可能になる。
「臨床試験に協力していただいている英国ロイヤルマースデン病院の先生たちと一緒に、毎日頑張っています。1日でも早く、皆さんの元にKORTUCを届けられるように、これからも頑張っていきたい」(代表取締役 松田 和之氏)。
アーリーエッジ賞 ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
大学の研究を社会の解決課題に実装
コメンテーターとしての活躍でも知られる落合 陽一氏が代表取締役CEOを務めるピクシーダストテクノロジーズ株式会社。
筑波大学 国際産学連携本部 本部審議役 内田 史彦氏の支援を受け、大学から生み出される研究を、社会の課題の解決のために連続的に社会実装する仕組みを構築することを業務としている。この日は落合 陽一氏が参加できず、代理の社員によって事業内容が解説された。
同社では、「HAGEN 波源」(波動制御技術)から生じる要素技術や応用技術を適用することによって、生活に溶け込むコンピュータ技術の開発を目指している。
ディスプレーやスピーカーといった従来のインタフェースでは、視覚情報を得るためには画面に近づかなければならないという制約があったり、聴覚情報が周囲に漏れ聞こえてしまうという短所があったりする。これらを解決しつつ、空間を介した情報伝達を実現するため、音、光、電磁波といった波動によって人を計測し、波動によって人に情報を伝える技術を開発。
同社の公式ホームページに「音・ 光・電磁波はそれぞれ異なる物理現象ですが、抽象的には波動方程式として共通の理解の仕方をすることができます。例えば光で生じる現象を音で再現することによって新たな用途が生まれることが期待できます。また光と音の物理現象としての違いを積極的に活用しながら適切な課題解決法を編み出します」と記載があるように、同社の波動制御技術は、デジタルネイチャー時代を前提とした新しい仕組みだ。
会場での講評ではいささか厳しい評価を受けていたのだが、まずは、どのような仕組みで、誰がどのような恩恵を受けられるかーーといった部分を根気強く浸透させていく段階なのかもしれない。将来的には、大学での研究成果を社会実装する新たなモデルとして注目を集めていく可能性のある技術だ。
表彰を受けた6社の受賞理由
以下には、大学発ベンチャー表彰2019の公式サイトより、表彰を受けた6社の受賞理由を掲載する。
文部科学大臣賞 株式会社テンクー:がんのゲノム医療のAI製品を実際の臨床現場にて展開し、がんゲノム医療の社会実装に貢献している点が高く評価された。ゲノム情報と文章概念をAIにより統合し、がん治療にこれまでに無いソリューションを提供する技術であり、今後大きく成長することが期待される。
経済産業大臣賞 株式会社Kyulux:レアメタル不要の有機EL発光材料の事業化に向け国内外からの資金調達を進めるとともに、事業会社とのアライアンスを構築する等、外部機関との連携を活かして事業化を進めている点が高く評価された。低価格、省電力で有機ELディスプレイを高い色再現性で高精細化することのできる日本発の素材メーカーとして、大きく成長することが期待される。
科学技術振興機構理事長賞 エディットフォース株式会社:PPRたんぱく質工学を利用した新たなゲノム編集技術で、DNA編集だけでなくRNA編集を統合できる技術としての将来性が高く、日本発のゲノム編集技術の事業化を外部機関との連携を活かして着実に進めている点が高く評価された。創薬、農業、食品など応用範囲は広く、世界初のRNA編集技術の実用化により、今後大きく成長することが期待される。
新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長賞 Icaria株式会社:非侵襲で簡単に採取できる尿から高効率でエクソソームを捕捉しmiRNAを抽出、網羅的に解析する技術により生体情報を把握できることから将来性が高く、外部機関と連携しながら着実に実用化にむけて進めている点が高く評価された。尿中miRNAの網羅的な解析による診断から新しい治療法の開発まで幅広く本技術が活用できることから、大きく成長することが期待される。
日本ベンチャー学会会 株式会社KORTUC:すでに国内複数の施設で多数の治療効果をあげるとともに、英国のがん研究機関との連携により臨床試験を進め、日本発のがん治療法の世界への展開にむけ着実に進展している点が高く評価された。がんに対する放射線治療の効果を安全かつ低コストで高める技術であり、対象市場が大きく、乳がんのみならず、様々ながん種に展開する可能性があることから、今後大きく成長することが期待される。
アーリーエッジ賞 ピクシーダストテクノロジーズ株式会社:波動制御技術をコア技術に社会課題をコンピュータテクノロジーで解決していく技術者集団として、聴覚、視覚、触覚の領域で顧客の課題解決から実装まで実施する点がユニークである。IoT時代における大学研究成果を社会実装する新たなモデルとして注目され、実用化による大きな社会的インパクトの創出を期待したい。