2019年2月27日に開催されたクックパッドのエンジニア向けイベント「Cookpad TechConf 2019」、最後を締めたのがクックパッドCTOの成田一生氏だ。CTOとして2018年のチャレンジを振り返った成田氏は、「毎日の料理を楽しみにする」というミッションへの熱い想いを、集まったエンジニアたちに向けて語りかけた。
「クックパッドらしいサービス開発が進められた2018年」
登壇した成田氏は、まずクックパッドの2018年の取り組みについておさらいした。まず3月にはプロの料理家やタレントによるクッキングライブアプリ「Cookpad TV LIVE」をリリース。普段、料理をしない人でも、好きな料理家やタレントなどが配信する番組を楽しむことで、料理をするきっかけになるという意図で始めたサービスだという。
6月にはC2C型のマルシェアプリ「Komerco」を機能強化。開始当初は料理を載せる器を購入する機能からスタートし、昨年末から食材も扱い始めたという。また、生鮮食品を一品から送料無料で購入できる「クックパッドマート」というサービスも始めた。
「世の中の多くの食品はまとめ買いすることで送料を安くするというビジネスモデルになっているが、クックパッドマートはお客様の生活動線上でピックアップできるようにすることで配送コストを下げ、送料無料を実現するというチャレンジをしている」(成田氏)
音声でレシピを扱えるAlexaスキルに関しては、画面付きのEcho Showに対応したほか、スペイン語版のスキルもリリースした。海外展開中のクックパッドにとってスペイン語圏は非常に大きなユーザー圏となっており、スキルの評価も高いという。その他、料理の基礎的なスキルを学ぶ食べ方ドリル「たべドリ」や料理教室や実演イベントなどを「cookpad Do!」などもスタートした。
最新の取り組みとして挙げたのは、昨年5月に発表された「OiCy」プラットフォームだ。今までクックパッドはWebやアプリなどおもに画面の中からユーザーの行動を支援してきたが、スマートキッチンという形で料理の現場を物理的に支援するのがOiCyのコンセプトだ。自然言語で書かれたレシピを「マシンリーダブルなレシピ」に変換し、OiCy対応の家電で適切に調理することを目指している。
もちろん、事業のコアであるレシピサイト「クックパッド」も成長を遂げている。投稿レシピ数は全世界で500万品を突破。海外のレシピも200万品を超えており、ロシアやインドネシアで飛躍的に伸びているという。総じて、2018年のクックパッドは既存の事業を伸張させつつ、新しいサービスで攻め続けた1年だった。
「新サービスを次々と立ち上げ、ユーザーのフィードバックを取り込んで、迅速に改善を進めていく。どういった技術を選定し、どういったチャレンジを進めれば、ミッションに近づけるかを追求し、スピード感を持って取り組めた。クックパッドらしいサービス開発が進められた一年だったと思います」(成田氏)
「おいしいものを食べたければ、お金払えば外で食べられる」
クックパッドは会社として「毎日の料理を楽しみにする」というミッションを掲げている。Cookpad TechConfで説明してきた取り組みもすべてこのミッションを実現するため。それくらいクックパッドのミッションへの思い入れは深い。そして、どれくらいこのミッションを本気でやっているかという例を示すべく、成田氏は2018年に改定された定款を紹介する。
「定款って耳慣れないかもしれないけど、登記されている会社がなにをするか定義する文書。エンジニアにわかりやすく説明すると『型定義ファイル』みたいもの」と説明し、エンジニアから一定の理解を得た成田氏。定款に「当会社は、『毎日の料理を楽しみにする』ために存在し、これをミッションとする。」のほか、「世界中のすべての家庭において、毎日の料理が楽しみになった時、当会社は解散する。」という条文まで付けたことをアピールした。逆説的に世界中のすべての家庭で毎日の料理が楽しみになっていないがため、クックパッドという会社は今も存在しているわけだ。
「普通はこんなこと書かない。ミッションを記載することはあるけど、解散する条件として書くのは珍しい。でも、これくらい意義のあるミッションに僕らは取り組んでいる。そして、(クックパッドは)これくらい熱狂できる、価値のある場所であることを誇りにしたくて、これを書いたんです」(成田氏)
しかし、入社からもう10年になる成田氏にとって、「毎日の料理を楽しみにする」というミッションはあまりにもなじみすぎていた。しかし、定款に追加するのに当たって、このミッションについて成田氏は深く考えた。そこから生まれたのが、自身の存在意義を問い直す「料理って必要ですか」だったという。
「料理って必要ですか?」は、「もちろん必要である」という答えを導き出す逆説的な問いでもあるが、「不要かもしれない」と思わせる現実は確実に存在する。食べるための選択肢は、かつてないくらい増えているからだ。
「おいしいものを食べたければ、お金払えば外で食べられます。スーパーやコンビニ、お弁当屋で食べ物を購入して、自宅で食べる中食だって伸びています。レストランのも料理を運んできてくれるサービスだって世界中で流行っている」(成田氏)
家庭料理の優れたところは「体に入れるものを選べる」という点
しかし、「体は食べたものでできている」という事実は避けられないし、「栄養をバランスとらないといけない」のも常識である。ただ、これを実感するのは難しい。不健康そうなものを食べても、いきなり調子悪くなったりしないし、不摂生な生活しても平気という人はいっぱいいる。そう考えていた成田氏が栄養や食べ物、料理について意識したのは、奥様の妊娠がきっかけだ。
「妊婦って、不摂生がすぐ体調や胎児に影響してしまう。うちの妻も健康だったのに、妊婦になって高血圧に気をつけなければいけなくなった。でも、食事の塩分を減らそうとすると外食自体が難しくなる。外食中心の生活で、食材を避けることはできても、塩分をコントロールするのはきわめて難しいんです。だから、妻の妊娠をきっかけに我が家は食生活を大きく変えた。自分で料理すれば、塩分減らし放題ですしね(笑)」(成田氏)
とはいえ、美味しいと感じる食事は塩分が不可欠だ。調味料が入りすぎた料理は体によくないが、人間は調味料が大量に入った食べ物を好む。こんな話はいろいろな本に載っていることだが、自ら料理することで初めて実感できることでもある。
「鶏ガラや豚骨買ってきて、イチからラーメン作ってみるとわかるんですが、美味しい出汁は出るけど、ちょっとラーメンっぽくないんです。ラーメンらしくするためには、ちょっとあり得ないくらいの塩を入れるんです」(成田氏)
理性と欲望のせめぎあいの中、家庭料理の優れたところは「自分や家族の体に入れるものを選べる」という点。糖分、油分、塩分など、自らの口に入るものをコントロールできるのが大きなメリットだ。料理を通して、なにを食べるのかということに向き合えたら、生活習慣病のリスクを減らすことができる。普通に料理するだけで、健康になれるはず。「毎日の料理を楽しみにする」のミッションが、「世界中の人を健康にするため」という目的につながるわけだ。
健康に寄与するという目的も大きいが、料理があれば食卓を囲んで豊かなコミュニケーションができるし、地産地消を進めれば、飽食化がもたらした二酸化炭素の排出削減に役立つ。「料理をすることで、世の中がよくなる」というのがクックパッドの信念だ。成田氏は、昨年披露した食と料理にまつわる社会課題マップを示しながら、「料理スキルの減少」「食産業の工業化」「低所得者の不健康」などを課題として挙げる。
「料理が楽しければ、誰に言われなくてもやってしまう」
成田氏は再び「毎日の料理を楽しみにする」というミッションに戻る。クックパッドはなぜ料理を「楽しく」したいのか?という自問自答に対して、成田氏は実にシンプルな答えを用意していた。楽しいことはモチベーションになるのだ。
「楽しいことって、誰かに言われなくてもやっちゃうんですよね。楽しければ、僕らが1人1人に言わなくても、勝手に料理をしてくれるようになるんです」(成田氏)
しかも「毎日の料理」の「毎日」も重要だという。前述したラーメンの例をひくまでもなく、成田氏も楽しみとして週末に料理するが、平日はやはり難しい。でも、毎日料理せざるをえない人は世の中に数多くいる。
「子どもや家族のために、お弁当や料理を作らなければならないけど、家族からリアクションもないし、お金も時間もないから今ある食材でぱぱっと作ってしまいたい。われわれはクックパッドというレシピ投稿のサービスを通して、今日何を作ったらいいだろうと考えている人の苦痛やマイナスを取り去ろうとしています。でも、それだけだと『毎日の料理を楽しみにする』まではすごく遠い」(成田氏)。
レシピ投稿サービスからスタートしたクックパッドだが、今では二の矢、三の矢を放ち、さまざまなサービスにチャレンジしている。たとえば、クックパッドがやったのは美味しい食材を手に入れられる「Komerco」や「cookpad mart」などのサービスだ。もう1つは料理のスキルの向上。レシピを見ないと料理が作れないという苦労からの解放を目指し、スキル向上で料理を楽しくするのが「たべドリ」や「cookpad Do!」になる。多種多様な新サービスは、あまねく1つのミッションから生まれているわけだ。
「世界は料理を楽しまない方向に行ってしまう」
「『毎日の料理を楽しみにする』のゴールは本当に遠いところにある。僕たちはなかなか解散できない(笑)。僕が生きているうちに、世界中の家庭が毎日の料理を楽しみにすることは達成できないと思う。それくら巨大なミッションに僕らは取り組んでいる。しかも、ゴールはどんどん遠ざかっている。世界は料理を楽しまない方向に行ってしまう」(成田氏)
成田氏は、改めて「料理を楽しみにする」ことの重要さを語る。料理が楽しくなる人が増えれば、周りの人も楽しませることになる。この影響力を作っていくのが、クックパッドの役割。もちろん、それを実現するのが、会場に集まるエンジニアやデザイナーというわけだ。
「僕らはもっとやらなければならないことがいっぱいあって、トライ&エラーを繰り返していかなければならない。今日のセッションを聞いて心に響くところがあれば、ぜひクックパッドという会社にジョインして、ミッションを進めることに参加してほしいと思います」
とかく「校長先生のありがたい言葉」で終わりがちな「ミッション」だが、成田氏の思い入れは本気だった。ミッションを自らの体験と言葉で深く掘り下げた成田氏の基調講演に感銘を受けた参加者は多かったと思う。もちろん、私もその一人だ。