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前田知洋の“マジックとスペックのある人生” 第78回

IT業界のマジックみたいな話

消費電力0なのに2万4000倍のスピード? 不思議な量子コンピュータのこと

2018年10月23日 12時00分更新

文● 前田知洋

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 「量子コンピュータ」って、耳にしたことがあるかもしれません。量子コンピュータの着想は1980年にはじまったものの、実現や完成が難しいといわれていました。しかし、2011年にカナダのD-Wave Systems社が「世界初の商用量子コンピュータ」をうたったD-Wave Oneが発表されたことで再注目されています。

現代のコンピュータと何が違うのか?

 現代のコンピュータは、基本原理を数学者のアラン・チューリングが提唱したのち、フォン・ノイマンらが1951年に実現したことから、「ノイマン型(ノイマン式)コンピュータ」と呼ばれています。もちろん、はじめは(現代に比べれば)大した計算もできなかったのですが、CPU(中央演算処理)やメモリ(記憶装置)、ディスク(外部記憶装置)などの目まぐるしい進歩で現代にいたります。とてもザックリとした言い方になるかもしれませんが、現在普及しているコンピュータはノイマン型と呼ばれています。

 一方で量子コンピュータは、1980年にポール・ベニオフが提唱。1989年にはベニオフによって量子回路が考案されました。ところが、その中心的役割となる量子そのものが、電子や中性子、陽子、光子など、ナノサイズ(1メートルの10億分の1)であること。さらに近代科学からみると不思議な「量子力学」という法則に従っているため、量子コンピュータの製作や完成はとても難しいとされていました。冒頭で触れたD-Waveも、少なくない科学者から「完成したって、ホント?」と当初は懐疑論が起きたほどです。


D-Wave ラボツアー(英語のみ)

マジックみたい?不思議な量子力学

 量子 …、たとえば電子は「粒」みたいでもあり、「波動」でもあり、観測するごとに状態が変わります。ノイマン型コンピュータなら「0」と「1」で情報を扱うところを、量子力学では二つの状態(-1と1)が重なりあった状態で扱います。この「重なりあった状態」というのが観念的です。量子のその性質の説明で「箱の中にネコと青酸ガスとラジウムを入れて …」という「シュレーディンガーの猫」の話を聞いたことがあるかもしれません。

 筆者は中学生で初めてその話を聞き、「ひょえー!科学者は残酷だなぁ」と震えあがりました。この猫の話は「思想実験」と呼ばれるもので、科学者の頭の中だけで行い、実際に猫を箱に入れるわけではないことを後で理解しました。バカな中学生ですいません …(笑)。

 想像の中だけの実験ですが、その状態を「猫が、生きていると死んでいる」が重なりあった状態とされ、原子より小さな世界では、僕らが知っている近代科学とは異なる法則があるとされています。マジックでも量子が使えれば、すごいことが簡単にできそうな気が します …。

若い頃にマジックのアイディアを書き留めた筆者のメモ

実用の可能性は…

 とはいっても、いまのところ完成している量子コンピュータは、D-Waveを例にあげれば、現在普及しているコンピュータのようにプログラム次第でいろいろなことができる汎用コンピュータではなく、最適化問題に特化した専用計算用のコンピュータです。専用計算用である理由は、最新のD-Wave 2000Qでも、2048量子ビットしか扱えないこと、演算素子内の量子(スピン)同士がキメラグラフと呼ばれる特殊な結びつきになっていること、量子コンピュータのアルゴリズムがまだ揃っていないことなどが挙げられます。

 さらにD-Waveでは演算に超電導素子を使っているため、素子を超低温(マイナス273度ほど)に保つ必要があります。理論上、電気抵抗が0になることもあり、演算素子の消費電力は0になります。しかし、超低温にするための電力25キロワットが必要ですが …。(ただし、D-Wave社の説明では今後、量子ビットが増えても消費電力は上がらないそう)。

 将来、量子ビット数が上がり、ノイマン型コンピュータが苦手な「巡回セールスマン」や「セキュリティ解析(素因数分解)」に量子コンピュータの活用は期待されています。

D-Waveの演算素子の温度。0.01kelvinはマイナス273.14℃。YouTube「D-Wave Lab Tour Part 2」https://youtu.be/VfxNdBTH8wYより

将来のノーベル賞も …!?

 日本でも理化学研究所や東京大学などが超電導素子ではない量子コンピュータの完成に向けて研究しているそう。ちなみにD-Waveに採用されている量子アニーリング法(最適化問題に特化した量子アルゴリズム)は、東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史氏(現つくば大学 助教)が考案したもの。

 マジックなら、マジシャンの予言が当たっているのと、はずれているのが、ちょうど「重ねあわさった状態」でしょうか …(笑)。

前田知洋(まえだ ともひろ)

 東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。

 著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。

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