顧客が開発したシステムを
IBMが採用する珍しい事態に
Watson Jr.氏が怒ったとはいえ、急にどうにかするのも無理な話であり、IBMとしては引き続き既存の製品の改良と、開発中の製品の実用化を急ぐしかなかった。もともとIBM 7090の改良版であるIBM 7094が1962年から出荷されていた。
画像の出典は、IBM Archives
IBM 7094は若干の命令セットの改良や倍精度浮動小数点演算のサポート、動作周波数の向上などを図り、IBM 7090比で1.4倍~2.4倍(アプリケーションに依存)の処理性能を実現した。さらに1964年には動作周波数を引き上げるとともに、一部命令のオーバーラップ実行(部分的なパイプライン動作)、さらにメモリーのデュアルバンク化とインターリーブ動作といった改良により、IBM 7094比で約2倍まで性能を引き上げている。
その一方でIBM 7094の一部命令の省略やレジスタ類のオプション化(ベースモデルでは利用できないが、追加コストを支払うと利用可能になる)などにより低価格化したIBM 7040とIBM 7044(IBM 7040より若干性能が上のモデル)を1963年にリリースする。
さらに、IBM 7094の顧客の一社だったAerospace Corporationが開発したDCS(Directo Coupled System)も登場する。これはIBM 7094にIBM 7044を組み合わせ、周辺I/OをIBM 7044に担わせ、IBM 7094は計算処理に専念させるという方式である。
普通はこうした話はシステムベンダー自身が開発するものだが、当時利用されていたIBMのIBSYSというOSでは2台のマシンを組み合わせて利用できる作りになっており、Aerospace Corporationは自社でこれを構築したのみならず、その手法を他の(IBM 7000シリーズの)顧客に公開したことで、広く利用されるようになり、最後にIBMがこのDCSをサポートするという珍しい流れになった。
上位機種から下位機種まで互換性がある
System/360を発表
こうした新製品やテクノロジーで顧客をつなぎ留めつつ、IBMは1964年にSystem/360を発表する。この当時にIBMが流した映像がComputer History Archives Projectにより復元されているが、当時の最新技術をフルに利用して作られたというのがIBMの説明である。
実際、System/360は完全にScratchから開発されたまったく新しいシステムであり、いろいろな点で画期的なものだった。具体的には、アーキテクチャーとインプリメントが完全に分離されており、アーキテクチャーに関しては(若干例外はあるものの)上位機種から下位機種まで完全に同一性が保たれた。
これにより、例えば下位機種をまず導入して、ついで上位機種にアップグレードするという場合でもアプリケーションプログラムはそのまま変更なく動作できた。
また、旧来のシステム(IBM 1401シリーズやIBM 7040/7090など。真空管式に関してはIBM 709のみ)のエミュレーション動作も可能で、これにより旧来のシステムで動いていたアプリケーションをそのまま新システムで動作させることも可能になった。
ほかにも1Byte=8bit、1Word=4Byte(32bit)の実装や、バイト単位でのアドレッシング、2の補数による整数演算などは、別にSystem/360が業界初というわけではなかったものの、IBMがSystem/360で採用したことで広範に利用されるようになった特徴である。プロセッサーをハードワイヤードではなくマイクロコードで実装したのも、商用向けとしてはSystem/360が世界初となっている。
アドレスは24bitで、仮想記憶はまだサポートされていなかった(これは次のSystem/370で実装された)が、仕様上は最大8MBまでのメモリーを利用可能だった。当時としてはこれで十分だっただろう、というのは想像に難しくない。実際、ハイエンドのシステムでも4MBが上限で、それすらフル実装したシステムはほとんどなかったらしい。
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