顧客のDXで変化するアプリ環境に対応、マルチクラウドやDevOpsへの取り組みを強化
「昨年は過去最高の売上、それでも大きな危機感」F5・権田社長
2018年01月29日 07時00分更新
「2017年度、F5ネットワークスは過去最高の売上を達成した。しかし同時に、会社としてはビジネスに対する“大きな危機感”も感じている」。昨年10月からF5ネットワークスジャパン 社長を務める権田裕一氏はこう語る。
長年にわたってADC/ロードバランサー市場で高いシェアを持ち、近年はWAF分野でも「リーダー」ポジション(ガートナー マジッククアドラント2017年版)に選ばれるF5。だが、顧客企業がデジタルトランスフォーメーションの取り組みを加速させる中で、F5が支えるべきアプリケーションのあり方も変化している。それが「大きな危機感」の背景にある。
今回は権田氏に、2020年代半ばまでを視野に入れ、大きく変化する市場にF5はどう対応していくのか、そのために今後取り組む具体的なチャレンジとは何かを聞いた。
顧客のデジタルトランスフォーメーションが引き金
F5が抱える「危機感」の背景には、あらゆる企業が取り組むデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)と、DXを実現するための多様なアプリケーションをめぐる環境変化がある。
「DXを支えるアプリケーションが、これから『どこで』『どのように』作られるのかを考えると、『マルチクラウド』や『DevOps』といったキーワードが浮かび上がる。その中では、本格的に『コンテナ化』『マイクロサービス化』されたアプリケーションも出てくる」
IDCの予測(2017年10月「IDC FutureScape」)によると、2021年までには「90%以上のエンタープライズがマルチクラウドを利用」し、「80%のアプリケーションがクラウド上で開発される」ようになる。権田氏自身も、これまでオンプレミスシステムを重視してきた金融業や保険業の顧客から「マルチクラウドの動きにはあらがえない」という発言を聞くようになり「少々驚いた」と語る。DXに取り組み、FinTechやInsuranceTech領域の新しいサービスを迅速に提供していくことは、大手企業においても喫緊の課題となっている。
F5はこれまで、企業のオンプレミス環境に設置するハードウェア製品の提供をビジネスの中心に据えており、その対象となるアプリケーションも、ミッションクリティカル/大規模/モノリシックアーキテクチャを特徴とするものがほとんどだった。もちろん、こうしたオンプレミス/ハードウェアのビジネスがなくなるわけではないが、上述したような変化が急速に進むことで、これまでとは正反対とも言える顧客ニーズが増えていくことになる。そのためにはF5のビジネスも大きく変えていかなければならない。これが、権田氏の語る「危機感」の正体だ。
権田氏は、マルチクラウド環境においては「新しいセキュリティフレームワークも必要になってくる」と説明した。複数の環境(パブリッククラウド/プライベートクラウド/オンプレミス)に対し、一貫したセキュリティを実現することが求められる。
またDevOpsにおいては、コンテナ化やマイクロサービスアーキテクチャ化によって「アプリケーション自身がバラバラに展開されていく」ことになり、新たに個々のサービス間のセキュリティを担保する存在が必要となる。「ここも、F5の新たなビジネス領域になる」と、権田氏は語る。
新領域で“ビジネスの柱”を育成、アプリ開発者への認知向上も図る
こうした市場変化に対応して、F5ではビジネス領域を拡大し、ビジネスモデルを変革していく。権田氏は、4象限のチャートを示しながら、従来のビジネス領域と新たに取り組むビジネス領域の関係を説明した。
従来のオンプレミス/ハードウェアのビジネスは「パフォーマンスゾーン」(図右上)に当たる。このゾーンのビジネスは堅調であり、今後売上が減少していってもなくなることはないため、引き続き事業投資も行っていく。「ただし、今後の大きな成長が期待できるかと言われると難しい」。
そこで、これから大きな成長が期待できる「トランスフォーメーションゾーン」(図左上)や、「インキュベーションゾーン」(図左下)への取り組みを強めていくという。トランスフォーメーションゾーンは、従来のテクノロジーとビジネスを新しいアプリケーション環境(マルチクラウドやマイクロサービスアーキテクチャ)に適合させるもの。加えて、インキュベーションゾーンでは、まったく新しいテクノロジーとビジネス領域に取り組むことになる。
新たなビジネスに取り組むゾーンについて、権田氏は「従来型ビジネスとは異なる評価軸で見ていく」と強調した。いきなり従来ビジネスと同等の成果を求めることはせず、F5として時間をかけて育てていく決意だという。「これらのビジネスはまだまだ小さい。数年をかけて育てていかないと、将来的なビジネスの柱にはならない」。
トランスフォーメーションゾーンのビジネスでは、これまでのように特定のミッションクリティカルなアプリケーションだけでなく、クラウド上にあるすべてのアプリケーションが対象となる。そのために、これまでのパーペチュアルライセンス(買い切り型ライセンス)モデルだけでなく、“クラウド型”ライセンスであるサブスクリプション(年額利用型ライセンス)モデルでの提供も推進していく。
「F5が創業時から掲げるミッションは“Application without Constraints”(制約のないアプリケーション環境の実現)であり、これは今後も一切変わらない。ただし、対象とするアプリケーションは、これまでのミッションクリティカルなもの(のみ)から、クラウド上にデプロイされるアプリケーションすべてへと拡大する」
さらに、まったく新しいユーザー層の獲得にもチャレンジしていくことになる。これまでF5としてはほとんど接点のなかった、アプリケーション開発者が新たな見込み顧客層として加わることになる。権田氏は、開発者に対しF5の認知を広められるかどうか、F5のバリューを理解してもらえるかどうかが「会社としての死活問題」だと語った。
「あるクラウド事業者の方から『デベロッパー(開発者)はF5を知らないですよ』とアドバイスをいただいたこともある。実際そのとおりだろう。開発者は、サービスを開発してもあまりネットワークを重視しておらず、フリー(無償)や自作のロードバランサーを使ってしまう。その結果、いざサービスが急成長したときに、サービスを止めざるを得なくなるなど苦労されている。もしF5を知っていれば、それほど高くないコストでリスクの低い選択ができたはず。これからF5が認識してもらわなければならないのは、デベロッパーだ」