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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第430回

業界に痕跡を残して消えたメーカー CG業界を牽引したSGI

2017年10月23日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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CGといえばSGI
確固たる地位を築く

 1987年、同社は新しいIRIS 4D/60を発表する。こちらはCPUを、これまでの68KからMIPS R2000+R2010に切り替えている。この製品は“The Personal IRIS”という呼び方をされており、拡張性を多少削った代わりに、大幅に小型化した。価格はまだパーソナルというには高く、6万4900ドルとけっこうな価格だった。

IRIS 4D/60。SGIのテーマカラーである紫は、この頃から始まったもよう

 IRIS 4D/60は、CPUとメモリーその他を搭載したメインボードと、グラフィックボードの2枚から構成されているが、このグラフィックボードは翌1988年、IBMのRS/6000ワークステーションにOEM供給されることになる。

グラフィックボードの構造。さすがにまだワンチップ化は無理で、さまざまなチップが搭載されていた。解像度は1280×1024ピクセルのフルカラーで、オプションで24bitのZバッファーも搭載できた

 その1988年には上位モデルのIRIS 4D/70が同じ価格で提供され、一方下位モデルとしてIRIS 4D/50が4万9500ドルで提供され、「ついに5万ドルを切った」と評判になった。

 ただそれよりインパクトがあったのは、より低価格なEclipseシリーズの投入である。最終的にはIris 4D/20・25・30・35という型番で発売されたこのシリーズ、一番低価格のIris 4D/20は12.5MHzのR2000に機能を落としたグラフィックカードを組み合わせたシステムである。このグラフィックカードがEclipseというコード名だったという説もあるが、その一方で内部コード名はDa Vinciだったという話もある。

 性能はIris 4D/60に比べるとだいぶ落ちたが、価格も大幅に下がっており、クライスラーが同社の設計システム向けに、既存のIRISに加えてこのEclipseシリーズの大量導入を決めたことで一気に弾みがついた。

 実のところ、この頃からCGといえばSGI、という風潮がだいぶ高まってきたのは、同社のIris Graphicsのライブラリーがデファクトスタンダード化し、さまざまなツールがここで提供されるようになってきたからで、これが同社のIris Graphic Libraryをベースに構築されていた関係で、他社の追従は難しかった。

 逆にこれはSGIに新しいビジネスをもたらす。1991年、同社はマイクロソフトにIris Graphic Libraryの利用許諾を提供する。またCompaqは1億3500万ドル支払って同社の株を13%買収するとともに、5000万ドルを拠出してワークステーションの共同開発プロジェクトをスタートする。

 当然これらはいずれもIris Graphic Libraryをベースとしたアプリケーションが動くわけで、ますます同社の独占的地位を高めるものになった。

 経営そのものも順調であった。1984年には540万ドルだった同社の年間売上高は、1997年には37億ドルまで膨れ上がる。その過程で、さまざまな会社を買収したり、いろいろなものに手を出したりした。

 たとえば1991年10月にはR4000ベースのIris Crimsonを発表する。この直前にはR3000ベースでずいぶん広く利用されたIris Indigoが発売され、お手ごろ価格ということもあってかなり売れた。

R4000ベースのIris Crimson。名前に合わせて筐体も珍しく深めの赤色になった
Iris Indigo。かなり部品を絞ることでコンパクトにまとまった

 Iris Indigoは、分解CGがYouTubeにあがっている。

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