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最新ユーザー事例探求 第48回

箱根で2人の“三代目”が語る顧客サービス向上の戦略、観光業とテクノロジーの未来

規模も戦略も違う2軒の温泉宿、それぞれのクラウド型FAQ活用法

2017年09月21日 07時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp

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 箱根(神奈川県足柄下郡箱根町)を訪れる観光客は年間およそ2000万人に及び、そのうちの約500万人が旅館やホテルに宿泊する。和心亭豊月(わしんていほうげつ)、ホテルおかだは、その箱根の地でいずれも60年以上に渡り営業を続けてきた温泉宿だ。

 そして今年、2つの温泉宿はいずれもオラクルの「Oracle Service Cloud」を採用し、自社Webサイトの「よくある質問」(FAQ)に組み込んだ。ただし、それぞれの宿の戦略と密接に関係して、導入したのは同じFAQツールでもその活用目的は異なるという。

 規模も戦略も異なる2つの温泉宿が、クラウド型FAQツールをどうビジネスに活用しているのか。それぞれの宿の“三代目”である和心亭豊月の杉山慎吾氏、ホテルおかだの原洋平氏に話を聞いた。

(左から)和心亭豊月支配人の杉山慎吾氏、ホテルおかだ 取締役営業部長の原洋平氏

規模も顧客ターゲットも異なる2つの温泉宿

 ホテルおかだは創業63年、122の客室を持つ和風リゾートホテルだ。5本の自家源泉を保有し、箱根の山々が眺められる展望大浴場や露天風呂、さらに隣接する日帰り温泉施設「湯の里おかだ」の岩風呂、家族風呂などを合わせて、合計で13の温泉が楽しめる。大型宴会場や会議室、パーティルーム、屋外プールなどの施設もあるため、個人からファミリー旅行、企業などの団体旅行まで、幅広い宿泊客層を受け入れているのが特徴である。

箱根湯本地区にあるホテルおかだ

 原氏によると、かつてのバブル期には団体客が宿泊の6~7割を占め、ホテルおかだは“団体旅館”として一気に規模を拡大した。だがその後、時代とともに旅行客のニーズは大きく変化し、個人や家族、小グループでの旅行が主流となった。こうした潮流の変化に対応するために苦戦した時代もあったものの、現在では、個人客/団体客のバランスをシーズンに応じてうまく取ることができていると語る。

ホテルおかだの客室と大型宴会場/会議場。個人/少人数から団体まで幅広い顧客層がある

 一方、和心亭豊月は創業66年目、芦ノ湖を一望できる元箱根地区(箱根芦ノ湖温泉)の高台にある、全15室の温泉旅館だ。開放感のある大窓から箱根の山や芦ノ湖を眺められる内風呂、檜(ひのき)と岩の露天風呂、落ち着いた雰囲気の貸切風呂、女性向けのエステルームなどを備える。月替わりのメニューが楽しめる「モダン懐石」も自慢だ。温泉に浸かりながらゆったりとした時間を過ごせる“箱根の大人宿”をキャッチフレーズとしており、個人や家族、少人数グループでの宿泊にターゲットを絞り込んでいる。

元箱根地区(箱根芦ノ湖温泉)にある和心亭豊月

 杉山氏は、規模の小さな和心亭豊月では団体客を取れず、交通の便が良い他地区と比べると立地的なハンディキャップも否めないため、「全方位的にお客様を取りに行くのはやめよう」「ニッチでNo.1を取ろう」と決めたと語る。その代わり、宿としての個性を強調し、その個性を気に入った宿泊客が繰り返し訪れるような宿づくりに力を注いできた。現在ではリピーター率が「35%」に及ぶ。新たなリピーター顧客の獲得も目指しており、近年では「赤ちゃん温泉デビュー」「妊婦さんに優しい宿」「記念日の旅」という3つの柱を定めて、新たなサービスや宿泊プランを開発している。

和心亭豊月では乳幼児連れや妊婦向けのサービスを積極的に開発している(画像はWebサイト)。あえて温泉水ではなく天然水を使った貸切風呂も提供

和心亭豊月:「旅に出る前から旅行は始まっている」をあらためて考える

 それではなぜ、このように規模も戦略も異なる2軒の温泉宿が、同じオラクルのクラウド型FAQツールを導入することになったのだろうか。まずは、和心亭豊月の杉山氏の話から聞いてみた。

 杉山氏は、自分はITシステムに詳しいわけではなく、「旅館業でITを駆使したいという観点は持っていない。ITも必要だが“おじぎ”も必要だと考えるタイプ」だと語る。ただ、オラクルからOracle Service Cloudの紹介を受け、前述したリピーター戦略に「ITの仕組みがはまると面白いかもと思ったのが、導入のきっかけ」になったという。

 これまで和心亭豊月では、「予約が入ったときからお客様の旅行は始まっている」というスタンスで、宿泊前にも顧客との接点を持ち、より密接なコミュニケーションを図ることで、宿泊当日という限られたチャンスに良質なサービスを提供しようと考えてきた。

 「どんなお客様が来られるのか、どんな気持ちで来られるのかを事前に知ることができれば、われわれにもいろいろとできることがあります。たとえば、宿泊前に『ケーキを手配したい』というお電話があれば、そこから(何のお祝いなのかといった)情報を引き出し、当日のサービスにつなげることができます。お客様の欲しているものを感じ取って、それを実現する『知恵』こそがサービス。15室しかない温泉宿ならではの考え方だと思います」(杉山氏)

 電話予約の場合は、その場でなるべくさまざまな情報を聞き出し、顧客がどんな旅を楽しみたいと思っているのかを知ることに努める。またWebからのオンライン予約であっても、予約受付の自動返信メールとは別にお礼メールを個別に書き、自動車で来る宿泊客ならばお勧めのルートを案内したり、健康上食べられない食材がないかを尋ねたりしているという。

 だが、オラクルの営業担当から「お客様にとっては、予約を入れたときからではなく『旅行に行きたいと思った瞬間から』旅行が始まっているのではないか」と問われ、杉山氏はあらためて考え直したという。

 「たとえば、お客様からのお問い合わせで一番多いのが『露天風呂付き客室はありますか?』というもの。和心亭豊月には『ない』のですが、そこは(顧客ニーズとの)マッチングの問題だと考えます。たとえそうした客室を求められるお客様に来ていただいても、満足度は上がらないでしょう。KGI(重要目標達成指標)であるリピーター率を高めていくためには、(あらかじめ正しくマッチングして)納得して泊まっていただくことが重要。そこで、しっかりお客様とマッチングするための仕組みとして、オラクルのFAQツールを使っていこうと考えました」(杉山氏)

 FAQの回答では、たとえば露天風呂付き客室はないが、代わりに貸し切り風呂や大浴場の案内をすることで「宿泊前から楽しみにしてもらうことを意識したコミュニケーション」を心がけていると、杉山氏は語った。

和心亭豊月のFAQより

 今年5月にOracle Service CloudのWebセルフサービス(カスタマーポータル機能)をWebサイトに組み込んだ結果、「ページビュー数は10~15%アップしました」と杉山氏は語る。ただし、それが宿泊予約までつながっているかどうかについては、もう少し時間をかけて精査していきたいと述べた。なお目標としては、ページビュー、コンバージョン率とも「25~30%アップさせたい」としている。

 ちなみに杉山氏は、FAQツールの導入においては、問い合わせ電話を減らすことを目的にはしていないと語った。前述したとおり、和心亭豊月では宿泊客との密なコミュニケーションを求めており、「電話をかけていただけるのはむしろ喜ばしいこと」だと捉えているからだ。ただ、FAQであらかじめ基本的な情報を提供すれば、電話でのコミュニケーションもより内容の充実したものにできるだろうと考えている。

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