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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第374回

業界に痕跡を残して消えたメーカー Seagateから独立したHDDメーカーConner

2016年09月19日 11時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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シェアを拡大するも利益が伸び悩む

 Connerの戦略は、低価格の民生向け製品に特化したことだった。1989年には2.5インチHDDを初めて市場投入し、1991年におけるノート向けのマーケットシェアの85%を取っている。

 売上は着実に伸びており、1991年には16億ドルもの売上を達成した。ただその一方で、低価格の民生向け製品は競争も激しく、利幅を取りにくい。16億ドルの売上を達成した1991年における利益は、わずか9250万ドルでしかなかった。

 競合のSeagateやIBM(後のHGST/WD)、富士通などはサーバー向けの高価なHDDに力を入れており、こちらで利益を稼いでいたが、Connerにはこうした利益を稼げる製品がなかった。

 さらに1989年にはCOMPAQのLTEノートブック(昨今の4GケータイのLTEとは無関係)向けにHDDを提供しようとしたものの、需要を読み違えてCOMPAQが望むほどのHDDを提供できず、結果として競合メーカーにシェアを持っていかれてしまう、といういう手痛い失敗もしている。

 もちろん中ではいろいろやっていて、例えばChinookと呼ばれるエンタープライズ向けのデュアルヘッドのHDDを試作したりはしたものの、最終製品化には至っていない。

デュアルヘッドHDD「Chinook」。アームの数を増やすと、理論上は回転待ち時間を半減でき、うまく制御すれば物理的に離れた場所に分散しているセクターを継続して読み出しすることで実行転送速度の改善につながる可能性はあるが、制御は大変だったはずだ

 またAV向けの製品(連続転送性能を高めたIDEのAV向け規格対応品)や、ネイティブのIEEE1394対応HDDなど、いろいろ差別化につながりそうな製品を発表したものの、どれも結果には結びつかなかった。

 HDDそのものでも、競合メーカーがデスクトップ向けに7200rpmの高速品をラインナップしてきた時も対応が遅れ、ZBR(Zone Bit Recording:記録密度を高めるため、プラッタの内周と外周で記録bit数を変える方式)の対応も最後に近かった。

 同社のメインである低価格帯向けにはこうした特長は要らない、という判断だったのだろうが、長期的には商品価値を損なう方向に作用するのは必然である。

 こうした主力製品の不調を補うべく、1992年には1.8インチのリムーバブルドライブを商品化したり、1993年にはArchive Corporationを買収してテープドライブのビジネスに乗り出したりしたが、結果的にはこれらも全然助けにはならなかった。

SeagateがConnerを買収
かつての上司が部下を救う

 1995年11月13~17日にLas Vegasで開催されたCOMDEX Fall 1995で、かつての上司であったShugart氏とConner氏が一緒にいるところが目撃され、噂が飛び交い始めた。

 果たして同年11月19日に、SeagateがConnerと合併することが発表され、1996年にConnerが買収される形になった。買収は株式交換で行なわれ、総額45億ドルという金額になった。

 この買収で、SeagateはConnerの持つプラッタ製造設備やドライブ製造設備、それと低価格製品のマーケットシェア(Seagateはこの時点では低価格帯がやや弱かった)を手に入れた形になるが、実際のところはかつての部下を上司が救った、というあたりが正確なところかもしれない。

 Connerは1993年は4億4500万ドルの赤字を出しており、1994年は23.6億ドルの売上と1億970万ドルの利益を出すところまで復活はさせたものの、すでに経営陣がぼろぼろ離脱している状況だったため、この先の展望が見えなくなっていたのは事実である。

 買収金額が高いか安いかは微妙な線だが、買収発表後のニューヨーク証券取引所でのSeagateの株価は2ドル落として45.25ドルというあたりで、市場の評価は妥当といったあたりだったと思われる。

 Conner氏は買収のタイミングで離脱し、Conner Technology Corporationを立ち上げた。今度は製造をインド(中国という話もある)に委託する形で、同社は企画と販売/サポートに徹する、ということだったらしいが、やはりうまく行かなかったようだ。

 ちなみにWikipediaによればConner Technology Corporationは1998年中に営業を終了したとあるが、Internet Archiveを見る限り2000年まで運営されていたようだ。実際国内にも2001年に若干であるが、このConner Technology Corporationの製品が入荷しているが、それで終わりであった。

 ちなみにConner氏はこの後、暗号化ストレージカードを製造するStorCard, Inc.を設立したのだが、どうもここは2014年で店じまいした模様だ。その代わり、このStorCardの技術を生体認証に応用したと思われるBluStor という会社を設立しており、現在もここのCEOを務めている。

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