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半世紀うなぎ嫌いだったライターが美味いと唸ったうなぎ缶

2016年07月29日 17時00分更新

文● 四本淑三

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 「いやあ、西牧くん、うなぎって美味いものなんだねえ」

 うなぎ屋に入り、うな丼の一切れを口へ運んだ直後、私は思わず声に出して唸ってしまった。「こんなに美味しくちゃあ、絶滅するのも仕方ないよね」と。しかし、同行した編集部の西牧くんは、周囲をキョロキョロ見渡しながら、ほかの客の顔色を気にするように、小声で言った。

 「ちょっと四本さん、なにか未来から来た人みたいになってますよ」

 あ、なるほど。うなぎはまだ絶滅したわけじゃない。そして、まるで生まれて初めて食べたかのように、うな丼の感想を申し述べるおっさんというのも、傍から見れば不気味な存在に違いない。以降、ひそひそ話で伝えることにした。うなぎは存外に美味いものであり、今まで50年以上に渡って一度も食べてこなかったのが悔やまれる、と。

 実際、この日、私は人生で初めて、自らの決然たる意志でもって、うなぎ屋へ入ったのだ。もちろん、うなぎのようなものを普段から食べつける経済的余裕がないのは言うまでもないことだが、そんな理由でこの日までうなぎ屋を敬遠してきたわけではない。

 ご存知のようにニホンウナギは、国際自然保護連合により絶滅危惧種の指定を受けている。生態もまだわからないところが多いらしく、養殖にしても卵からの完全養殖はまだ研究室レベルの話で、シラスの状態で捕獲したものを池で育てている状態。そのシラスの捕獲数が激減して、うなぎの価格も上がり続けている。

 それを美味いからという理由だけで食いつくそうとする我々日本人はいったいなんなのだ。それに抗議し、うなぎを保護すべく立ち上がった私は……。

 てなくらいのイデオロギーは語ってみたいものなのだが、そういう訳でもない。

私はいかにしてうなぎヘイターとなったか

 単に、嫌いなんです、うなぎ。

 長いしヌルヌルしているし蛇みたいだし気持ちが悪い。生物学的には別のくくりになるらしいが、うなぎと名のつくものの中には、自ら電気を発して馬を殺すものまでいるという。そんなものは悪魔の使いに違いない。

 と思うようになったのは、まだ私が幼いころに、一度だけ口に押し込まれた経験からだ。うなぎの蒲焼を出すその店には、大きないけすがあって、これからまさに我々が食わんとするうなぎが泳いでいたのである。ナマナマしく、ぬるぬると。おお、思い出しただけで気持ちが悪い。

 美味いとか不味いとか以前に、なぜこのような気持ちの悪いものを子供に与えようとするのか、そうした暴力的行為への腹立ち以外には、なにも記憶にない。

 そして自分が大人になると、今度は接待だ。うなぎは嫌だと言っても「饅頭怖い」みたいな話であると勘違いされ、ならば高級な料亭へ連れて行ってやろうという善意が、また悲劇を生む。あまつさえうなぎは絶滅が危惧されているというのに、私が残した分は廃棄されてしまうのだ。これはさすがに心が痛む。

 当たり前の話だが、いくらうなぎがキモいからといって、皆殺しにしろとか焼き払えなどとは、まったく思っていない。気持ちが悪いと思うのはこっちの勝手であって、地球の生態系には多様性によるバランスが必要なのであり、それを損なうような行為は、自らの存続のためにも止めなければならない。獲らなきゃいいだけだろう、あんな気持ちの悪いもの。黙って泳がせとけよ、くらいに思っていたのだ。

 そんな私は、なぜいまさらうなぎを食べなければならなかったのか。

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