「Honda SENSING」という名前で、プリクラッシュブレーキや先行車追従クルーズコントロールといった先進安全システムを市販車に展開するホンダ。そうした安全技術を開発する専用テストコースが2016年4月に開設された。その真新しい極秘のテストコースに初めて入ることができた。はたして、そこで何が開発されているのか。先進安全技術の先にホンダが見据えているものとは?
F1エンジンを開発する隣に新設された
市街地を模したテストコース
2016年7月、ホンダはメディア向けに「Honda SENSING ワークショップ」を開催した。会場となったのは、栃木県・宇都宮駅からクルマで一時間ほどの場所にある「さくらテストコース」である。「さくら」といえば、マクラーレンに供給しているF1パワーユニットの開発拠点としても知られているが、その隣にあるのが、今回の舞台となったテストコース。場所柄、モータースポーツ向けのテストコースかと思いきや、意外にも市街地を模したITテストコースであった。
2016年4月にできたばかりという「さくらテストコース」は、最新の先進安全システム向けコースだけに詳細や全景は紹介できないが、21.5ヘクタールの敷地は高速道路を模した直線コースと、多数の信号機や交差点からなる市街地コースに大きく分けられる。
今回のワークショップでは、直線コースで路外逸脱抑制機能を、市街地コースで衝突軽減ブレーキと歩行者事故低減ステアリングといった市販車に搭載されている機能を味わうことができたのだが、それはワークショップにおける入り口に過ぎなかった。その後に控えていたのは、先進安全システムから自動運転までを見据えたディスカッション。つまり、現在の技術レベル(市販車)と未来のテクノロジーが、どのようにつながっていくのかを最先端のエンジニアからヒアリングできることが、「Honda SENSING ワークショップ」のメインコンテンツだったのである。
現在の「自動運転」はまだまだ「運転支援」レベル
まず、ホンダ側の代表として挨拶に立ったのは、本田技研工業 執行役員であり、本田技術研究所 取締役 専務執行役員 四輪R&Dセンター長の三部敏宏(みべ としひろ)氏。あらためて説明すれば、ホンダという自動車メーカーは、研究開発部門を本田技術研究所として分社化している。つまり、三部氏はホンダの技術開発を指揮するポジションにいるキーマンである。
「さくらテストコース」の開設と同じタイミングで現在のポジションとなった三部氏は、まずホンダの先進安全システムの歴史について説明してくれた。「自動運転」や「人工知能」といったバズワードから距離を置いている同社ゆえに、そうしたテクノロジー面の印象が薄い面もあるかもしれないが、ミリ波レーダーを使った衝突軽減ブレーキ「CMBS」を世界で初めて(2003年)に市販車に搭載するなど、その開発レベルは最先端にある。
現在の市販技術「Honda SENSING」についても、機械がアクセルやブレーキを操作、ステアリングも自動で切ることが可能となっているほどだ。それもこれも、「事故ゼロ社会」、「自由な移動の喜び」という同社の目指す究極的な目標に向かった技術進化である。もちろん、その先に自動運転というテクノロジーも見えてくる。
そうなると、ついつい先進安全システムの発展としての自動運転をイメージしがちであるし、各社のロードマップにおいても安全技術の究極とし自動運転が位置づけられていることが多い。しかし、三部氏は「安全技術と自動運転はシームレスにつながっているとは考えていない」という。たしかに、自動運転を想起させるネーミングを利用するメーカーもあるが、現在の技術レベルというのは各社とも事故を減らすための運転支援といえるものである。自動運転のレベル分けでいうと、レベル2に過ぎない。ドライバーの操作が不要なレベル4の自動運転ではない(関連記事)。
自動運転とは「正しい運転」でなければならない
三部氏をはじめとする同社エンジニアとのディスカッションで感じられたのは、ホンダとしては運転支援と自動運転の間には、ブレイクスルー的なステップアップが必要と考えているということだった。さらにいえばブレイクスルーという言葉には技術的な進化以外の要素も含まれている。巷間言われる法整備はもちろん、社会的受容も次のフェイズに進まなくては自動運転の普及は難しいと考えている節がある。
そうしたエンジニア諸氏のヒアリングをまとめれば、ホンダの考える自動運転とは「正しい運転」と言える。正しいというのは、ひとつには法に則った運転であるが、また一面としては交通を阻害しない運転でもある。すべてが自動運転とならず、混合交通である限りは人間がマニュアル運転するクルマやオートバイ、また歩行者やサイクリストとの共存は重要なテーマだ。
自動車メーカーとしては明言できないだろうから、コチラ側で翻訳すれば、現実として指定速度と異なるスピードでスムーズに流れている道路において、頑なに速度制限を守ることは、ある意味では交通を阻害する要因となってしまう。社会的受容とは、そういうことで、たとえば自動運転の時代にはマニュアル運転でも指定速度を厳守するというコンセンサスが生まれる必要があるということだ。もしくは、指定速度という規制を廃して、多数の自動運転車が車々間通信やビッグデータの活用によって、安全な速度を導き、スムースな流れを生み出すといったことも考えられよう。
また、自動運転になるとクルマという工業製品は、所有からシェアリングが主流になるとも予想されるが、その前に自動運転でも乗りたくなる、欲しくなるようなクルマづくりが大切というのが、ホンダのエンジニア諸氏の弁だ。そして、自動運転におけるホンダらしさは「コミュニケーション力」にあるという。クルマがドライバーの意思を汲んで、運転をアシストするという点においては、たしかに路外逸脱抑制機能でのオーバーライド(ドライバーの操作を優先する振る舞い)においても実感できた。
なお、各社が競って市販車に搭載している、渋滞運転支援機能については、ホンダはトラフィックジャムアシストという名称で展開予定。その内容は、高精細カメラとミリ波レーダーを使って道路の白線と先行車を認識、高速道路などの渋滞に限った部分的な自動運転といえるものだ。
一方で、そうしたテクノロジーの発展については各社で競うことができるが、交通システムの整備や社会としての自動運転への理解を進めることは個々の企業では難しい。ライバルでありながら、あるところでは協力して自動車メーカー全体としての意思を統一することで、社会的合意を生み出す必要がある。つまり、ユーザー意識の変革が、真の意味で自動運転の実現には重要であると、今回のワークショップで感じられたのだった。