生産が追いつかず、入荷待ちが続いた
Osborne 1
こうした経緯を経て1981年4月3日に発表されたのがOsborne 1である。4MHzのZ80に64KBのRAM、2つの5インチFDDを搭載し、1795ドルという当時としては非常に低価格で提供された。
画像の出典は、“Daves Old Computers”
同サイズのものとしては、IBMが1975年にIBM 5100をリリースしているが、こちらは9000~2万ドル(構成によって変化)という代物で、一般には手が届かなかった。これに比べるとOsborne 1の1795ドルは大バーゲン価格にすら思える。
ポータブル(可搬型)ということで、キーボードと一体化した蓋を閉めると持ち運びできるようになる。裏面(可搬時は上面)には取っ手とACケーブルが姿を現している。
画像の出典は、“Daves Old Computers”
重量は24ポンド(10.9Kg)で、短距離なら女性でも持って歩くことはできるだろう程度に抑えた。
画像の出典は、“nosher.net”
Osborne 1の上ではフルにCP/Mが走るので、CP/Mに対応した多くのソフトがそのまま利用できた。CP/Mに加えてマイクロソフトのMBASICやDigital ResearchのCBASICといったプログラム言語だけでなく、MicroProのWordstar(ワープロ)やSorcimのSuperCalc(表計算)ソフトもバンドルされていた。
これを利用してただちに仕事もできたし、プリンタポートが用意されているためプリンターをつなぐことも当然可能だった。
Osborne 1は、想定以上によく売れた。そもそもOsborne 1は、全部で1万台売れれば良いという想定だったらしい。ところが、蓋をあけてみると、発売後最初の8ヵ月で1万1000台が販売され、しかもこの時点で5万台のバックオーダーがあったらしい。
当然こんな生産能力を持ち合わせていなかった同社は、最初の12ヵ月で3000人まで従業員を増やして対応した結果、1982年10月には日産500台というところまで生産能力を拡充したという。
また初回ロットの製品故障率は10~15%と結構高かったようで、故障率の対策を施したOsborne 1sを1982年に発売している。またこのOsborne 1sではAshton-TateのdBASE IIというデータベースソフトもバンドルに加えている。
画像の出典は、“Daves Old Computers”
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